このタヌキなんで横に逃げないんだ。そう思いながら徐行に近い速度でタヌキの後ろをのろのろと走り続ける。
しばらくそうしていたところで、いきなり左手の林の中から人影が現れ、慌ててブレーキペダルを踏みこむ。
危ねえな!とか、轢いてないよな?という気持ちがないまぜになりながらおそるおそる正面を覗くとその人影は今どき珍しい着物を着た背の高い男だった。
男は先程のタヌキを小脇に抱えてこちらを振り返ると小さく頭を下げた。つられて俺も頭を下げてしまった。
あのタヌキ、あいつのペットか?それにしたっていきなり道路に出てくんなよ、と思ったが、それよりも俺はその男の頭部に釘付けになった。
ツンツンとした銀髪の上には二本の角のようなもの。
は?鬼?
いやいやそんなもんいるわけない。着物の着方も変だしコスプレだろ。よくみりゃ男は整った顔をしている。
そうしているうちに男はタヌキを抱えたまま再び林の中へ戻っていった。その場に停車したまましばらく放心していたが、後ろから車の来る気配に慌ててアクセルを踏んだ。
そして帰宅後、話のネタにでもしようとドライブレコーダーを再生してみたが、タヌキも変な男の姿もどこにも写っていなかった。一部不自然に低速になっている場面も急ブレーキを踏んだ場面も確かにあるのにそこにはただヘッドライトに照らされた道が写っているだけだった。
タヌキに化かされたのか?この時代に?昔話じゃあるまいし。でも俺は確かにこの目でタヌキも男も見た。
あの男の角、まさかあれは本当に鬼だったのか……。
鬼だったとしても、あの間抜けそうなタヌキを抱える姿はどうにもさまになっていなくて怖くもなんともないな。
そう思うと急に面白くなってしまった。
化かされたんだとしても、こんなに面白いなら悪くない。
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「なんで横に逃げねえんだよ」
「びっくりしちゃって全然頭が回らなかったんだよ……」
「はあ……」