トンビにアジフライ そのかっぱらいは仙道の好物を光の速さで持ち去った。
ピーヒョロロロと、あえなく。
駅沿いの国道から浜に降りると早朝から散々走り込まされた記憶がよみがり、みめよきともっぱら評判の仙道もこれには苦い顔になる。江ノ島を背に七里ヶ浜まで約1キロ半。これを数往復した後はサーファー横目にラントレ三昧。出勤前に波乗りとは、なんて贅沢な時間の使い方。自分も登校前に堤防釣りとでも洒落こみたいものだ、なんてぼんやりしつつもノルマをこなし終えた時には膝が笑っていたのはもう数時間も前の話。今は三浦半島を背にだらだら向かう先は隣駅の腰越港。部活が休みの放課後は、二人か四人で何処か連れ立って遊びに行くことが多かった。船揚場が見えてきて、今日は何が揚がったのかな、なんて予想し合う。仙道は、ここの直売所で売られるアジフライが好物だ。一人で訪れる時は白飯持参でそのまま店内で食べてしまうが、今日は皆で持ち帰りにしてもらい仙道の部屋でBリーグファイナルを観ながら晩飯前の腹ごしらえだ。ホワイトボードのお品書きに目当ての魚と価格を見とめると、いつもより安値が付けられていて顔がほころぶ。保存容器に入れてもらい店をあとにして、行儀悪いとわかっているがまぁまぁひと口、と齧ったところでこんなに大きなアジフライは久しぶりだと思い立ち、高波に挑む勇猛果敢なサーファーたちを背景にスマートフォンで記念にひとつ。
「仙道っ」
越野の声と同時に頭と背を屈められて、気付いた時には手にしていたアジフライは空の彼方へ。
「あーあ」
「ばか!ここでは食うなって言っただろ!」
「ひと口だけだったんだよ…」
まるで母親に叱られる小学生だ。
鳶に奪われたアジフライを見送るハメになりしょんぼりしてたら越野が自分の分のアジフライを半分こしてくれた。
「優しいなぁ。チュウしてやろーか」
「ぶんなぐるぞ」
日が長くなり、この時間でもまだまだ太陽は沈まないが気温と日差しは和らいでくる。
サンセットサーフィン。
日が沈むまで波に挑み続けるサーファーたち。穏やかなひとときだ。
ぼんやりと、少し先を歩く越野と植草をなんとも無しに眺める。監督田岡の秘蔵っ子、陵南のガードコンビはフォワードコンビと違って意外とおしゃべりだ。部活のこと、クラスのこと、来週から始まる映画のこと。映画か…最後まで起きてたためしがねぇ。仙道がぼそっとこぼした言葉に福田は無言で肯定した。
「越野って最近あれ言わないよな、彼女ほし~って」
「…そんなに言ってたか?…言ってたか…」
「どうした、好きなこでもできた?」
「好きっていうか」
「へぇ、だれ」
「……」
越野は黙って空を見上げていた。植草もそれに習ってみるが空に答えがあるわけでもない。仙道は、夕日に染まった越野の後ろ姿を、ただただじっと、穴のあくほど見つめていた。
「トンビに油揚げでもかっさらわれたような顔している」
「…そんな顔してるか」
「あぁ、油揚げじゃなくてアジフライだったか」
「エー…」
ひと口しか食ってないアジフライ。
越野なんて、越野なんて。
俺はまだ、手も繋いだこともないのに。
ピーヒョロロロと、にくい捕食者はゆっくりと越野の遥か上空を旋回する。
あぁだめだ、これ以上は。
「越野」
呼びかけると夕日よりも赤い顔が振り返る。
「俺、食い足りねえんだけど」
「また持ってかれるぞ!」
「大丈夫大丈夫」
仙道は越野の手を取り強く握りしめる。
越野は突然の行為に何事かと思うより、見慣れたはずの仙道の綺麗な顔に息を呑む。
「今度は、丸ごと全部食っちまうから」
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