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    shidu_k13

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    赤黒の日2025

    #赤黒
    redAndBlack

    春の日のこと、あかくろ 就職して数年経った頃に赤司が都内に買ったマンションは、拍子抜けするほど普通の家だった。
     彼のことだから、エントランスからして豪華な、港区あたりのコンシェルジュ付きタワーマンション最上階でも選ぶとばかり思っていた。とはいえ赤司が実際購入したマンションも、都心までのアクセスが良く彼の勤める会社まで地下鉄一本で行けるし、地域的にも騒がしくなく、静かで落ち着いた街だった。マンションの住人も穏やかな人が多くて、すれ違いざまに黒子が挨拶をしたら、影の薄さに驚きつつも皆んなにこやかに返してくれる。
     一人暮らしにしては間取りが広いとは思うものの、想像よりもずっと庶民的であたたかい家を、黒子も密かに気に入っていた。例えばの話、彼と一緒に住むことがあったら、こんな家だったら素敵だろうなと思えるくらいには。

     春の空気はほんのり肌寒くて、埃っぽい風が鼻先をくすぐる。エレベーターを降りた先の廊下を歩きながら、くしゅん、とひとつくしゃみをした。その瞬間に、見慣れた角部屋のドアがガチャリと鳴る。
    「赤司君。ナイスタイミングです」
    「黒子のくしゃみが聞こえたからね。寒いだろう。早く入って」
    「お邪魔します」
     玄関に一歩入れば、部屋はよく暖房が効いていて温かかった。
     靴を脱いでリビングに上がれば、まだ仕事が終わったばかりなのか、テーブルの上が少し散乱としていた。飲みかけのマグカップがぽつりと置かれている。それも最初は少し意外だった。赤司はいつもきちんとしていて、部屋を散らかすことなんてないと思っていたから。
    「お仕事、お疲れさまでした」
    「黒子もお疲れさま。ご飯どうする?食べに行っても良いけど」
    「あ、ボクさっき材料買ってきたんです。今日はちょっと肌寒いですし、鍋焼きうどんとかどうかなと思って」
    「それって…」
    「?」
    「いや、何でもない。そうしようか。買い物してくれてありがとう」
     一瞬だけ眉をひそめるも、赤司はキッチンの棚から土鍋をふたつ取り出した。
     実は前にも一度、寒い冬の日にレシピを見ながら鍋焼きうどんを作ったことがある。無事に美味しく出来上がったうどんは、珍しく赤司のほうが食べ終えるのが遅かった。熱々の湯気が立ったうどんをふうふうはふはふしながら食べている赤司が可愛くて、ほっこりしながら眺めていたのは黒子だけの秘密…。にしたかったけれど、この感じだと赤司にもその黒子の密かな楽しみを勘付かれているかもしれない。

     黒子がうどんとつゆの準備をしている間に、赤司がねぎとかまぼこと鶏肉を切る。タイムセールの長ねぎは赤司に食べさせて良い値段なのかどうかもわからないけれど、ねぎを切っている張本人は値段なんて知る由もないから別に良いだろう。
     冷凍うどんをレンジに突っ込み、水とめんつゆをカップで計り土鍋に入れる。ガスの火を点けようとしたところで、具材を切り終えたらしい赤司がトントンと指で黒子の肩を叩いた。
    「? どうかしました…」
     と、最後の言葉を言い切る前に、ぷちゅっと唇が塞がれた。
     すぐに離れた距離で、キッチンのLEDライトがぴかぴかと磨かれたシンクを照らしている。手元のまな板には、均等に刻まれた長ねぎとかまぼこが綺麗に並んでいる。生活感溢れる景色だろうに、触れた唇からは、リップの甘い香りがした。
    「…なんですか、急に」
    「したくなった。今日まだしてないと思って」
    「そんな、今じゃなくても…」
     なんてもごもご言いながら、黒子は土鍋に入れたつゆを火にかけた。ちょうどレンジが軽快な音を立てて止まる。熱い、と言いながら指先で冷凍うどんの個装ビニールを持つ赤司がおかしかった。

     週に数回ある赤司の在宅勤務の日に合わせて、黒子が仕事終わりに赤司の家に行くのがいつのまにか習慣のようになっていた。保育士として働く黒子は、未だ実家から職場に通っている。そろそろ赤司を見習って一人暮らしでもしてみようかと思うものの、実家が都内にあることと、いつも疲れて家に帰って家事がままならないのではないのではないかという懸念でなかなかに腰は重い。
     けれど、今年こそは家を出ようと決めていた。目標にしていた貯金額が貯まってきたので、引越し費用に充てられる。実家は職場まで少し距離があるから、もう少し近い場所に引っ越せたらというぼんやりとした希望はあった。あとは、赤司の家にも通いやすいことも一応条件の中に入れている。

    「そういえば、赤司君がここに引っ越してもう一年経ちましたね」
    「ああ、そうだね」
     ぐつぐつと煮込まれてゆくうどんを眺めながらガスを弱める。赤司が取り出した鍋つかみは、黒子が選んだものだ。赤に淡い水色のチェックの柄が、赤司に似合わなくて似合っていて可愛いと思ったから。
    「今更ですけど、どうしてここを選んだんですか?もちろん良い場所ですけど、赤司君ならもっと良いところに住むかと思ってました」
     何となく聞いたその言葉に、何とも微妙な沈黙が一瞬流れた。回した換気扇の音が静かに響いて、落とした卵の黄身がぷくりと膨らんでいる。
    「…?赤司君?」
    「それは…。黒子が気に入るかなと思ったから」
    「え?ボク?」
    「ちょっと寒いけど、少しだけベランダ出てみて」
    「ベランダ?」
     続けざまによく分からないことを言われるも、火を消してベランダのほうへと向かう赤司に黒子も続いた。
     窓を開ければ、ひんやり冷たい風が頬を撫でる。二つ並んでいるうちの一つのサンダルに足を引っ掛けて、ベランダの柵に手をかけた。
    「…!わぁ…!」
     夜風に乗って、前髪がひらりと揺れる。ベランダから覗き込んだ景色いっぱいに、満開の桜並木が広がっていた。
     ライトアップされた夜の並木道に、ぼんやりと桜の淡い色が照らされている。空を見上げれば、ちょうど今日は満月に近かった。星がわずかに散らばる東京の空に、桜色のコントラストが幻想的に見える。
     思わず息を呑んで眺めていたら、赤司が黒子の隣に並んだ。肩が触れ合うほどの近い距離で、同じようにまっすぐに、夜の桜並木を見つめている。
    「すごいです。こんな素敵な景色を隠していたんですか」
    「隠してた、というか…。そうだね、隠していたかも」
    「?」
    「言いたかったんだけど、勇気がなくて」
    「勇気?」
     珍しく煮え切らない態度ばかり取る赤司に、黒子は首を傾げる。柵を掴んでいた黒子の手を、赤司が上から軽く握った。思ったよりも冷たかった体温に、少しだけ驚く。
    「黒子、ここで一緒に住まないか」
     凛とした声が響いて、黒子ははっとして顔を上げた。
     部屋から漏れる明かりが二人の影を伸ばす。ひやりとした夜風が、赤司の毛先をふよふよと揺らしていた。
     桜よりも鮮やかな色は、いつもの堂々とした面持ちとは違う、少し遠慮がちに黒子に触れる。冷たい指先を温めるように、黒子は赤司の上にまたさらに自分の手を重ねて握った。
    「…本当は、この景色を黒子と一緒に見たくてここに決めたんだ。けれど断られるかもしれないと思ったら言えなくて、一年掛かってしまった」
    「ボクが断ると思ったんですか?」
    「そうかもしれないと思ったら、怖かったんだ」
     澄んだ声の語尾が情けなく萎む。冷たかった手のひらは、二人ぶんの体温で少しずつあたたかくなっていた。
     彼の手が好きだ。強くて優しい、いろんなものと戦ってきた手のひらだろう。昔はためらいがちに触れていたはずなのに、今はこんなにも、自然に触れられる。
    「思ったより臆病なんですね、キミは」
    「…そうかもしれない。黒子にだけだよ」
    「毎週、キミと過ごす夜が楽しみでした。このままずっと一緒にいられたら良いなって、何回だって思った」
    「…黒子」
    「情けない声出さないでください。…ボクでよければ、キミと一緒に住みたいです」
     赤司が勇気を出して言ってくれたように、黒子も一生懸命そう言えば、思わず少し声が震えてしまった。
     嬉しい、と赤司が微笑む。ぽかぽかとあたたかくなった手のひらが、黒子の頬を撫でた。唇が近づくのかと目を閉じかけたら、その手がそのまま黒子の頭をそっと撫でる。
    「花びらがついてる」
     ひらりと風に揺れて、黒子の手の甲に何かが落ちた。赤司が払った桜の花びらが、ちょうど黒子の薬指の付け根あたりに落ちた。まるで誓いの指輪みたいなロマンティックさに、思わず目を見合わせてくすりと笑ってしまう。
     部屋着だけの身体が、寒さでふるりと震えた。そろそろ戻ろうか、と赤司が言う。手の甲に落ちた花びらを、大事にそっと指先で摘んだ。
    「うどんが冷めてしまいましたよ」
    「そうだね。温め直そうか」
    「もしかして、それが狙いですか?」
    「何が?」
    「赤司君のもあつあつに温め直しますよ」
     ベランダから部屋に入れば、キッチンからは出汁のいい匂いがした。思ったよりも生活感のある部屋に、二人の毎日が馴染んでいく。想像したらそれもまた楽しそうだと思った。
    「今度、晴れたらお花見に行こうか。散らないうちに」
    「良いですね」
     テーブルの上に、先ほど摘んだ桜の花びらをひとつ乗せる。優しい春の香りが、きっと新しい季節をとびきり素敵なものにしてくれるだろう。
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