苦しさ私と椿さんは数十年前に番になりました。
番になってからも、椿さんはよく5日…長い時は一ヶ月ほど家を空けてはボロボロになって帰ってくる。
私はその傷を治療する。治ればまた家を空ける。これの繰り返しでした。
家を空ける理由はずっと教えてくれませんでした。
ある時椿さんがあるものを出した。…妊娠検査薬。陽性のマーク。
椿さんに抱きついて喜ぶ。でもその日から椿さんはずっと苦しそうでした。
吐き気や食欲不振など。悪阻というものだそうです。私は出来る限り、支えることしかできませんでした。
生まれたその子には「藤」と名付けました。
ですが、藤が3歳の時、椿さんは私にずっと教えてはくれなかった家を空ける理由を教えてくれました。…出兵のときに。
その日からいつもは一ヶ月で帰ってきてくれていたのが、何年も帰ってきてはくれませんでした。
藤が喋れるようになった時、色々な事を話すようになってきましたが、ある時こう言いました
「父上、何故私には母上がいないのですか?」と。
それを聞くたびに私は寂しくなりました。苦しくなりました。
そのまま藤と共に、十年ほど待ちました。
ある日、家のインターホンが鳴り響き、藤が出てくれました。何も受け取りもせず帰ってきたのでどうしたのか聞こうとすると
「父上も来てとのことです」
…椿さんが帰ってきたのか、と思って玄関へ行くと
血で汚れた紫の布の端切れ、ヒビが入った赤いピアス。折れた刀。
…渡されたのは、それだけ。
私はその渡されたものを抱えて泣いた。
あぁ、もう貴方はどこにもいないのですね。