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    kuuyumekaki

    ラギ監メインに書いてます。雑食です。

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    ゆあまい(8/27) 展示作品 ラギ監

    #ラギ監
    lagiAuditor
    #twstプラス
    twstPlus

    カフェオレが冷めるまで 魔法薬学室の植物達に水を撒くのにもだいぶ慣れた。ふと視線を上げれば窓から青い空と木々たちが見える。ぴたりと静止画のように動かない木々が、外が無風なことを悟っていた。最近は茹だるような暑さだが、ここは別世界のように涼しかった。
    「仔犬、水やりは済んだか?」
    「はい。後は栄養剤を滴下するだけです」
    「そうか」
     背後から声をかけられて振り向けば、クルーウェル先生がトレイに湯気を立てたカップを二つ乗せてこちらへ向かってきた。テーブルにそれを置いて私の隣に立つと、水分をたっぷりと補給してきらきらと光る植物達を眺めて満足そうに頷いた。先生に見守られながら栄養剤を滴下していく。この子達がいつか授業で使われるんだなぁと思うとなんだか嬉しくなった。植物の名前も憶えられたし、良い仕事だったと思う。
    「仔犬、これが仕事の対価だ」
    「ありがとうございます!」
     そう言って先生が渡してくれたのは一冊の本だった。植物学に関する参考書だ。私は時々こうしてクルーウェル先生の手伝いをしては対価として本を貰っていた。お金を自由に使えるほど持っていない私はバイトをして参考書やこの世界に関する当たり前の知識が載った本を得ていたのだ。先生が選んでくれたものはどれもわかりやすく、こちらの常識を知らない私にはありがたいものだった。
     テーブルの上に置かれたマグカップにはどうやらカフェオレが入っているらしい。ほろ苦いコーヒーの香りと、柔らかな茶色が目に映る。
    「少し休憩しろ。俺は少し席を外す。飲み終わったらそのまま帰っていい」
    「え?」
     そう告げると先生は部屋を出て行ってしまった。残されたのは私と二つのマグカップである。どうしてマグカップは二つあるのだろう。先生が一緒に飲む予定だったけれど急用ができた? でもそんな感じには見えなかったし……。私が二杯飲みそうな顔をしている? もしそうだとしても先生は二つもマグカップを用意するとは思えない。
     はて、と頭を悩ませていると再び部屋のドアが開く音がした。
    「先生?」
     戻ってきたんですか? と言おうとして私の体は固まった。あまりにも予想外の人物がそこに立っていたからだ。大きな耳に垂れ目がちなブルーグレーの瞳。向こうも私がいるとは思っていなかったのか、目を丸くして、一瞬部屋に入るのを躊躇ったように見えた。
    「ラギー先輩」
    「監督生くん、どうしたんスか? こんなところで。クルーウェル先生に呼び出された?」
    「いえ、バイトみたいなものですね」
    「なぁんだ。一緒一緒」
     ラギー先輩は部屋へ入るとテーブルの横にあった椅子を引き寄せて座った。まだホカホカと湯気を上げているマグカップを見ると、その一つを手に取った。
    「クルーウェル先生、オレの分も準備してくれてたんスねぇ」
     ふぅふぅと息を吹きかけてマグカップを持つ先輩をただただ見つめてしまう。視線が痛かったのか、先輩は私をちらりと見ると座れと言わんばかりに空いた椅子をこちらへ寄せた。なるほど、先輩の分も先生は準備していたのか。
    「ラギー先輩は今までどちらに?」
    「薬品庫で試薬整理。たまーにやるんスよ。バイト代貰えるし」
     バイト代という響きが嬉しいのか、シシシと笑いながらカフェオレを飲む先輩はご機嫌だ。私にはまだ危ないからと薬品庫は任せてもらえていない。ラギー先輩はきっと一年生のころからバイトをし続け、信頼を得てきたのだろう。
    「監督生くんは?」
    「植物に水と栄養剤をあげるんです。愛着湧いてきました。名前も覚えられるし良いことばかりです」
    「へぇ」
     ラギー先輩の隣に座ってそう答えれば先輩はマグカップをテーブルに置いて私を見た。目が合う瞬間、どくんと体中に血液が熱くなるような感覚に陥る。穏やかなブルーグレーに自分が映ることが、私をいたたまれない気持ちにさせた。
     
     最近、ラギー先輩を避けていた。

     まさかこんなにも自然に会話ができるとは思っていなかった。というのも二週間ほど前、私はこの人に告白をされたのである。まさに青天の霹靂だった。
     ラギー先輩は第一印象こそよろしくなかったが、なんだかんだ面倒見のいい先輩だ。時々会話をしては困ったことがあると助けてもらうことがあった。もちろん、対価としてドーナツやジュースを渡していたけれど。でもそれも最初だけ、最近は先輩も対価を要求することもなくなったし、むしろおやつを持ってきてくれることもあった。仲良くなれたなと感じていた。でもそれぐらいだった。マブ達への感情と変わらない、特別なものはなかった。
    『監督生くん』
     まるで今日のランチ何食べた? って聞くぐらいのテンションで呼ばれたのに。
    『好きです。オレと付き合ってください』
     柔らかな眦で、温かな声色で、ラギー先輩が私にそう言った瞬間、世界が止まってしまったかと思った。でもすぐに、止まったのは世界ではなく、私だったことに気づく。
    『別に今すぐ返事がほしいとか言わないッス。ただ、そういうことだから』

    ――これからは、オレのこと。意識してね。

     そんなとんでもないことを言って彼は微笑んだ表情のまま立ち去った。ただ一人、私だけが何もできずに立ち尽くしたのである。そして。

     なるべく出会わないようにして二週間。まさかこんな逃げ場もない、他に誰もいない場所で出会うと思わないじゃないか。

    「監督生くん、飲まないんスか?」
     また考え込んで固まっていた私を先輩の声が動かした。なるべく自然に、マグカップを手に持って口につける。まだ熱かったそれに思わず声が出た。
    「あつっ」
    「意外と猫舌?」
    「はい……」
     なるべく静かに息を吹きかけるけれどしばらく飲めそうにもない。諦めてマグカップをテーブルに戻したものの、私は困り果てた。飲んでいる間は話さなくて済むが、そうではない以上会話をしないわけにはいかない。マグカップの中身がたっぷりと入っているのに立ち去ることもできないからだ。
     どうしようどうしようと考えている私の視界に突然、手が入ってきた。
    「わっ」
     体を後ろに反らそうにも椅子の背もたれに阻まれる。そのままその手は私の頬に触れた。ささっと擦るように指を動かすとラギー先輩はシシシと笑って口を開いた。
    「土、ついてた。植物に水をあげた時、少し土いじりしたんじゃないの?」
    「あ……」
     恥ずかしい。先輩は親切心でしてくれたのに過剰に反応しすぎた。謝罪の言葉は私の口から零れ落ちる前に、先輩の指で塞がれる。ゆ、指が、口に!
    「謝んなくていいッス。ちゃーんと意識してくれてるみたいで嬉しいんで」
    「あ、え、あの」
     思っていたより何枚も上手な回答をされて頬に一気に熱が集まった。あれ? ラギー先輩ってこんなに大人っぽいんだっけ?
    「ねぇ、監督生くん」
    「はい……」
    「アンタはきっと、いつか自分は元の世界へ帰るから恋愛とかするつもりはないって思ってんだろうなって……だから言うつもりはなかったんスよ。最初は」
     まったくもってその通りで私は否定することができなかった。いつか突然消えてしまうかもしれない存在は、あまり踏み込みすぎないほうがいい、この世界の誰にでも。
    「でもつい口が滑ったんスよねぇ。まぁ、抑え込むつもりもなかったんだと思う。今となっては」
     さっきとは違う頬への触れ方に心臓が爆発しそうだった。見た目よりも意外と大きくてたくましい手が、まるで壊れやすいものを扱うように動くのにいちいち反応してしまう。
    「オレはアンタが好き」
    「っ」
    「元の世界になんて帰ってほしくないし、帰ったとしても追いかけるつもりッスよ。名門校に通う魔法士なんで」
    「先輩……」
     ずるいなぁ。先輩は。
     帰ってほしくないとか、もしも帰れない未来の私にとっては喉から手が出るほど欲しい言葉だろう。
     帰ったとしても追いかけるとか、自分の意志に反して元の世界へ戻ってしまった未来の私が泣きたくなるぐらい信じたい言葉だろう。
     そして何よりも、冷めない頬の熱が、言葉を紡ぐよりも雄弁だ。
    「そのカフェオレが冷めるまで、ゆっくり考えてほしいんスけど」
    「……」
    「シシシ。もしかして、冷めるまで待つ必要もないッスか?」
    「ラギー先輩、本当ずるい」
     そもそもはっきりと断らず、避けていただけなのが全てだ。中学生みたいな反応をしてしまったことも含めてもう何もかもが恥ずかしい。
    「監督生くん」
    「はい」
    「これ飲んだ後も、外で少しお茶しない? もっと、色んなこと話したいッス」
    「……私もです。ラギー先輩」
     そう伝えると、さっきまでわりと余裕そうにグイグイ来ていた先輩が目をぱちぱちとさせて固まった。先輩? と呼びかけると突然立ち上がって大きくガッツポーズをする。
    「っしゃあ!」
    「え? え?」
    「めちゃくちゃ嬉しいんスよ!」
    「わわわっ」
     ラギー先輩はそのまま私を思い切り抱きしめた。私が座っているからちょうど先輩のお腹ぐらいに顔を埋めることになり、うまく喋ることができない。呼吸の度に先輩の香りを吸い続けることになってクラクラした。
    「オレ、絶対アンタにオッケーの返事もらうから」
     そう言って笑う先輩に、もう貴方におちていますとはまだ言えない。でももう少し、この関係でいさせてほしい。だってまだ、カフェオレが冷めないんだから。
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