名残「じゃあな」
館に泊まりに来た翌朝、貴方はバイトがあるからと原色のアロハシャツを羽織って玄関で背を向ける。
仕事があるのなら仕方ないけれど、ない日の貴方は「そろそろ行くわ」と片手をひらひらさせる。埠頭で釣りをするか、はたまた私の知らない行き先があるのか。
英霊(サーヴァント)の貴方が睡眠をとることはない。
故に、私がくたびれて眠る傍らで、貴方が何を考えているのか知る由もない。
目覚めて、適当な朝食を摂って、身支度を終えたら貴方が出ていくのを見送る。
恋人などという甘やかな響きは、私たちには無縁だ。だけどいつも、錯覚しそうになる。
射抜く眼差しも、大きな手のひらも、厚い身体の重みもーー私を心から想ってもたらしてくれているのだと。
そして、願わくば陽の照りつける時間も、ただーー
「どうした? バゼット」
我に返ると、貴方は眉尻を下げて顔を覗き込んでいた。私の右手はシャツが伸びるほど力を込めている。慌てて引っ込め、目線を逸らした。
「いえ、何でもありません。今日は花屋のバイトがあるのでしょう?」
「まあ、そうだけどよ。やっぱもうちょい、後で出るわ」
目を瞬かせる私の頭を撫で、貴方は歯を見せて笑った。どうして、と尋ねると、貴方はそのまま私を両腕で包み込んだ。
「今日は遅番だから。あと、アンタがそんな顔してたら、行くに行けねえだろ」
「私は、別に……」
「側にいて欲しいんだろ?」
いつも心の奥底にしまい込んでいたものを、貴方はいとも容易く引き揚げてしまう。
肩に頭を預けると、微かに煙草の匂いがする。
「貴方は、朝を待つ間、何を考えているんですか」
精度の低い翻訳機みたいだ。そうさな、とつぶやいて、貴方は耳元で柔らかな息をつく。
「何も考えてねえよ。ただ、アンタの寝顔を眺めてる」
視界が途端に歪む。積み上げた虚勢が呆気なく崩れる。
ああ、だから錯覚しそうになる。気まぐれに注がれる確かな情を、いつでも欲してしまいそうになる。
むせ返るような想いを胸に抱きながら、寝顔を見せない貴方がずるいと返すのが精一杯だった。
End.