恋人はサンタクロースかもしれないクリスマス赤黒 午後六時を過ぎた駅ビル内はとても賑やかで、たくさんの人が行き交っている。
「黒子、お待たせ」
「赤司君。お疲れさまです」
食品フロアの入口近くで、駅構内に飾られている大きなツリーをぼんやり眺めていたら、待ち人は颯爽と現れた。人の多さのざわめきの中でも、その声は凛としてよく通って聞こえる。
二人の目的は、駅ビル内にある黒子の好きなケーキショップだ。食品フロアは広いけれど、もう迷わず行けるくらいよく行っている。何でもない普通の日も、誕生日も記念日も、いつもお世話になっているいきつけのお店だった。
「渡した控えは持ってきた?」
「はい!ばっちりです」
店はさすがにクリスマスイブとあって混み合っていた。列に並んで、財布の中に入れていた予約の控えを取り出す。ケーキの予約自体は赤司がしてくれたのだけれど、当日はもしかしたら仕事で少し帰りが遅くなるかもしれない、ということで、在宅で仕事をしている黒子の方に予約票を託されたのだ。結局赤司が仕事を頑張ってくれたので、こうして無事に待ち合わせて会うことが出来たのだけれど。
ケーキショップの店員は、何度も来ていることもあって何となくの顔馴染みだ。とはいえ黒子は「赤い髪のイケメンといつも一緒に来る薄い人」くらいの印象しかないだろうが。それでも他のお店と違って、ちゃんと黒子を認識してもらえるのが嬉しい。順番が来れば、愛想の良い店員が「お待たせしました」と迎えてくれる。
「予約してた赤司です」
そう言って黒子が女性の店員に予約票を渡すと、すぐに奥からケーキボックスが出てきた。こちらでお間違いないですか、と蓋を開けられたボックスの中には、大きないちごがたくさん飾られた小さなホールケーキの上に、サンタの砂糖菓子がちょこんと乗っている。店内の照明も相まって、宝石みたいにぴかぴか光って見えた。
会計は予約時に既に赤司が済ませておいてくれていたらしい。ケーキボックスの入った紙袋を崩さないようにそーっと持って、店の列から外れた。
「無事に受け取れて良かったです。あとは適当にお惣菜を…って、なんでそんなにニヤニヤしてるんですか」
「え?そう?」
「はい。顔がゆるみまくってますよ」
そうかな、と赤司は自分の頬を片手でむにむにと押した。そうしながらも、その表情もなんだかにまにましている。もしかしたら彼もケーキを食べるのが楽しみで、受け取れて嬉しいのかもしれない。赤司君もかわいいところありますね、と思いながら、混み合う惣菜売り場を少しだけ見て回った。店内ではひたすらクリスマスソングがリピートされている。
せっかくのケーキが食べられないと困るから、買った惣菜のうちの三分の一程度を黒子は食べて、残りは赤司が全部食べてくれた。食後のハーブティーを淹れてくれている赤司の横で、黒子はせっせとケーキ用のお皿とフォークを準備する。冷蔵庫の中には白いケーキボックスが堂々と真ん中に鎮座していて、落とさないように、またしてもそーっと取り出した。
こたつのテーブルの上に置いて、ボックスのテープを剥がす。蓋を開けば、お店で見た時と同じように、ケーキのてっぺんでサンタの砂糖菓子がいちごに囲まれてちょこんと座っていた。もみの木を模ったような飾りとリボンもその隣に刺さっている。
「赤司君、おまちかねのケーキですよ」
マグカップを二つ手に持った赤司が、もぞもぞとこたつに入ってくる。丸テーブルのこたつの中で、二人並んで座った。
「赤司君が珍しくニコニコしてたケーキです」
「ああ、あれね…。グッときたよね」
「…?なにが」
「『予約してた赤司です』ってやつ」
「え」
赤司の方を見れば、彼は至極真剣に、かつ、またにやにやとほっぺたがゆるんでいた。
いや、あれは、彼の名前で予約していたからそう言っただけで、全くもって他意はない。そんなことでにやにやしてたのか、この人は。
持っていたケーキナイフを赤司に手渡し、お願いします、と言えば、赤司はホールケーキに迷いなくざくっとナイフを入れた。真っ赤ないちごが、綺麗にまっぷたつに割れてゆく。
「ケーキが食べられるから嬉しくてにまにましてるのかと思ってました」
「もちろん、黒子と二人でケーキを食べられるのは嬉しいよ」
「そうですねぇ…。でもボク、赤司君宛ての荷物が来たらちゃんと『赤司』ってサインしてますよ」
「良いね。今度オレにも書いて」
「なぜ。家電に電話があったら『赤司です』って出ますし。最近はそんな機会もほとんどないですけど」
「今度家電に掛けていい?」
「何でですか。ボクも一応家で仕事してるんですからね」
ざく、ざく。赤司の手によって、ケーキが寸分の狂いもなく等分される。そのうちの一ピースを黒子の皿の上に置いた。これは黒子に、とサンタの砂糖菓子もそっとケーキに添えられる。笑顔のサンタのつぶらなひとみが、リビングの照明に照らされてきらきら光っていた。赤司のほうを見れば、サンタと同じような色したひとみもまた、同じようにやわらかに光っている。
「赤司君ってかわいいですね」
「黒子のほうがかわいいだろう」
むぐ、と寄せられた眉がかわいい。皿に乗ったケーキにフォークを入れて、一口大に切り分ける。
「そんなかわいい赤司君に食べさせてあげます。あーん」
フォークに刺したケーキを赤司の口元まで持っていく。ぱちぱち、と何度か瞬きをしたあと、赤司はおずおずと口を開いた。並びのいい歯列が覗く。
あと少しで口に入るほんの寸前に、ひょいっとフォークを方向転換した。その瞬間に、彼の鼻の頭にぺたりと白いクリームが付く。
「……おい」
「ふふ。すみません」
サンタの色した赤いひとみが、じとりと黒子を睨んだ。ひと昔前は凄みの利いた、泣く子も黙るおそろしい睨みだったけれど、歳を重ねて、穏やかになって、鼻の頭にクリーム付けてるから全然怖くない。まるでサンタのヒゲみたいだ。
「うそです、うそです。はい、あー、」
んっ。と言い終わる前に、黒子の唇はかぷりと塞がれた。
落っことしそうになったフォークを、赤司がすかさずキャッチする。けれどその衝撃で、ケーキに添えられていたサンタが皿の上でころんと転がった。卓上用の小さなツリーのガラスのオーナメントに、重なる二人の姿がうっすらと映っている。
ちゅうっ、と音を立てて触れるキスは、甘い砂糖の匂いがした。
「黒子の鼻にも付いた」
「…赤司君は、鼻にクリーム付けててもびっくりするほどイケメンですよ」
とはいえずっと鼻に付いたままだと可哀想なので、指で拭って舐めてみた。甘い生クリームの味が、じんわりと舌に広がる。
「…ケーキ食べましょうか。切ってくれてありがとうございます」
「食べさせてくれないの」
「仕方ないですね、一口だけですよ」
あーん。赤司のやわらかい唇が開かれて、突っ込まれたケーキをもぐもぐと咀嚼する。ついでにいちごもフォークに刺して食べさせてあげた。形のいい大きないちごも、赤司はぱくりと一口で食べてしまう。
「うん、おいしい」
本当においしそうに、幸せそうにそう言うものだから、黒子にもにやにや笑顔が移った。寄り添うこたつの右半分がぽかぽか温かい。
恋人は、まるでサンタクロースみたいだ。なんでもない幸せを、こうしていつも運んできてくれるのだから。