パフェ「ねえ、つむぎ、パフェが食べたい」
「え」
総合病院の談話スペースは開放感があるが、人はつむぎと英智の二人しかいない。近くにあるナースステーションから忙しなくナールコールの音が聞こえ、看護師が通りがかったり、夕食の配膳をしにワゴンが通ったりする。
急に出てきた寒さに英智の身体は耐えられなかったらしく、発熱により大事をとっておかかりの夢ノ咲総合病院に運ばれた、というのがつむぎの聞いた顛末だった。自分の仕事が比較的早めに終わったのを良いことにお見舞いに来たが、ちょうど面会時間が過ぎてしまったらしく、申し訳ございません、と入院窓口の事務に頭を下げられて、つむぎはいえいえ、と病院を後にしようとした。
そんなところに、検査帰りだった英智が通りがかり、特例で談話スペースに通されたのだった。
「病室じゃなくていいんですか?」
とつむぎが問うと、
「いいよ。見た感じ、つむぎ、今日は仕事関連の話をしに来たわけじゃないんだろう? 君が気にするなら病室でもいいけど」
と、英智は気にもしない様子だった。
実際、つむぎは心配で様子を見に来ただけで、取り立てて英智に仕事の話があるわけでもなかった。
なので、談話スペースの、一番端――テレビが近いテーブルに向き合うかたちで座り、なんの気無しにしていた雑談――体調の話からお互いの今日の話など――の途中に、英智がそのように言い出したのだ。
端の方にあるテレビから、パフェ特集! と女性ナレーターの弾けた声と共にキャスターがフルーツのたくさん乗ったパフェや、上を向くほどの高さのパフェに驚愕する様子が次々流れたかと思うと、CMに入る。
「パフェ……でも、そういうのって英智くんの体調的に大丈夫なんですか?」
「ん、今日みたいな発熱は、季節の変わり目――特に寒くなると毎回やってるからね。今日も点滴と検査して……特になにも大事は無さそうだから、医者とも話して明日の朝には退院出来る予定だし、大丈夫だよ」
「そうなんですね……明日はなにか予定があるんですか?」
「いいや? fineのメンバーにも退院することは伝えたんだけど、一応休んだ方がいいって言われて、明日はフリーの予定……」
心配しすぎだと思うんだけど、と英智が苦笑する。
右腕には、点滴が終わったあとに貼られたと思わしきガーゼが分厚めに貼られて、英智は腕を窮屈そうに曲げた。
「じゃあ、明日のおやつくらいの時間に、一緒に行きません? 日和くんから美味しいフルーツパフェのお店を教えてもらったんです。明日、午後から俺も半休とってて」
英智がきょとんとするのも気付かず、つむぎが端末を操作し、日和と一緒に行った時の写真を見せた。
メロンやブルーベリー、まだ旬が来ていないように思えるイチゴも小ぶりながら乗っていて、傍から見て豪勢なパフェだ。
奥で日和が弾けるように笑っている。
「……すごいね、日和くんはそういうお店を見つけるのが本当得意だよね」
「ですよね〜。ここ、結構ESから近いんですけど、今までそこに喫茶店があるのにも俺、気付いてなくて。どうやって見つけるんですかねえ。やっぱりネット?」
「まあ、ネットを使った情報収集は慣れておくに越したことはないからね……あの子の場合、もっと違うことに発揮してもいいと思うけど」
「あはは……まあまあ」
つむぎから端末を受け取った英智が、まじまじと写真を眺める。カラフルなパフェ。
「つむぎ……こういうの、よく食べる?」
「ええっ、俺は……あんまりです。そういう情報にも疎いので……甘いものが食べたくなったら――そうですね、ファミレスとか、安易に頼っちゃいますね」
種類も多いし、お財布にも優しいし――とつむぎが気恥しそうに左側の髪の毛をいじった。内巻きの髪がくるんとつむぎの頬のあたりに添う。
「ふうん、そう」
「ですね。英智くんの方がこういうの、食べ慣れてそうですけど――」
「食べ切れると思えなくて、頼んだことないよ、僕。残すのは、心象が悪いし」
「ああ。英智くん少食ですもんね」
「……」
テレビはとっくにCMが明けて、パフェ特集に入っていた。旬のフルーツがふんだんに使われたパフェや、花火が突き刺さった変わり種のものまで、枚挙に暇がない。
「……つむぎ」
「はい?」
「この病院、歩いてすぐのところにファミレスがあるの知ってる?」
「ああ、はい、知ってますよ〜。今日も通りがかりましたし」
「そう。じゃあ、話は早いね」
「えっ」
英智が立ち上がり、ナースステーションに迷いなく歩いていくと、看護師となにか話し、すぐに戻ってきた。
まだ顔に作り笑顔が張り付いている。
「行くよ」
「えっ」
「英智くん! 嘘つくのはダメですって!」
寒空の下、つむぎが声を張り上げて英智を追いかける。本格的な寒さとは言えないが、もう空は暗くなりかけている。たまに通るタクシーのライトが眩しい。
「やだなあつむぎ。嘘なんて人聞きが悪い。僕は看護師に『売店に行ってきたい』って言ってしっかり許可をもらったんだ。嘘なんかついてないよ」
「売店なんてとっくに過ぎてるじゃないですかぁ! こんな、外なんか出て! また体調崩しますよ!」
「わっ、なに? これ、君のマフラーじゃない」
英智を捕まえるかのようにつむぎがカバンから取り出したマフラーを英智の首元にかける。立ち止まった英智の前へ回り込み、素早くマフラーを巻く。
「マフラーだけじゃなくて、コートもほら、着て! その服だけじゃ絶対熱ぶり返しますから!」
「あああ、もう、おおげさ!」
「おおげさじゃないです!」
つむぎの腕にあったコートもあっという間に着せられ、コートのボタンを閉めてしまえば英智が入院患者であることはまず分からなくなった。
寒がりのつむぎがチョイスしただけあって、防寒性はかなり高い。
「そこのファミレス行くだけなのに」
「そ、それが思い切り嘘じゃないですか! 英智くん、そんな大胆な嘘ついてバレたらどうするんです!?」
「揉み消すけど」
「お、お金持ちのスケールって分からない……!」
がくりと肩を落とすつむぎを気にも留めず、英智が軽い足取りをふと止めた。
「やっぱり近いねえ」
「え、あ、本当だ……」
いつの間に着いていた目的地につむぎは拍子抜けし、そのまま木製に見せかけた扉を開けて中へ入る英智に自然と着いて行った。
店内は平日ということもあり、そこまで混んでおらず、すんなり席へ通される。期間限定のメニューや季節のパフェのメニューが机上に置かれており、力を入れていることが分かる。
外と違い調節された空調が過ごしやすく、つむぎがひと息つく――その前に英智は卓上のタブレットをひょいととってためつすがめつする。
操作の仕方はあまり分かっていないらしかった。
「つむぎ、僕はもうこの季節のパフェに決めたんだけれど、これ、どうやって注文するの? とりあえず人数は打ち込んだけど――この数字は値段を入力するのかな」
「ああ、そうじゃなくて、ほら。ここに小さく数字があるので、これを入力するんですよ」
「ん。ああ、なるほど――君は?」
「お、俺は……こっちのミニパフェでいいです。英智くんはミニじゃなくていいですか?」
「うん、大丈夫」
「ドリンクバーは?」
「うーん、いいかな」
タブレットでの注文をさっさと終えて、つむぎがどうお説教するかなあ――と半ば途方に暮れていたところに、英智が先に切り込んだ。
「つむぎ、ありがとう」
「えっ? い、いやいや、俺は」
謝られるよりも、感謝される方がつむぎは言葉に詰まってしまう。ありがとう、と言われるとつむぎはほとんど『いえいえ、どういたしまして』と返すのが常だ。
「僕が残すことを想定してミニパフェを頼んでくれたんだろう?」
「違いますよ」
「違うの?」
「なんでそうなるんですか!」
君っていつも僕を気遣ってくれるから、その延長かと……と英智は本気で目を丸くする。その気が無かったとは言い切れないつむぎはぎゅっと目を瞑って言葉を撰ぶ。
ふぅーっと息を吐いたあと、しっかり英智の目を見る。
「まず……嘘をついて病院を抜け出したらいけません」
「看護師には言ったよ? 売店で軽食を買って、そのまま部屋に戻るって」
「ほら! もう!」
「ここも広義では売店と言える」
「屁理屈!」
英智が楽しそうに笑うので、つむぎは何を言ってもこの子には効かないか……と諦めのため息をついた。
「……お水持ってきますね」
「待って、僕も行く」
コップを二つ手に取って、つむぎが、
「氷入れます?」
と聞くと、英智は、
「いらない」
と、あっさり答えた。
当然、二つのコップはつむぎの手にあるので英智は手持ち無沙汰なのだが、きょろきょろあたりを見回している。
誰か知り合いでもいたのだろうか、とつむぎが思案しつつコップに水を入れていると、英智が小さく声を上げた。
「あっ」
「ん?」
配膳用の猫を模したロボットが、店員にスイッチを押されてテーブルへ向かって行く。最近導入されて、今ではすっかりファミレスにおいては見慣れたが、英智は感心した様子でロボットを目で追っている。
「見たかったんですか?」
「ちょっと興味があって……桃李が、可愛いって言ってたんだ」
春川くんたちとファミレスに行った時に見たんだって。
英智が独り言のようにつぶやく。
ロボットは、上部にあるボタンを客に押されて、厨房に戻って行く。
ずっとそれを見ているので、つむぎもなんとなく、水が入ったコップを両手に持って、英智とともにロボットが帰っていくのを眺めた。
「あっ」
また、英智が声をあげた。お説教を諦めたつむぎは英智と再び談話スペースで繰り広げたような世間話に花を咲かせ、ちょうど区切りがついたタイミングだった。
英智の目線と同じ方を見ると、さっき見た配膳ロボットがこちらへ向かってくるのが見えた。
電子のつぶらな瞳がぱちぱちまばたきなんかしている。
テーブルのあたりで停止して、くるりと半円状に回ると、頼んだパフェがふたつ乗っていた。
「来ましたね」
「待って、つむぎ、ボタンを押してみたいんだけど」
「はいはい」
ここかな……と英智が呟いてカチッと軽い音がしたあと、ロボットは軽快な音楽とともに厨房へ戻って行った。
英智の目の前にパフェを置き、スプーンを手渡す。みずみずしいフルーツに、シャーベットや生クリームなどが添えられていて、英智はどこから手をつけるか決めかねている。
そんな様子をよそに、つむぎはパフェのシャーベットから手を付け始めた。英智の注文したそれと比べて言うなれば簡素な構成になっているぶん、手が付けやすい。
数口食べ進めた時に、ふとつむぎの手が止まった。
「英智くん、今になって気になったんですけど」
「なあに」
「お財布……とかって」
「つむぎ」
「はい」
「明日のカフェの件は、僕の奢りってことで」
「い、行くんですね」
行くよ、と英智が柄にもなく微笑んで言った。英智がつむぎの誘いに乗り気なのは珍しい。
「ごめんね。僕も衝動的だったから」
お詫びに、と英智はパフェに添えられた生クリームをスプーンで一気に掬ってつむぎの前に差し出した。
「あ、ありがとうございます……?」
「うん。生クリーム、ちょっと僕には重たいな」
「じゃあお詫びとか言わないでくださいよ!?」
「なに? 生クリームは嫌いだったっけ?」
「好きです」
じゃあお詫びだ。中間層に差し掛かり、ゼリーの部分をぱくぱく食べ進めながら英智は平気な顔で言った。
さっぱりしたものは食指が進むらしく、フルーツやシャーベット、ゼリーは難なく食べている。
結局、元気な英智を見るとつむぎの怒る気は無くなってしまい、自分の注文したパフェを食べ進めるのに集中する。時間を要することなく終盤に到達するころ、英智が水を飲み干して一言、
「じゃあ、これもお詫びってことで」
と、ゼリーを食べ終わって以降あまり変化のないように見えるパフェグラスをつむぎの方へ差し出した。
「……あれですね、パフェの食べかけって、なんか、食べる気失せますね」
「……食べないの?」
「食べますけど」
自分のパフェをすっかり綺麗に食べ終わり、交換するように英智のパフェへ手を伸ばし、なんのこと無く食べ進めるつむぎに英智は、
「よく食べられるね……」
と、感心と驚きと、少しの呆れがないまぜになった言葉をかけた。
支払いはつむぎが持つことになった。理由は明確、英智が財布など持たず、文字通り着の身着のまま院外へ来てしまったからだ。
「マフラーはいいって」
「だめです。つけててください。風に当たるとすぐ冷えちゃいますよ」
「ああもう――はいはい」
「歩いてすぐですけど、もうこんなことしないでくださいね。次はきちんと外出許可を取ってください」
「もうしないって。……あ、つむぎ、帰る前に売店寄って」
つむぎが困った顔をする。英智のわがままには慣れっこだが、まだ止まらないか、と。侮っていた――と、つむぎは思った。
「売店でなにか買い物しないと、怪しまれるからね」
「英智くん……」
「まあまあ、つむぎ。君に払わせるわけじゃないよ。売店の買い物はあとから入院費用とまとめて払うんだ。ほんとのほんとに、お詫び――は、明日のパフェに回すけど、これは気持ちってことで」
つむぎが断る前に、英智は棚で温められているほうじ茶と、冷えたミネラルウォーターを手に取り会計へ向かう。手続きの詳細は分からなかったが、金銭は本当に必要ない様子だった。
「あったかい方でいい?」
「……いえ、お水、もらってもいいですか?」
「いいけど……はい」
「ありがとうございます」
もらってすぐ、つむぎはキャップを開けてひとくち飲んだ。水が喉から通って行くのが冷たさで分かる。
病棟に向かうエレベーターで、英智が思い出したようにマフラーとコートを脱いで、つむぎに慌てた様子で渡した。
「見られたら外行ったって怪しまれる……」
「あ、ああ。たしかに」
腕時計を見ると、英智とつむぎの外出時間は数十分程度だが、売店の近くにも談話用のテーブルがあるのでなんとか誤魔化せそうだ。
目的の階へ到着し、扉が開く。
ナースステーションはつむぎが来た時と変わらず忙しない雰囲気で、二人に気付いた看護師の一人が、英智とつむぎにぺこりと頭を下げた。
大事にはなっていないようで、英智とつむぎはなんなく個室の病室へ到着した。
「はあーっ……」
スライド式の扉をそっと閉めて、つむぎが盛大に息を吐いた。
「美味しかったね」
「英智くんは半分とちょっとしか食べてないじゃないですか」
「それでも美味しかったよ。それに……楽しかった。お忍びでね」
「俺はずっとハラハラしっぱなしでしたけどね……」
「パフェじゃなくてスリルを味わった……ってことだね」
「英智くん」
「ごめんって」
けらけら笑ったあと、英智はほうじ茶をひとくち飲んで、
「もう、本当にあんなことしないよ」
と、静かに呟く。
「……絶対ですよ」
「うん」
つむぎが服装を直し、改めてコート着て、腕時計を確認する。英智は簡易なサンダルを脱いで、早々ベッドへ横たわった。
時間もそこまで遅いわけではないが、ただでさえ面会時間を過ぎてからの特例で許可をもらっているわけで――長居をする理由は無かった。
「俺、そろそろお暇しますね」
「そう。今日はありがとう、つむぎ。明日もよろしくね」
「……明日……。そうですね、明日も。よろしくお願いします」
礼儀正しく礼をするつむぎに、英智がぽつりと言う。
「僕のわがままはつむぎに言うのが一番だね」
「い、いえ。もうほんと、勘弁してください……」
なんだ、つれないの。
英智が苦笑して、つむぎも同じように笑った。
「じゃあ」
「じゃあ」
つむぎの足音が、ナースステーションの看護師たちの足音に紛れて、どんどん小さくなっていった。