喧嘩するほどの仲「グリーンのばか!」
かちゃん
思わず紅茶を置いて立ち上がった。衝撃を与えられた中身は波のように揺れている。
零れていないことを確認しつつ視線は既に二階の部屋を向いていた。
互いの怒号が奥から響き渡り、心臓が嫌な音を立てて足を促進させる。
外で遊ぶことが多いため普段の様子を詳しく知っているわけではないが、少なくとも部屋で遊ぶ時は大人しく手のかからないという点では模範的な子であるレッドくんが大きく声を荒らげたのだ。緊急事態だと姉の本能がブザーを鳴らす。
「どうしたの?」
バン!
勢いよく扉が開いたおかげで二人は私に注目している。顔を真っ赤にしたグリーンがレッドくんの上に乗り頬を引っ張っている。強く睨みつけているレッドくんの瞳からポロリと涙が一粒零れた。
うちの弟が大切な友達に手を出した。
燃え上がる怒りが胸の中に渦巻くが、一部分のみで判断することは愚かな事だ。理性的に判断をしなくてはならない。特に子どもは繊細なのだ。
数回大きく呼吸を繰り返して頭を冷ました。
反射的に出る言葉を嚥下して、できる限りの言葉を頭の中で回転させる。
「どうして二人は喧嘩をしているの?」
柔らかく落ち着いて、しかし怒りを灯した冷たさを二人は理解していた。肌を焦がすような烈火は二人から抜けてこちらを恐怖の眼差しで次の言葉を待っている。
「グリーン。どちらに非があるかは姉ちゃんは分からないわ。でもね、手を出すことは最後の手段よ。相手が悪くても簡単に手を出した瞬間にあなたの負けよ。」
手を出すことは時として身を守るために必要だ。そのため全てが悪いとは言わなかった。
私の言葉を噛み砕いて理解しようと二人は押し黙る。重い空気に心臓が苦しく鼓動した。
「…だってぇ」
グリーンは強がって勘違いされることもある。だから理性的に動かなければならない。何があっても私はグリーンの味方なのだ。この子を幸せにする責任がある。
「ぐすっ、れ、れっどが認めねーんだもん!」
グリーンはまるでねだるように私の裾を握る。むくれ顔に深刻な問題では無いと察した。思わずグリーンを頭を撫でると、癖のある柔らかい髪の毛の感触に少しずつ心が重くなっていった。
緊張が解かれてなんだか泣きたくなってきた。二人はしゃがんだ私を不思議そうに見ている。怒りは鎮火して鼻をすする音のみが聞こえてくる。
「レッドが俺のこと大好きなのに俺のほうがレッドのこと好きだって言うんだぜ?絶対レッドのほうが俺のこと好きなのによ!」
目を擦りながら熱弁する。黙って聞いていたレッドくんも立ち上がってグリーンの腕を引っ張る。
「違うよ!そりゃ僕はグリーンのこと大好きだよ?でもグリーンのほうが僕のこと好きじゃん!」
「はぁ?レッドが俺のこと好きだからしかたなーくレッドと遊んでやってるの!」
やいのやいのと熱が上がってくる。バカだなぁと思うとなんだか笑いが込み上げてくる。
「ふふふっ、なに?二人ともお互いが大好きなのね。」
こんな喧嘩見たことがない。年相応に感情を剥き出しながら互いを求めているように見える。なんともまあ可愛らしい子たちだろうか。
「だから!違うの!レッドが俺の事好きなの!」
「あら、じゃあグリーンはレッドくんのこと好きじゃないの?」
「う、…好きじゃなくないけど。」
グリーンの攻略法は知っている。そしてよりにもよって弱点が目の前にいるのだ。
私がレッドくんの手を握ると、グリーンの顔が強ばる。
まるで魔性の女を演じるように流し目でグリーンを見る。先程とは違う汗がグリーンから流れている。
「私はグリーンもレッドくんも好きよ。グリーンがレッドくんのこと好きじゃないなら私がレッドくんと遊ぼうかしら。」
「え」
「はぁ?なんだよそれ!」
地団駄を踏んで繋がれた手を離そうとグリーンはレッドくんの腕を掴む。私じゃなくてレッドくんを掴むなんてなんだか妬けちゃうわ。
「姉ちゃんよりも俺の方がレッド好きだもん!なぁ!レッドも姉ちゃんより俺のこと好きだろ?」
レッドくんは静かに大きく頷いた。
「ふふっ、じゃあ仲直りね。紅茶できてるから一緒にクッキーでも食べましょう。」
「くっきー…」
レッドくんの反応にグリーンが呼応する。
「よし!じゃあどっちが先に着くか勝負な!」
バイビー!と走っていくグリーンを待って、とレッドくんが追いかけていった。
少しだけ寂しいけど、グリーンが等身大で笑えるお友達がいることが何よりも嬉しく思う。
どうかいつまでもレッドくんと仲良くいて欲しいものだ。