習慣ってこわいネ「モーニング……のチーズトーストで」
「ホットサンドBLTの、お願いします」
「お飲み物は」
「あ〜……ミックスジュース」
「ホットコーヒーで」
「かしこまりました」
「あ、すんません、タマゴサンドも追加、単品で」
造作ないことのように追加メニューも控え、てきぱきとした動きで下がっていく店員さんの姿に無性に懐かしい気持ちになった。学生さんだろうか。早朝からバイトに精を出していて、頭の下がる思いだ。
よく晴れた休日、モーニングもやっている喫茶店が近所にあるというのは何にも代え難い喜びがある。休日のクオリティを一気に底上げできる、チートアイテムのようなものだ。
常連と胸を張れるほどではないが、この店にはこうして狂児と連れ立って、これまでも何度か訪れていた。無駄に存在感のある目の前の男のせいで覚えられているのだろうと思うことはあっても、店員さんの接客にそれが現れることもなく、そんなところも気に入っていた。
「ミックスジュースとかめずらしいやん」
「たまに飲みたくなりません?」
「分かるわ〜」
気の抜けた返事をしながらおしぼりを額に当てる狂児のことも悲しいかな、すっかり見慣れてしまった。
何度もマナー悪いでと指摘をしてもついぞやめることはなかったので、もう近頃は触れないでいる。若い女の子がいるような店でもそんなことやって、きっと幻滅されていたに違いないと思うと、面白いので許すことにした。
しかし最近怖いのは、狂児のそんな癖が僕もおっさんに近づくにつれて、うつる可能性があるかもしれないということだ。
「俺の実家の近くにもミックスジュース出す店あったな〜まだあるんかなあの店」
「狂児さんもなんかいっぱい頼んでたけど、そんなお腹減ってたんですか」
モーニングセットのチーズトーストは自分の分だが、狂児はそれ以外にもホットサンドとタマゴサンドを頼んでいた。ここにいる人数よりも一品多い計算になるが、お腹が空いているのか、あるいはそんなにサンドが好きなのか。
「えっ! 聡実くん食うかなって思ってんけど」
朝の喫茶店にはあまり相応しくない素っ頓狂な声をあげて、狂児は目を丸くした。飛び出してきたのは予想もしていない形で巻き込まれることになった僕の名前だった。
「朝からそんなよう食えんねんけど……」
「うそーん! そんなおっさんみたいなこと言いなや」
「僕かてもう学生とちゃうんやから……まあええわ」
頼んでしまったものは仕方がないので腹を括る以外にない。夜勤バイトに勤しんでいた学生の頃も、こんなことがあったなとぼんやりと思い出す。
「ほんなら俺も頑張るわ」
「当たり前やん。自分で頼んでんやから、その始末も自分でつけるんですよ」
「怖い言い方せんとって」
狂児の中での僕はいつまでも、そんな感じでお腹いっぱいに食べるわんぱく坊主のような認識なのかと思うと、少し物申したくもなった。しかし悪意があってのことでもないので、大人になった僕はその可愛らしい認識を甘んじて受け入れようと思った。
「食い終わったら散歩行きましょうか」
「せやな。歩いたらいい感じなるやろ」
特に予定のない休日。行き当たりばったりに過ごすこともまた醍醐味である。そう遠くない家に戻るまでの道を目一杯寄り道をして、意味のない会話を繰り広げる贅沢な時間も好きだった。そういえば、今日は公園の近くにキッチンカーおるんやろうか。
「……なに、ニヤニヤして」
こちらを見つめる落ち着かない視線がどうにも気になる。狂児はその緩んだ表情筋を隠そうともせず、朝の陽だまりの中笑っていた。
「んー、習慣ってこわいネと思って」
「……そうですか」
薄ら笑いとは違うアホみたいなにやけ面を前にすると、僕はこの男に何も言えなくなってしまう。本当に何がおもしろいのか。あと3分してもその顔をやめないんだったらはたいてやろう。そう思った矢先、注文した品々が運ばれてきて、サンドイッチ祭りになったテーブルの上を見た僕が今度は思わず笑ってしまった。
「今度京都のあんまいコーヒー飲み行こか」
「京都行くんやったらそれもええけどラーメン食べたいです」
「ウン、いっぱいお食べ」
やはり僕のことを食いしん坊のように思っているに違いない。
サンドイッチ平らげるまでにその顔なおってへんかったら、殴ったる。