わんだふるらぶ! 好きな人と想いが通じ合って、恋人になれたのなら、触れ合いたいと思うのは当然のことだろう。ましてや、色々と興味はある年頃だ。お互いバスケばかり、赤司に至ってはそれ以外のことでも多忙で、学生生活のほとんどは部活で明け暮れてしまったけれど、決して欲がないわけではない。知らないことは知りたいと思うし、触ってみたいし、触られたい。そう思うのは、健全な青少年の証ではないだろうか。触れ合うことに、壁がなければ。
高校を卒業して東京に戻ってきた赤司は、黒子の大学までもアクセスの良い駅近くにマンションを借りていた。いつでも遊びに来て良いよ、と黒子用の合鍵まで準備して。
何度か訪れたことのある赤司の家だけれど、何度来ても緊張する。思ったよりも普通の1LDKで、想像していたよりも広さはないけれど、それでも学生が一人で住むマンションにしては十分な広さはあった。
革張りのソファはふかふかで、シックな色合いのソファには黒子が選んだ水色のクッションが添えられている。ある日突然インテリアショップに連れられて、好きなクッションを選んでと言われたから適当に目についた物を指差したのだ。まさかこんなお洒落なソファに合わせられるとは思わなかった。
「寒くない?」
「外は寒かったですけど、今は大丈夫です。この部屋はあったかいので」
「暖房上げたから。暑くなったら言ってね」
温かいココアを出してくれる赤司は、本当にスマートで優しくて、何度でも新鮮に感心してしまう。一度は色々あったけれど、基本的に彼は、厳しくもあるけれどとても優しい。ソファに座ってコーヒーを飲んでいるだけなのに、その姿だけでも絵になる。ココアを飲みながら、ほうっとその横顔を何となしに眺めていたら、目が合って赤司はにこりと笑った。美しい笑みに、さすがの黒子もドキッと心臓が高鳴る。
いや、ドキドキしてばかりでは、だめだ!!
赤司がマグカップをテーブルに置いた隙を見て、その手を黒子からぎゅっと握った。突然のことで少し驚いた顔も見せるも、赤司は優しく黒子の指の間に指を絡める。湿った体温が、トクトクと重なってゆく。
「手が冷たいよ」
「だ、大丈夫です。しばらくしたらあったまります」
「そうか」
黒子の冷えた手を、赤司があたためるように握り込む。二人掛けのソファはそれなりにスペースがあって、開いた隙間を埋めるように、黒子のほうから赤司に近付いた。ニットを着た肩同士が、ぽすんとぶつかる。くすくす、と赤司が小さく笑った。
「どうかした?」
「たまにはボクからくっつきたいなと思って…。だめですか?」
「全然。もっとこっちにおいで」
「え、…わっ…」
ぐっと肩を押されて、勢い余って赤司の上半身に抱き付くような体勢になる。少し顔を上げれば、赤司の男らしい首筋が目に入った。浮かぶ鎖骨のラインが綺麗で、思わずそこに顔を埋めたくなってしまうくらい。
「黒子」
艶っぽい声が黒子の名前を呼ぶ。心臓はうるさいくらいにときめいていて、誤魔化すように目を閉じた。二人の息が近付いてゆく。
ふにゅ、と唇同士がくっついたら、赤司の唇は、手のひらの体温に比べて少し冷たいことを知った。やわらかい感触が、啄むように何度も触れる。そのたびに繋いだ手を強く握れば、大丈夫だと言わんばかりに、赤司の親指は優しく黒子の手の甲を撫でた。
「あ、かし、くん…」
「もう少しだけ…いい?」
「ぅ、…」
おずおずと頷いた黒子の唇に、赤司はまた蓋をする。それから、ほんの少しだけ黒子の上唇を舌で舐めた。
ざらついた温度が舌だとわかった瞬間に、黒子の頭は沸騰しそうなほど熱くなる。でもだめだ、ここで負けてはいけないのだから!わずかに唇を開いて舌を伸ばせば、赤司はすかさずそれをちろりと舐めた。初めての感触に、背中の奥のほうがぞわぞわして、でも気持ちよくて、どうしたら良いのかわからない。
「ぼ、ボク、どうしたら…」
「大丈夫。そのまま力抜いて」
「はひ…」
繋いでいない反対の手で、赤司はぽむぽむ、と黒子の背中を撫でた。赤司の舌が、どんどん黒子の口の中へと侵入してゆく。ほんのりコーヒーの味がした。息が乱れて、どうやって吸って吐いたらいいのか、いっぱいいっぱいで酸欠になりそうだ。きっと今頃自分の顔は、恥ずかしさとドキドキと酸欠で真っ赤になっているだろう。そんなことを思いながら、赤司はどうなんだろう、とうすく目を開いた。
「っ…、」
視界いっぱいに、彼の表情が映る。長いまつげを伏せて、少しだけ眉を寄せて、いつもより呼吸を乱しながら、赤司は黒子とのキスに浸っていた。たまに色っぽい息が漏れると、それは直接黒子の体内に吸い込まれるように触れてゆく。
赤司君と、キスしてる。好きな人と、キスしてる。その事実が視覚からようやく入ってきて、もう黒子の頭は、水が入ったヤカンを置いたらお湯が沸かせそうなほど煮えたくって、焼き芋でも焼けそうで、湯気が出そうなくらい熱々で…。
「も、もう、ぼく、らめでひゅ……」
「…黒子!?」
目の前がぐるぐる回って、ばたんきゅう。赤司の焦った顔が見えた気がしたけれど、意識が遠のいてゆく。
「ごめん、黒子、やりすぎた…」
「くぅーーん…」
一瞬にして視界がブラックアウトして、再び目を開ければ、世界はひと回り大きくなっていた。リビングの窓ガラスには、赤司と、赤司の膝の上に一匹のポメラニアンが映っている。
わーー!!またやってしまった!!!どうして!!!今日はいけると思ったのに!!!悲しみに明け暮れながらも、しょんぼりとして赤司の膝の上でうつむく。そうしていたら、赤司が優しく背中を撫でてくれた。気持ちよくて、つい勝手にしっぽがふりふりしてしまう。
そう、黒子は、世にも珍しいポメガという種族だった。普段は普通の人間として生活しているけれど、強いストレスや、極度の緊張状態に陥るとポメラニアンになってしまう。しかも一度そうなると、一晩経ってリラックス状態にならないと人間の姿には戻れない。
今までの黒子は、大きく感情が揺れることはなく、穏やかに日々を過ごしてきた。中学時代には仲間と確執がありストレス状態が続いたこともあったけれど、まだ中学生で身体も安定していなかったこともあり、ポメガの性質は強く出ず一応は普通に生活出来ていたのだ。
それなのに、赤司と恋人になってからというものの、ドキドキすることが多すぎて、こうして頻繁にポメラニアンになってしまう。今みたいに良い雰囲気になるたびにだ。情けないったらありゃしない。けれど赤司は、そんな面倒な黒子の性質にもいやな顔せず、いつもこうして身体を撫でてくれた。
「くーん…(あかしくんごめんなさい、いつもこんなふうになってしまって…)」
「よしよし。黒子はかわいいね」
「わんっ!(もー!ばかにしないでくださいっ!)」
「ふふ。くすぐったいよ」
膝の上に乗っていたのを良いことに、そのまま赤司のニットの裾を捲って、おなかのあたりにもふもふと身体を擦り付ける。引き締まったおなかに、腹筋の線が浮かんでいた。果たしてこの綺麗なおなかを、人間の姿で見ることは出来るのか。キスだけでこんなふうになってしまっているのだから、先はだいぶ長いのかもしれない。
「わんわんっ!(あかしくん、ボク、がんばります!もうポメラニアンにならないように!)」
「ん?なぁに?」
「わんっ、わぉんっ!(ボクもあかしくんとエッチしてみたいので…たくさん触って、ポメラニアンにならない練習に付き合ってくださいねっ!)」
「なんだろう…あとで何て言ったのか教えてね」
ひょいっと抱きかかえられて、鼻先あたりにちゅっとキスされる。ポメラニアンになって見る赤司の顔は、人間の時に見るよりも大きく見えるぶん、迫力も破壊力も抜群だった。ぶんぶん、嬉しくて、尻尾の動きが止まらない。
「今日はこのまま昼寝でもしようか」
「わんんっ!?(えっ、あかしくんが昼寝っ!?)」
「なんだい。オレもたまには昼寝くらいするよ」
「わん…(あれ、伝わってる…)」
赤司に抱っこされたまま、ソファに横になる。顔が近付いて、そのまま赤司の唇をぺろぺろと舐めた。ポメラニアンだったら簡単にできるのに、どうして人間の姿だとうまくできないのだろう。
「好きだよ、黒子」
「きゅぅん…」
「いつもの黒子も、こっちの黒子も好きだけど、やっぱり声は聞きたいね」
「わん…」
頭を撫でられると、うとうと眠たくなってくる。ゆらゆら尻尾が揺れる。大好きな赤司君の匂いが、すぐ近くで感じる。
「おやすみ、黒子」
大好きな、優しい声が小さな耳にじわじわ響く。目が覚めたら、ボクも大好きですって言いたい。そしたら今度こそ自分からキスするのだ。きっといつか、大好きな人と、素敵な夜を過ごすために。二人の恋は、まだ始まったばかりだから。
20250120