嘘つき男 其の弐あれから特に何かがあるわけでもなく、日々は過ぎていく。
相変わらず目玉は目玉で、ねずみ君には鬼太郎の面倒を見てもらい、自分は仕事に行く。
変わったと言えば、以前より良く目玉と目が合う事だろう。視線を感じて振り返れば、目玉がじっと自分のことを見ていたり、振り返った目玉と視線が交わったりと、気付けば目玉と目が合うのだ。
目玉なんだから目玉をみれば目が合うのだから、こんな表現はあっているのかは良く分からないのだが。
見られているのだろう。
何故見られているかは分からない。
否、それは嘘だ。
見張って居るのかもしれない。
嘘つきな人間の事を。
表面的にあいつは何も言わない。
だが、自分達の事を忘れてしまい、約束も忘れて逃げた自分の事を許していないのだろう。
そんな事は理解している。
自分さえ記憶を失わなければ、あの日あいつ達の前から逃げなければ、あいつは目玉にならなくて、奥さんは亡くならなくて、鬼太郎は両親の愛を受けられたのだ。そして自分はあいつ達に元気か?土産を持って来たぞなんて言いながら愛に溢れた家庭を見られたのだ。
それなのに何故・・・。
自分は今何をしている?
何故ここに居る?
分からない。
何も分からない。
記憶が戻ろうがそんなものもう意味がない。
こんな事なら記憶なんて戻らなかったら良かったのに。
それならまだ墓場で拾った妖の赤子とその父親を、見捨てられなくて育てているって思うだけだったのだ。
大きくなったら手を離して終わらせて。
昔奇妙な事があったのだと思い出して懐かしんで。一人で死んで。
それで終わる筈だったのに。
嗚呼、どうしたら良い。
分からない。
何も分からない。
なぁ、 僕はどうしたら・・・。
それからまた日々は過ぎ、気付けば鬼太郎は自分を見ると名を呼ぶようになっていた。
みじゅみじゅと呼んで自分に懐く姿に知らず笑が浮かんでいたようだ。
視線を感じてその先を見れば、目玉とまた目が合った。
その瞬間、自分の顔が強張った。
自分は何を笑っている。
そんな資格は自分になんて無いのに。
「ああ、すまない」
知らず詫びる言葉が出る。
「何を言うておるのじゃ」
「すまない」
鬼太郎に懐かれてすまない。
そんな資格は自分には無いのに。
言葉を発すれば、今までの嬉しかった気持ちが霧散した。
目玉はそんな自分の姿を見ている。
「そろそろ潮時かの」
ぽつりと目玉が言った。
「水木や、儂は力を姿を取り戻す」
その言葉に思わず目玉を見た。
「力を、姿を取り戻せそうじゃ」
そう目玉は言った。
「姿って?」
「目玉になる前の姿じゃ。天狗達から霊力を回復する秘薬を漸く貰えることとなった。霊力が回復すれば元の姿に戻れるやも知れぬ。」
「元の姿ねぇ~俺は木乃伊と目玉の姿しか知れないから想像できないな。まぁ、鬼太郎に似てるんだろうと言うことだけは想像できるが」
目玉の言葉に思わず惚けた。
そんなことは事は無い。自分は知っている。目玉でもなく、包帯の大男でもなく、泣いて笑って語り合ったあの男の姿を。その姿を取り戻せるのか。嬉しくなり声が少し弾んだが、それを別の言葉で隠した。
「まぁ、元に戻れりゃ俺も助かる。で、その秘薬とやらはいつ貰えるんだ?」
言えば目玉が静かに答えた。
「次の新月じゃ。今から出掛ける準備をするで、鬼の面倒を頼む」
「そうかい、面倒な事なんてないさ。いつもと同じだ気にするな」
笑顔で言えば目玉は何も言わず自分の顔をじっと見ていたが、不意に視線を外すと一言言った。
「それでは行ってくる」
「嗚呼、気をつけて」
それが目玉の姿を見た最後だった。