薄愛「つむぎの愛は平等だね」
昼食、というには遅い時間に食堂の一角で席を共にしていた英智が呟いた。つむぎと言えば、今日のおすすめと銘打たれたカルボナーラに黒胡椒をこれでもかと挽いている。ちょうど、英智がスープに手をつけようとスプーンに手を伸ばしたところでつむぎは、んー、と返事とも考えるとも取れない唸りをあげる。つぷり、と卵黄にフォークを入れると濃厚な黄色が流れていく。
「平等なんですかね」
「君は、みんなを同じように愛しているように見えるな。少なくとも僕には」
「そりゃあそうですよ。愛し愛されるのが人間ですもんね」
少々的の外れた返答に英智は苦笑し、青葉つむぎとはこういう人間だった、と思い出した。
だからさぁ、と英智がスープ――日替わりの、今日は甘いコーンスープ――を口にしてから紙ナプキンで軽く口を拭い
「だからかな……。嘘みたいに聞こえちゃうんだ」
と微笑した。
つむぎは咀嚼していた口の動きをわずかに止めたあと、急いでカルボナーラを飲み込み珍しくきゅっと眉根を寄せた。
「嘘じゃないですよっ」
英智は愉快そうに笑う。
「へぇ、まあ、そうだろうね」
最も、それは本心だった。皮肉でも嫌味でもなく、つむぎは、青葉つむぎという人間は、平等に人を愛している。それが隣人でも、不幸の発端といっても過言ではない母親でも、以前所属していたユニットのメンバーでも、平等に。だからこそ、自分を特別に思えない。とんだわがままと言っていい。愛されていることこそが特別なのに、そこから更に先、自分を最も愛して欲しいと求めるのは最早暴力的でさえある、と英智は自己分析する。青葉つむぎの愛はもし例えるなら、湧き出る泉だとか、弾けるポップコーンみたいだと思った。絶えず、それでいて平等で同じだけ皆を満足させる。
アイドルとして不足が無い。愛がなければアイドルにはなれない、というのが英智の持論だった。
「信じてくれれば良いのに」
カルボナーラをくるくるとフォークに巻き付けながらつむぎがぼやいた。英智には到底難しいことを。
「出来ればいいんだけどね。目に見えれば僕はすぐにだって信じるさ」
「見える? 俺は英智くんのことも愛してますよ! ほら、目に見えるでしょう?」
「君は喩えというものを知らないみたいだね」
諦めとも呆れともつかない物言いで英智が呟く。本日のメインディッシュは鶏肉のソテーだった。油分も塩分も比較的控え目で身体に優しい、らしい。
「じゃあ、書類でも書きます? 契約書」
むかしみたいに。驚いてつむぎを見れば、その瞳は緩く細め英智を見据えていた。つむぎは続ける。
「今度は俺もちゃんと目を通してから判を押しますから」
苦笑して、カルボナーラをまたひとくち頬張った。英智といえば手に持ったカトラリーを危うく落とす寸前になり慌ててそれらを持ち直しやっと鶏肉にナイフを入れたところだった。それでいて平気な顔で
「うん、そうだね、書こうか」
と呟いた。鶏肉のソテーはソースがやはり物足りなく感じた。また繰り返しているな、と自嘲する自分と、同じ轍を踏む僕ではない、と確信している自分とがせめぎ合っている。またナイフを入れる。
青葉つむぎは天祥院英智を愛している。天祥院英智は青葉つむぎを愛している。それで、愛しているの前に『特別』とか『他よりも』とか付け足そう。つむぎの平等な愛が自分にほんの僅かでも多く注がれてしまえば。ちいさな肉の欠片を口につっこんでから英智はふと気付いた。つむぎの手が微動だにせずそこに佇んでいるのだ。顔は、見ずとも想像がつく。ぽかんと口を開いてあっけなくしているのだろう。英智は笑い飛ばしたい気持ちを抑えながら、それでも笑みを含んだ口調で続ける。
「……なあに? 君が言い出したのに、それを拒否するの?」
「いえいえ! 拒否なんてしませんよ〜」
英智くんは、そういうのが嫌いそうだと思ったんです。つむぎは忙しなくフォークを回す。
ふと、英智が気がついて皮肉とも苦笑とも言える微笑を浮かべた。
「悪趣味なこと言うなぁとは思ったけど、今回は僕の勝ちかな」
「だ、だって英智くん、いっつも俺ばっかりにいじわるするじゃないですか……? ちょっと、ぎゃふんと言わせたくて……」
「百年早いよ」