嘘喰う男 其の弐雨が降っていた。
しとしとと降りつづける雨は地を濡らし小さい身体の歩みを妨げる。
何処におる。
気配を探ろうとすれど、まだ思い通りに動かぬ身体は男の、水木の気配を探り出す事は出来ない。
ただ闇雲に体を動かし探すだけだ。
「何処におる」
思いが声に出てしまう。だが応えるものは居ない。
彷徨い彷徨い彷徨い歩けば、金属が擦れる音が聞こえた。
音の方向に足を進めれば、男が、水木がスコップで土を重ねていた。
嗚呼、あの下に妻が居るのか。
見ていれば、水木が小さな石を置いた。
「こんなので悪いな」
水木の小さく呟く声が聞こえた。
「水木」
儂は水木の名前を呼んだ。しかし、それは雨が地面を叩く音に消され届かなかった。
そうこうしているうちに水木はその場を立ち去ろうとした。
水木と儂は再び男の名を呼ぼうとしたその時、水木が置いたばかりの石が微かに揺れた。
そして、遅れて聞こえてきた赤子の泣き声。
嗚呼、嗚呼、嗚呼。
土を掻く音が聞こえる。
声が、泣き声が聞こえる。
子が生まれた。
死んだ妻から今我が子が生まれ落ちた。
儂が思わず我が子に駆け寄ろうとすると、立ち尽くし墓を見つめていた水木がその足を動かした。そして、土の中から這い出した我が子を抱き上げた。
子を抱き上げたまま水木は動かない。
動かず我が子を見つめたままであったが、しばらくしてその手を高く上げた。
「水木」
嗚呼、そうじゃ、今の水木にはあの村での記憶はない。
分かるのは、墓場で生まれた化物達の子供と言うことだけ。
人は人と違うものを恐れる生き物じゃ。
否、人であろうと見目が違うだけで殺される者も多く居た。
嗚呼、殺すのか。
本当に儂を相棒と呼んだ御主は消えてしまったのか。
「水木」
呼べども声は届かない。
水木の手が動いた。
「水木」
儂は再びその名を叫んだが、その声は雷雨に消された。
水木・・・。
声も届かない今、立ち尽くしその場を見守るしかなかった。
水木は手を振り上げその手にある子を叩き付けようとした。だがそうはならなかった。ふと動きが止まるとその手を下ろし我が子をその胸の中に抱き寄せた。
水木の顔は見えない。
なにを考えその手を留めたかは分からない。
だが、墓から生まれた化物の子を抱きしめるその姿に、ただ安堵するだけだった。