嘘つき男 其の四「漸くじゃ」
玄関で靴を脱いでいたら小さく声が聞こえた。
何か言ったか。
男に問うと、男は笑っている。
「漸くじゃと言った」
「ああ、そうだな」
その身を取り戻し、漸くお前は子供を、鬼太郎を抱いてやれる。
そして、僕なんてすぐに必要がなくなるだろう。
「漸くだな」
漸く自分がここにいる必要がなくなる。
何を見ても逃げるでない。そう言われたのに自分は逃げてしまった。
そんな役立たずで嘘つきな自分も漸く男の前から消えるこ事ができる。
バリバリと頭から爪先まで食べてやろうと言っていた。
男に食べられて、栄養となりその血肉となれば最後は少しぐらい男の役にたつだろう。
「なぁ、いつ僕の事を食べるんだ?」
僕は男に言った。
男との新しい約束。
お前が元に戻ったら僕を食ってしまえ。
一方的な約束。
「食わぬよ。漸く身体を取り戻したのじゃ、食うてどうする」
男は言う。
「けど、お前は言っただろう、バリバリと頭から食べてしまおうかって。嘘はいけないよ」
「嘘ではない。頭から胎から爪先まで儂が喰ろうてやるよ。」
「それなら食べるんだろ?今から食べるか?」
聞けば男は思案顔になった。
「うーむ、明日仕事に行けば明後日はもう休みじゃろう。明日にしよう。鬼太郎も昼の間に砂かけに預けておこう」
「・・・明日・・・か・・・」
今では無いのか。
明日になれば決心が鈍りそうだが仕方がない。
「ああ、ゆっくり喰らうてやろう」
男は言った。
だから頷いた。
「分かった」と。
言えば男は眉をしかめた。
「言葉の意味を本当に分かっておるのか」
そう問われ答に窮するも少し間を開け男に答えた。
「お前が食べるのだろう。僕を。痛いのは嫌だからなるべく痛くないようにして欲しいな」
「何も分かっておらぬな。何故食べられることにこだわるのじゃ」
「こだわって何かいないさ。お前が食ってやると言っただろう。」
「水木よ、お主が嘘を吐くからじゃろう。嘘を吐かねば良いだけじゃ。今からでも遅くない。嘘を認めよ。そうす」
「なぁ、目玉。もう良いだろう。」
男の言葉を遮り笑ってやった。
「やはり強情じゃ。もう止めてやれぬわ」
男は小さく溜息を吐いた。