どうしようもない人 ぼく、新入隊員3級巻戻士のナツキには目標としている人がいる。10歳の頃、犯罪者によって倒壊させられたショッピングモールに1人取り残されたぼくを助け出してくれた巻戻士。ぼくがこの道を志したきっかけの人は、任務達成率100%の特級巻戻士クロノさんだ。
「絶対に助けるって言ったろ?」
1人ここで死ぬのだとすべてを諦め蹲っていたあの時のぼくを救出し、クロノさんは快晴を背に笑いかけてくれた。あの瞬間からぼくの世界の頂点は空色の髪をした男の人になったんだ。事件現場から痕跡1つなく消えてしまったクロノさんを追いかけるうち、巻戻士の素質があることが判明して……必死に努力をして、14歳で入隊を果たした。
巻戻士として訓練に励み、任務を遂行していけばいくほどクロノさんへの憧れは募るばかり。ぼくを助けてくれたあの任務で、クロノさんはなんと1034回も巻戻しをしていた。攻略済みの任務資料の記載を見た瞬間、なんてすごい人なんだと尊敬の念がますます深まった。
新人ながら任務に赴いている身として、100〜200回も巻戻しすると精神疲労は限界まで溜まるのだと知っている。一緒に出動するサポートAI搭載スマホも100回目以降に疲労の注意アラートを出すから、本来はこのあたりが撤退ラインなんじゃないだろうか。
同期と一緒にいくつかの記録を見て、どれくらい巻戻しするものなのかを話し合い、そのあとはクロノさんの話で盛り上がった。なにせ特級巻戻士の中でも稀有な達成率100%という数字、救助対象を救うことへの妥協の無さ、本部内でも人助けを忘れない人格面、エトセトラ。憧れるなという方が無理だ。
ぼくの目標はクロノさんと肩を並べられるような、任務であの人を助けられる存在になることだ。クロノさんは確かにすごい人だけど、その妥協の無さから無茶をしがちなんだとよく知っていた。助けてくれたあの時、クロノさんは立っているのが不思議なくらいボロボロで……だから、今度はぼくがあの人を支えたい。現状では大それた夢物語だけども。
同期たちと比べてクロノさんとの関わりも多いし、向こうも(きっと大勢の人を助けているだろうに)ぼくのことを覚えていてくれた! 誰にも話したことはないけど、それがぼくのちょっとした自慢で、一歩を踏み出す原動力にもなっている。
そうやって慣れないながらも巻戻士生活を送っていたある日のことだ。任務の合間に食堂へ足を運んだぼくは、ランチセットを注文して、そのタイミングでクロノさんとアカバさんがいるのに気付いた。幸運にも、同じタイミングで食堂に来てたみたいだ。なんて偶然。ぼくは少しだけまごついたものの、断られても減るものはないと覚悟を決めて同席をお願いすることにした。
「おつかれさまですクロノさん! お昼ご一緒していいですか!?」
「いいよ」
「別にええがわしにも許可は取れー」
「あ、す、すみませんアカバさん……! ご一緒させてください」
「ん。ええぞ」
セットのお盆を持ったまま頭を下げると、クロノさんもアカバさんも快諾してくれた。クロノさんの向かいの席に座ってからもう一度頭を下げると、そんなに恐縮しなくても……と親しげな声音で静止してくれた。
「ナツキ、この前の怪我はもう治った?」
「は、はい。ご心配おかけしました」
戦闘訓練中、それほど仲のよくない同期とペアになってしまい、そいつが嫉妬心も露わに手酷く甚振ってきたのだ。ぼくはクロノさんに倣って武器を持たないスタイルを選び、代わりに武術を嗜んでいる。なかなか筋が良いと褒められていたのだが、相手は槍使いだった。リーチ差はいかんともしがたく、肩を強かに打ち据えられて傍目にわかるほど腫れてしまったのだ。
負けたところをクロノさんに見られた情けなさやら痛みやらであまり思い返したくはない記憶だったけど、心配してもらえていたなら少しくらいはよかったのかもしれない。自分のことながら現金なものだと思う。
「クロノにファンができるとはのお。ナツキ、今からでもわしに鞍替えせんか?」
「えっ、あ、アカバさんは強くてかっこいいです! けど、あの」
アカバさんだってすごい巻戻士だ。クロノさんと同じく特級で、素早くクレバーかつ刀を主体とした戦闘技術に卓越しており、熟した任務の数は5本の指に入るのだとか。だけど、ぼくが憧れているのはクロノさんであって、でもどう伝えても無礼な気がして言葉に詰まってしまう。助け舟はやはりクロノさんが出してくれた。
「やめろよアカバ、困ってるだろ」
「いや、あの、ぼくはクロノさんが……! っ、クロノさんとバディを組めるくらい強くなりたいんです」
危なかった。焦りと勢いのまま危うく口を滑らせて「クロノさんが好きなんだ」と告白してしまいかけた。慌てて訂正したけれど、焦りゆえの詰まりだとスルーしてくれたようだった。絶対にまだ言えない。
でも……この流れなら言ってもいいかもしれない。ぼくのモットーは当たって砕けて考えろ、だ! 駄目で元々。クロノさんをまっすぐ見据えて、ぼくは頭を下げて言う。
「あ、あの、クロノさん! ぼくを弟子にしてくれませんか!」
「え、弟子?」
抜け駆け。差し出がましい。なんとでも言われる覚悟は決めてあった。
相手は年齢も、実力も、経歴も、なにもかもがぼくから離れた人なのだ。押しに押さねば縁なんてすぐ切れてしまう。
分不相応でも、ぼくはクロノさんが好きだ。諦める気はないし、なんとしてでも繋ぎを作りたかった。そのためには、気にかけられてるだけでは薄いんだ。不純な動機を胸裡に隠して頼み込む。けれど、2人の反応は芳しいものではなくて、駄目だったかと肩を落とした。
「ごめん。隊長から新人にはあんまり関わるなって言われてるんだ」
「え……あ、そ、そうですよね。クロノさんはすごい人だから新人を教えてるような暇は」
「違うぞ。こいつ、隊長の命令は無視するわ、納得できんの一言で隊則を破るわ、やりたい放題しとるから、悪影響って隔離されたんじゃ」
「悪影響、ええっ!? クロノさんが!?」
驚きで思わず大きい声を出してしまう。青天の霹靂だった。あの真面目なクロノさんが隊則を無視している? そのうえあの凄みのある隊長にも逆らうなんて。眼の前で困ったような顔をする憧れの人のそんな姿を想像しようとしても、ぼくにはうまくできなかった。ぼくの思い描いているクロノさん像はちょっと間違ってたのかもしれない。
それがショックで口をパクパクさせていると、アカバさんが持っていた箸の先をぼくにびしりと向けて「クロノの弟子なんかやめておけ」と言い切った。クロノさんも苦い顔をして頷いている。弟子入りを断られた以上に、憧れの人の知らない面を知った衝撃でぼくは呆然としてしまい……そこに別の足音が近づいてきた。
「クロノも言われたのか」
「シライさん! お疲れ様です!」
「あ、おじ、シライさんも出された? 新人接触禁止の命令」
「おう」
追加でびっくりしてあごが外れるかと思った。やってきていたのはシライさんだった。一線を退いたという伝説の元巻戻士で、いまなお本部において最強の名を恣にしている剣士だ。さらにはクロノの師匠なのだとも聞いている。憧れのクロノさんの更に上の人。
入隊試験が初対面だったのだが、遠目にも迫力のある人だったのだ。そんな雲の上の人がいま、ゆるい笑みを浮かべてすぐ近くに立っている。
「おまえは……ああ、ナツキか。隣座るぞ」
「あ、は、はい!」
かなり立場でも上の人なのは間違いない。立ち上がって頭を下げようとしたのを手で制し、シライさんはぼくの左隣にかけた。シライさんの熱烈なファンということでも有名なアカバさんは止める間もなく立ち上がって挨拶をした後、目を輝かせて素早く着席し直した。
そうと知って突撃したつもりだったけれど、まだ覚悟が足りなかったかもしれない。実力も立場も上の人ばかりのとても恐れ多い一角で縮こまって座っていると、味覚が麻痺してせっかくのランチの味がわからなくなってきていた。
「おれもクロノも破天荒だから、隊長は負の連鎖を止めてえんだろうなー」
「ああ……そうかも」
「ク、クロノさんってすごく真面目な人じゃないですか。命令違反なんて……」
「こいつ無茶苦茶じゃからな。勝手に任務の難易度上げるわ、助けんでいいヤツまで助けようとしてリトライ重ねるわ」
「そこがクロノのいいとこだろ?」
シライさんが同意を求めてきたけど頷くこともできない。アカバさんの言う無茶苦茶をしてるところがどうしても想像できなくて、でもクロノさん当人が認めているものを否定するのも変だし……。どう返事していいかまごついていると話題がさっと変わった。ぼくは内心でほっと息をついた。
「にしても、クロノが助けたターゲットが入隊か。4年前の?」
「あ、はい、そうです。ショッピングモール圧壊事件で取り残されたぼくを1000回以上もリトライして助けてくれたんです!」
よかった。その話題ならいくらでも答えられる。ぼくは目を輝かせて自分とクロノさんの繋がりである事件について触れた。あの姿は今でも鮮明に思い出せる。絶望的な状況から全員を助け出してくれたクロノさんの勇姿。最後の一人としてずっと取り残されていたぼくを、瓦礫の闇から引っ張りだしてくれたあの時の眩さ。
記憶の光にに目を細めて陶酔しかけていたぼくに突然冷水が浴びせられる。
「そうか。じゃ、ある意味でおれたちは仲間だな。クロノに1000回リトライで助けられた仲間」
「え」
「シライさんの時はわしも活躍しました!」
「はは、忘れてねえよ。ありがとな」
「でも457回目まではクロノさん単独みたいなものでしたからね……。うう……ぼくも91回まで封じられてましたし」
「機械って記憶が薄れんのか…便利なようで哀れじゃのー」
わいわいと過去の任務で盛り上がる二人と一機。心臓の鼓動が早まり血の気が引いたぼくにはしばらくしてからやっと気付いたようだ。
「どうした? シライさんが隣で畏れ多いか!」
「あ、は、はい……」
アカバさんはこう言っているが違う。ぼくも肯定したものの、本当に感じたことは口に出せなかっただけだ。
──牽制された。
ただの新人巻戻士であるぼくに対しておかしな話だけれど、隣に座る伝説の人がわざわざ「おまえは特別ではない」と言いにきたように思われて……。
嘘だと思いたくて横目で見ても、左側にいるシライさんの顔の殆どは眼帯に覆われていて、真意は少しもわからなかった。
口の中に入れたもののほろ苦さだけが、やたら後を引いた。