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    let_it_tei

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    一総

    #一総
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    「総士の全部がほしい」と言えればよかった一騎 初めて出会ったときから、総士の髪は一騎の周りの男の子に比べて長かった。
     総士の髪は、髪の短い女の子よりも長くて、髪の長い女の子より短い。
     そう捉えていたのは一騎だけではないと思う。実際、「どうして総士の髪は長いの?」と聞いている子どもは、性別に関係なくたくさんいた。そして、そう聞かれるたび、総士は「父さんがかぶらぎさんのところで『肩の高さでおねがいします』って言うからだよ」と応えていた。
     無邪気な疑問をぶつける子どもは、同じくらいの程度で「髪が長いなんて、総士は女の子みたいだね」と言った。子どもだけではなく、たまに同じようなことを言う大人もいて、そんな大人は決まってぬるぬるとした笑い方をしていて、総士がどう思っているか聞いたことはなかったけれど、一騎は気持ち悪いと思っていた。
     言われたのは総士だというのに、何故か一騎の方が居心地が悪い思いをしたのを覚えている。当の本人である総士は、「髪が伸びたら、みんなかぶらぎさんのところに切りに行く。じゃあ、かぶらぎさんのところに行かずに、髪を伸ばし続けた長い人は、みんな全部女の子みたいになるの?」と笑っていた。総士を女の子みたい、と言った連中は、大人も子どもも唇をむぐむぐと動かしてちょっと黙ってしまう。それを見ると、一騎は少しだけすっきりした気持ちになって、そのあとすぐに「いけないことを思ってしまった」と後悔するのが決まった流れだった。
     一騎が総士の髪に初めて触れたのは、総士の手元の本を覗き込んでいたときだった。本を指差しながら総士が説明して、一騎はそれを聞いていた。
     そのとき、総士が本から顔を上げ、「ね、きれいだよね」と笑ったのだ。白い頬は、柔らかい春に包まれた桜のような色に染められていて、瞳の中では薔薇と菫の花が綻んでいた。さらりと揺れた木蘭色の髪が、直ぐ側にいた一騎の肩に触れた。
     え、と驚いてしまったのは、自分の髪よりも絶対触り心地がよさそうだと思っていた総士の髪が、一騎が想像していたものよりずっとしっかりと〝触れられる〟ものだったからだ。一騎の頭の中では、総士の髪は、天使の羽のような、ふわふわとした軽くて夢のようなものだった。それが肩に触れた。天使の羽でもなければ、ふわふわとした夢のようなものでもない。重たくて、それでいて触れたところがしっとりと甘くなっていく。不思議な感覚だった。
     一騎は、それから総士の髪に触れるようになった。遊んでいるときにたまたま触れてしまったり、ごみを取ってあげるときに自分だけの秘密の我儘を指先に込めて少しだけ長く髪に触れたり、泊まりがけで遊んだとき夜の濃紺を木蘭色の髪に梳かし込んだりした。
     総士の木蘭色の髪が肩を過ぎ、鎖骨を過ぎ、肩甲骨まで至るのを、一騎は悟られないように息を殺して見ていた。その頃にはもう、一騎は総士の髪に触れることはおろか、言葉を交わすことすらできなくなっていた。総士の目を傷つけたからだ。薔薇と菫の瞳、その左側。一騎が傷つけた総士の瞳からは花の蜜ではなく人の鮮血が流れ、彼の目は見えなくなった。






     彼の妹と同じ名前の油を掌に伸ばし、鎖骨の下まである木蘭色の髪に馴染ませる。櫛を入れていた髪は、指と指の間をするすると通り、あっという間に毛先まで抜けていった。
     一騎は総士の髪が好きだった。自分の髪よりも色も手触りも柔らかい、幼馴染みの髪が。


    「総士の全部がほしい」と言えればよかった一騎
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