いろづくまえに 夏が始まる。
例年よりも長く続いた梅雨が明け、学生達の待ちに待った夏休み。
陵南史上初の県大会ベスト4の成績をおさめた男子バスケットボール部は今季より他校から練習試合の申し込みが殺到した。目的は天才ルーキー仙道彰。どの高校も仙道攻略に余念が無い。
今日は市内の市民体育館で練習試合。スクールバスから備品を運ぶ一年生とレギュラー落ちした二年生も、夏を迎える前に監督田岡の課す厳しい練習内容に付いていけず半数以下になっていた。
窮屈な座席な上に同じスタメンの上級生から五月蝿く絡まれて少しばかり荒んだ気持ちでバスを降りた仙道の目の前に、小さな身体で大容量のウォータージャグを抱え持つ越野がいた。同級の植草と部内でいちばん小柄なチームメイト。だが誰よりも、それこそいけ好かないスタメンよりも負けん気だけは強かった。仙道はいつも、気付けばその姿を探していた。なぜかしら、どこか放っておけなくて、持つよと声をかけるが越野はそれに首を振った。
「スタメンのおまえに持たせたら俺が先輩たちに叱られる」
「魚住さんや池上さんはそんなことで怒らねぇよ?」
むしろ一年坊主の分際で何も持たない自分こそ怒られそうだ。
「…ちがう。他のスタメン」
あぁ、と脳裏に該当人物たちの意地の悪い顔を浮かべ小さく舌打ちする。そんな仙道の様子に越野は少し意外そうな顔をした。
「なんだよ、らしくねぇの」
ニヤリと越野が笑う。
「あいつら、俺と植草のどっちが早く辞めるか賭けてんだぜ」しかもポカリ1本とか。ショボくね? と越野は呆れたように鼻を鳴らした。
「待ってろよ、仙道。あんなやつら俺達がコートから追い出してやんぜ」
越野の言葉は仙道がどうも魚住や池上以外のスタメンと上手く連携が取れていないことを暗に指している。その結果が県大会での対湘北高校との四十七点、いわゆる仙道の独壇場という形で表れた。
「俺達がおまえにパスしてやるからさ」
越野は仙道の胸に拳を当てた。
「だからおまえも俺達にパスをくれよ」
な、いいだろ? こないだ現国の教科書貸してやったんだから。少しは俺の言うこと聞いてくれよな。越野が困ったように笑うから、仙道もつい釣られてしまった。
「そうだ、そんなに持ちたきゃ持たせてやる」
越野が肩から提げていた自分の荷物が詰まったドラムバックを仙道に突き出した。反射的に受け取ると、ずっしりと重い。
「…こっちの方が重くねぇ?」
「バレたか」
小さく舌を出す越野の頭をお返しとばかりに鷲掴みした。
新生陵南、仙道にとっては不安材料だらけの不透明なチームだけれども。
「仙道、今日は100点取れよ!」
冗談とも本気ともつかないことを言う将来有望なバスケ小僧に、仙道は、大きなわた雲が浮かぶ夏の空を見上げて大きく頷いた。
こいつらとやるバスケは、果たしてどんな色に染まっていくのだろう。
素敵な色に、なれたらいい。
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