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    John

    ガンヤンと天ヤム万歳20↑文字書き
    今はサチマル沼にずぶずぶ
    尻叩き用、活動メインはpixiv

    https://www.pixiv.net/users/67336437

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    POIPOI 31

    John

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    サチマル続きました。15歳編のスタートです。次回すけべ入ります。大切なことなので二回書きます、すけべ入ります?

    #腐向け
    Rot
    #サチマル
    #二次創作
    secondaryCreation
    #ワンピース腐向け

    Yellow Mellow甘やかな、黄色甘やかな、黄色


     医務室の薬品の香りは、好きじゃないと船医が昔独り言のように呟いた言葉を覚えている。好きじゃないなら、嫌いか。自分の嫌いなものに囲まれて生きるだなんて、何だか矛盾しているようで妙な反発心を覚えたのは遥か昔のことだ。
     マルコだって、本当は消毒液の香りは好きじゃない。この香りは、いつだって錆びた鉄の匂いを一緒に運んでくる。

     噎せ返る様な、胃の腑が迫り上がるような───あの匂いを。

    「マールコ!なぁ、おれの声聞こえてる?」
    「!!び……くりした…、ってサッチ!?なんだよ、ここ医務室だよ…な」
    「うん、医務室」

     意識を急に掬い上げる声に驚かされ、腰を上げれば椅子が真後ろに倒れた。普段なら飛んでくる船医の罵声がないのは、珍しく席を外しているからなのか。マルコの勢いに、ヒョイっと掌に持っていたトレイを器用に回して落下を防ぐと緑の瞳の少年は笑って自分の頬を指差す。

    「マルコ、頬に跡が着いてるぜ。ページの跡がくっきり」
    「……うるせぇよい」
    「何だよ、寝起き悪いなぁ〜。せっかく教えてやったのに…、」

     モビーディック号の医務室内の片隅で、医術書を読み耽っている間にどうやら眠ってしまったらしい。指差された場所を指先でなぞれば、確かにくっきりと着いているそれに随分と長いうたた寝だったと自分に呆れる一方で、マイペースにトレイを机に置き直す姿に若干呆気に取られもする。

    「…夢ェ見てたよい、昔の」
    「へーえ、懐かしい夢?良い夢みられたか?」

     トレイの傍に置かれたグラスを取り上げて、マルコは顔をこれでもかと顰める。中身は爽やかなレモン水だが、原因はもちろん口にしたそれではない。

    「お前が押しかけて船に乗るようになった頃の夢だから、良いとは言えねぇな。あのとき、変な仏心起こさないで、島に置いてくれば良かったと何度思ったことか…!」
    「あっ、ひでぇ!何だよ〜マルコが救ってくれた命じゃねぇの、もっと責任持って扱ってくれって!」
    「やだね、お前みたいにしたたかな奴は陸だろうと海だろうとうまくやっていけただろ。おかげで、守ってやらなきゃならないやつが無駄に増えちまった…ん、これ…初めて食う気がする。うまい」

     湯気を上げるリゾットの皿に突っ込んだスプーンを頬杖ついて口元に運ぶマルコも、相当にマイペースではある。

    「おれ喧嘩得意じゃねぇもん…守って♡あ、わかる?前の島で良い米が手に入ったんだよ!カルナローリって種類で、これがまたリゾットにゃ最適!クリーミーな美味さを引き出す秘密が知りたいか?」


    「うまいうまい、おかわりねぇのか?」
    「うぉい聞けよ、クリーミーさの秘密を!!」

     サッチが船の仲間になってから二年の月日が流れていた。
     二週間という限られた期間内で、船長の好物を見極め、そして作り上げる。いくら熟練した腕の料理人達がそれに手を貸すと言っても無謀に思えた挑戦に果たして用意された正解があったのかは定かではない。
     ただ、これだと思った料理を作り上げ、そして白ひげが笑って頷いたからにはサッチは見事に乗船権を勝ち取ったのだ。今でも、マルコは些か頓知めいた問答だったと思い返すときがある。サッチが作り上げた料理は、それだけ皆の想像を超えたものだったのだから───。

    「ま、おれ厨房に戻るよ。食い終わったら外出しといてくれ、後で回収するから」
    「あぁ、よろしく…って、サッチ。ちょっと待て」
    「うん?どうした、クリーミーさの秘密が知りたくなった?」
    「それはねぇけど…なんかおまえ…、ま、また大きくなってねぇか…!?」

     ささやかな違和感は口にした途端、確信に変わる。
     マルコにガッと強く襟を引っ掴まれて、サッチの喉元からグエッと嫌な音が鳴った。
     白い調理服は身長が伸びるのに合わせ何度か作り替えてある。各部門の責任者となれば、ここにコックタイという名誉を加えることが出来るが、まだまだ見習いの域から出ないサッチにとっては今のところそれが身近な夢になりつつある。
     とはいえ、引っ張られてよれた衣服を整えながらサッチは前髪を敢えて強調して掻き上げる。目下、伸ばし中の茶色の髪は既に肩先に触れる位には長さを持っており、大体は低く一本に括られている。

    「こほん…マルコ、諦めろよ。おれは大きくなるぜ…!きっと、オヤジみてぇに大きくなる…!!」
    「なっ…!?ズルいだろ、前はおれの方がでかかったじゃねぇか、いきなり伸びやがって…!」
    「これからも伸びます〜、でもさぁマルコ。おまえはあんまり大きくなると皆が困るからさ、そんなに大きくならなくてよくね?」

     マルコの頭にはてなマークが三つほど浮かぶ。

    「おれが大きくなって困るやついるかよ」
    「んー、ほら…能力者は海で溺れるだろ?お前がそんなに大きくなったら引っ張り上げられねェもん」
    「おっ…落ちなけりゃ良いだろが!」
    「えー、落ちようと思って落ちるやつ居ないじゃん。オヤジなら落ちないと思うけどな?お前は空飛ぶんだし、その可能性はあるだろー?」

     オヤジ、と呼べるようになってからはどれほどの時が流れたのか。確かにサッチと話す時に、マルコは僅かに見下ろして向かい合っていたのがこの二年の間に目線が同じになってきていた。それが、最近は若干見上げなければならない事実にマルコの指先が鋭角にサッチの顎を襲う。

    「縮め!!おれの方が先輩だろうが!!」
    「いってぇ、縮んでたまるか!!その内、これくらいは身長差が広がっていくからな!これっくらいなー!!」
    「なっ!そんなことあってたまるか!!追い抜かすに決まってんだろ、おれは追い上げ持久戦向けなんだよ!」
    「嘘吐け、戦場じゃ真っ先に突っ込んで行くってキングデューがぼやいてたもんね、おれ聞いたもんねー」
    「キングデュー、あの野郎!!」

    「ぎゃあぎゃあうるせぇな──」

     ギャンギャンと吠えて、吠え返されてがヒートアップしていく内に背後からぬーっと近付いていた人影があった。縦に圧倒的に細長いその白衣の男にそれぞれ頭を鷲掴みにされ、流石にマルコは堪えたがサッチの喉はヒッと音立てて引き攣る。

    「摘み出すぞ、ガキンチョ共が──。それともあれか、自主的に医務室送りにされてぇのか──?」

    「めめめめめ滅相もございません、ヴァレリー先生!!な、マルコ!皿、後で回収、外に、よろしく!じゃ、あとでししし失礼しましたーーー!!!」

     スポッ!と掌から逃れると、トレイをまるで盾にするように距離を取りながら去って行ったサッチは知っている。この船で、船医を怒らせるのは御法度である。鞭のようにしなる脚で医務室送りにしてくるような男ではあるが、ヴァレリーは足長族特有の長く強靭な脚を持った優秀な医者なのだ。

    「マルコ…、マルコ、言い忘れてた…」

     それでもこれだけは、と医務室の扉を少しだけ開いてサッチはマルコを手招く。こっそりと、誰に聞かれて困る話でもないだろうに口元に掌を立てての声は小さくとも明るく弾んでいた。

    「次の島、もし休みが取れるようなら一緒に遊びに行こうぜ。おれ、それに合わせて良いって言われてんだ。必需品の買い出しだからさ…!」
    「おまえのそういう買い出し、長いからなァ…」
    「そう言わずに!……なんか名物の美味いもんあったら、奢るから、な?」

    「ノってやるよい」
    「取り引き成立!じゃ、また部屋でな!」

     マルコの掲げた掌に、サッチの掌が小気味良い音を立ててぶつかり合う。にひひ、とこれまた機嫌良く笑う顔が船医の盛大な咳払いには引き攣っていく変化が面白く、慌てて駆けていく足音の軽快さには扉を閉め直す手つきも軽い。

    「ニヤニヤしやがるな、さっさとその飯食っちまえ──」
    「なっ…にやにやなんかしてねぇよ!」
    「うるせェ、本に零してみろ──その細腕へし折ってやるからな」

     本気でやりかねないのが恐ろしい。
     んべ、と出した舌が視界に入らない内に、しかしながら忠告はもっともだと一度本にブックマークを挟んでから閉じて退けることとした。サッチがまかない以外の飯を作るようになってから、リゾットは何度か口にしたことがあるが秘訣こそ分からないものの、確かにいつもよりも美味く感じる。
     マルコは料理に関してはまるっきりの門外漢だ。
     大嫌いな豆さえ入っていなければそれで良いし、腹が減ったなら生で食べられる食材を齧れば良いという思考では結局なにが違うのかは分からなかったが、冷えても美味いのだから出来立てはさぞかし美味な筈だった。

    「食堂まで行きゃ良いものを、不精すんじゃねぇよ──」
    「…べつに、おれはサッチに飯持ってきてくれとは頼んでないけどな?」
    「当然のように運ばせて食っといてよく言う。良いか、ひょっこ──お前がこの医務室で過ごすのは勝手だ。この船は、オヤジさんのもんだからな。オヤジさんが許可してるなら、おれは何も言わねェ…だが覚えておけ」

     傷だらけの掌が、皿の目の前に下ろされる。
     もう何度も聞いて、耳にタコが出来そうなお決まりの言葉だ。

    「おれは、お前みたいのが医者になるのは、反対だ」
    「………」
    「能力者ってのは皆、傲慢になる。オヤジさんみてぇな確かな強さがありゃ、そりゃ掛け値ない自尊心だ。だがな、お前は駄目だ。ちょっと他人と違った、珍しい能力が使えるってなもんでそっちに偏っちまう。いいか、お前の能力には、限度があるんだ」

     マルコの三白眼めいた無言の憤りなど介することなく、ヴァレリーは続け様に指先で机板をコツコツと神経質に叩く。

    「分かってるんだろう、お前は前線向きの能力者じゃねェ。動物ゾオン系幻獣種、トリトリの実モデル不死鳥フェニックス……、蓄熱も燃焼も出来ないその焔は攻撃より…、」
    「おれにはサポート役が向いてるって話だろ。だったらおれが医務室で学んだって良いだろ!なるんだよ、おれは船医者に!今のうちから知識も技術も身につけておかなきゃならねぇんだ」
    「馬鹿野郎──、お前がそれだけに徹してるならこっちも何も言わねェ、最前線にいつでも真っ先に飛んで行く大馬鹿野郎だから、毎度説教してんじゃねぇか──」

     机を叩いて反論するが早いか、片手によってマルコの耳が抓り上げられる。人体の構造から、元々耳はもげやすい不安定な位置にあるのだ。耳殻を持って一気に前方へと力任せに引っ張れば削ぎ落ちる想像に、椅子から慌てて身を上げざるを得ない。片脚の男からとは思えない速さと強さだった。隻眼の中で、爆ぜる感情の方が余程炎らしい。


    「いででで!!耳!耳ちぎれる!!耳取れる!」


    「実力のねぇ能力者が一丁前に理屈を捏ねるな──、再生の炎の限度を超えた時、お前は自分自身への過信で死ぬんだぞ──、不死じゃねぇくせに、不死を医者おれの前で名乗るなってんだ──!」

    「……ッッおれが自分から名乗ったんじゃねェ…!!食った実が、フェニックスってんだから仕方がねぇだろ……クソ!!」

     勢いよく医務室から放り投げられ、通路を挟んでの壁への激突はどうにか焔に包まれた鉤爪で避けられた。しかし、既に閉じられた扉が当分開くことはないだろう。握った拳を強く叩き付けてマルコは悪態を吐く。

    「…お………おれのリゾット…、まだ全然食ってねぇのに…」



     忙しなく行き交うクルー達の訝しげな眼差しに、溜息は深まるばかりである。



          ✳︎



    ─── これが、おれが思う船長さんが喜ぶ飯だ…!

    ─── 飯だ…って、大量にあり過ぎだろうがよい!!下手な鉄砲数打ちゃ…っつうが、それじゃ駄目だろ?

    ─── いや〜大変だった!皆がさ、違う違う、例えばマルコなら…ほら、マルコが一番難しかったんだぜ?料理って料理じゃねぇんだもん。まぁ、よーく目利きしてきたけどさ。

     この季節に、中々その島で熱帯の果実を探し見つけ出すのは骨が折れたとサッチが笑っていたのを覚えている。食堂のテーブルに所狭しと並べられた大皿の数々が一体何を示しているのか。理解するまでには時間が掛かったが、中々ノースブルーでは手に入らない果実に顔が綻ぶ。

    ─── パイナップルじゃねぇか…!よく手に入ったな?

    ─── あ、皮くらい剥いてやるから待てって!リンゴみたいに齧り付くなよなぁ〜?

    ─── 味見だよい、味見…うん、甘くて瑞々しくて、美味い!

     フライングだと呆れて肩を竦められたが、徐々に食事を求めるクルーが増えていくにつれ、漸く思惑を理解した。

    ─── おっ、ポーチドエッグか。おれ好きなんだよなぁ〜。

    ─── 何で今日に限っておれ見張り番なんだよ…誰か残しておけよ、その鴨のロースト!!

    ─── 宴の席にシチューとは珍しいな。ん?あぁ、いやおれは好きだ。酒飲めないからな、ありがたい。

     技巧を凝らした飾り付けだの、馬鹿高い食材を使ってはいない。
     どれもこれも、普段の食堂で普通に出てくるメニューではあった。だが、さて約束の最終日に何を作ってきたかと好奇心で覗いていく顔が拍子抜けしたかと思えばテーブルのどこかに目を留めて頬を緩めるか、ツイていると口笛を吹くか、両眉を上げ機嫌をよくするかのどれかで。
     増えていく面々にマルコがフライングして齧り付いたパイナップルからようやく察したと顔を上げるのと、白ひげが食堂へと降りて来たのとタイミングが同じだった。

     白ひげは食事に拘らない。腹が膨れて酒があればいい、そういう極端な男だ。その酒ですら、安酒で良いという徹底ぶりなのだから相当だったが、白ひげの視線が走ったのはテーブルの上の食事ではなくクルー達の表情である。ぐるりと見渡したその先、マルコが手にする一口分大きく齧り付いて歯型の着いたパイナップルとサッチとを見比べて、快活な笑い声がモビーディックの端から端まで震わせたものだった。


    ─── これが、そうか?坊主……。

    ─── っす!船長さんが、一番喜ぶ食事…、これしかないと思ってました…!!

    ─── グララララ!!おい、イササカ…こりゃあ、どう思う?

    ─── そりゃあ、おやっさんが決めることで…。確かに試練の内容を出したのは私ですが、おやっさんが本当に喜ぶかどうかは…おやっさんだけが分かること。

     そう考えれば随分と矛盾した試練を与えられたものである。なかなか答えを口にしない白ひげに、緊張の面持ちこそ見えたがサッチの顔は不安に慄いてはいなかった。むしろ、側で咀嚼を止めるマルコが呆れるほど期待と興奮がその全身からオーラとして溢れ出るようだった。さぁ来い、どうだとばかりに。

     それなら、もう正解は出ていた。
     屈み込んだ白ひげが、指の先を少年へと差し出す。

    ─── おれの船は、輸送船じゃねぇ。乗ってる限り、理由が何であれおまえはおれの家族として世間に見られるだろうよ。仁義を欠いて渡れねェのが世の中だが、その世の中からも爪弾きにされることがあらぁな…。その覚悟が、お前にあるか?

     サッチの小さな掌が、指の先を握り返す時。
     側のマルコと視線が合った。
     誇らしげに笑うサッチを見て、マルコの唇が好物を頬張った時のようにニンマリと上がる。多分、サッチと同じ顔を自分もしていたに違いない。ワクワクして、ドキドキして、興奮で踊りそうな足元を抑えるのに必死だというその顔を。



    ─── よろしくお願いします…!!!あ、で、でも…オヤジ…って呼ぶのは…その、慣れてからで……。

    ─── グララララ!!……構わねェよ、息子よ。



     そこで見せる恥じらいが、胸を張っていた少年に相応しいのか相応しくなかったのか。宴だーー!!とラクヨウが声を挙げたと共に、新入りを歓迎する遠慮を知らない胴上げに自分まで巻き込まれだ結果、齧り掛けのパイナップルはあちらこちらへ空高く飛び跳ねたものだった。



    「……って訳で、ごめん。お前のリゾット半分しか食えなかったし、今日は医務室に忍び込むのは危険過ぎるから…皿も置きっぱなしだ、ごめん」
    「そんな謝らなくてもいいって、ヴァレリー先生、また噴火したんだなぁ〜。……まぁ、言ってること分かるよー、おれ。おまえ、この間海軍と出会した時も…真っ先に向かってって、一番最後に戻って来たって言うじゃん」

     サッチとマルコの部屋は同室だ。
     サッチが正式に仲間に加わった際、マルコが、たまたま一人で使っていた部屋にサッチが転がり込む形で部屋を同じくしている。

    「ヴァレリー先生は、ほら…足長族として売り出されたヒューマンオークションでのトラウマとか…そういうのあるから、お前のことが心配なんだよ。能力者は時価で売られちまう…、おまえなんて高値どころじゃない。不死鳥なんて、あり得ない値段で売りとばされちまう」

     覚悟を決めたと、港から別れを惜しんでくれる仲間の料理人達と別れる時にサッチは涙を溢さなかった。


    ─── サッチこのヤロウ〜〜!!頑張れよ、諦めんなよ、いつか美味い飯をまた一緒に作ろうぜ〜〜!!

    ─── 風邪、引くんじゃねぇよ、サッチ…元気でな。

    ─── 料理長、みんな…おれ、おれ、頑張るからな〜〜!!


    笑いながら、夢を叶えてくると大きく手を振って、そうしてその夜。二階建てベットの下、サッチに与えられた寝台ので嗚咽混じりの幼い泣き声を毛布の下に押し殺していたのをマルコは知っている。

     上の寝台で眠っているのだ、聞くなと言う方が難しい。

    「そんなこと分かってるって、だとしてもある能力を使わない理由になるか?おれは飛べるんだ、傷を受けてもすぐに再生できる。ヘマやらかさなきゃ、この船の盾にだって…矛にだってなれる筈なんだよい」

     互いに十五歳になっていた。
     ランプの灯りを細くしたまま、料理関係なことしかマルコには分からない内容で紙片にペンを走らせていたサッチが木机から挙げた顔を盛大に顰める。

    「矛盾の語源知ってるか?ポジティブが過ぎんだよ、おまえは!ヴァレリー先生はお前が医学を学ぶの自体は否定してねぇよ、どっちかに絞れって言ってんだ、どっちかに!!」
    「その日暮らしの海賊がネガティブでやってられるかってんだよい、イヤだね。おれは絶対に貫けない盾にだって、何でも貫く矛にだってなって矛盾の意味を作り替えてやらぁ」
    「出たよ、無駄なポジティブ〜〜」

     二年前までは、二階建ての新台には梯子を登る必要があった。今は、互いの身長も、マルコ自身の身体能力が上がったおかげで横枠の柵を掴めば軽く寝っ転がることができる。寝っ転がって、天井を見上げながら掌を眺めるマルコにそれでも咎める言葉を続けないのは、何を言っても聞かないとサッチも分かっているからである。

    「まぁ、おれは戦闘員じゃないし何も言えないけどさー、もっと自分を大切にしなよ。お兄ちゃんの言うことは聞いておけって」
    「……弟の間違いだろい、なんだそれ、マシュマロか?」
    「ギモーヴ。マシュマロとはちょーっと違うんだ、卵白使わねぇし、マシュマロはふわふわとした優しい甘さだろ?これは果物の酸味まで結構しっかり感じる感じ」
    「ふーん…」

     頬杖をついて寝転がるマルコが見下ろす先で、弾力を確かめているのか皿に乗せられたカラフルな物体を手にしていたサッチが何度か頷いてはペンを走らせる。柔らかそうで、角の取れた丸みを帯びた菓子は表面に薄らと粉でも刷いた様にほんのり薄く白く、パステルカラーに仕上げられた菓子は食べ盛りの少年の腹をくすぐる。

    「なぁ、そんな美味そうな説明しておいて、おれにはひとっつも分けてくれねェのかよ」
    「んー?だって、寝る前に食べたら虫歯になるじゃん。歯磨きに起きるなら別だけど」
    「なったって治る」

     身を乗り出しながらも、巣から決して降りるつもりのない太々しい態度にもサッチは笑いながら皿を手に立ち上がる。

    「虫歯すら治るのかよ、不死鳥さまの治癒力すごいな〜…言っとくけど、これ作ったのおれだからな。味の感想は詳しく頼むぜ、どれが良い?」
    「その黄色っぽいの、パイナップルか?」
    「正解。パイナップル好きね、おまえ…、ちなみにパイナップルやキウイなんかの果物はタンパク質を分解する酵素が入ってるから、こういうのにするのには一手間が必要で…」
    「サッチ、蘊蓄うんちくは後で聞くよい。早くくれ」
    「あっそ」

     仕方のないやつと眉尻を下げて笑うサッチの指先が、柔らかなパステルイエローの一つを取り上げる。どうせなら工夫やら理屈を解説したいところであるが、実際料理を楽しむ場で料理人が一々解説している間に食べ頃は過ぎていくだろう。冷める料理ではないが、自分が興味のないことにとことん関心がないのが、この兄弟である。
     頬杖のまま偉そうに唇を開く様子が傲慢な雛鳥のようだが、藪蛇だとそのまま口元に恭しく人差し指で丁寧に押し込んでやった。

    「……ふーん、確かにマシュマロ…みたいだけど、これは果実をそのままマシュマロ化したみたいな、そんな感じだな」
    「あ〜、確かにそうかも」
    「うまいよい、おかわり」
    「だーめ、味の感想が足りない!味の反省点も必要なんだよ、もうちょい詳しく」

     今度は勝手に手を伸ばす不届きものの手を叩いて避けて、サッと皿を持ち上げるサッチに、マルコは不服だと頬を膨らませる。

    「ケチくさいこと言うなよ!うまいもんはうまいっての、まずくねェからいいだろ」
    「マルコくんや、それクリエルに対して銃なんて撃てりゃ全部同じだろって言えるか?」
    「間違いなく発砲されるな、あいつ銃火器関係遠慮ねぇもん…じゃ、分かった。もう二個三個食べたらマシな感想が出てくるよい」

     きらり、と顔を引き締め真面目に言ってくるものだから、サッチも結局皿ごと持って行けと枕の隣に置いてやる。

    「ふ…いいよ、どーぞ。二個も三個も食べたくなるくらいに思ってもらえるんならな。夜食代わりにはならねぇかもだけど」
    「やった!この赤いのは何味だ?」
    「食ってあててみな、赤いの二種類あるから」

     すでにサッチは椅子に腰を下ろし直している。
     朝が早いのはマルコも同じだったが、サッチに比べれば遅い。人員が足りてないのではなく、料理にかけるサッチの姿勢は執念に近いものがあるのだ。

    「(まぁ、そうでもなけりゃ海賊船に乗りたいだなんて一般人は言わねぇよなぁ…)」

     より赤みの濃いギモーヴをそのまま摘んで口に放り込みそうになってマルコは寸前で止まる。感想が欲しいのだから、食べ方がこれでは拙い。半分の辺りで歯を立てれば柔らかに沈み込む感触には、マシュマロのわずかに押し返す弾力よりも、そのまま解けていくような柔らかさがあった。甘酸っぱい、ベリーの味がした。

     サッチは戦闘員ではない。あくまで、料理人だ。
     握る刃物は包丁だけであるし、それを戦闘に使うくらいなら死んでも良いとさえ思い詰める節がある。マルコが実際に経験しているのだから、これからも変わらないだろう。
     そんな自分が、果たして白ひげをどう呼べば良いのか。息子として呼んでくれるのが嬉しいのに、落ち着かなくなると正直に心の内を口にされたのが一年程前か。
     



          ✳︎




    ─── いや、分かってんのよ?船長さんにとっては、数多くの船員の中のおれなわけで…けど、皆オヤジさんだの、オヤジだの簡単に言えちゃうじゃう?…まだ言えてないのおれだけって言うか…。



     あれは造船島でのことだった。
     ノース・ブルーからリヴァースマウンテンを越え、グランドライン入りをする際には腰を抜かしてマルコに終始しがみついていたサッチだったが、水の都と名高いW7へと旅が差し掛かる頃合いには、随分と仲間達と打ち解けていた頃合いである。元々、人付き合いは得意な方だったらしく非戦闘員とはいえ仲間意識の強い海賊団なら一層溶け込むのは早かった。


    ─── オヤジは気にしてねぇよ?

    ─── 分かってるよ、そう呼びたくなったら呼べば良いし、呼ばなくったって勝手に息子と思ってくれるって…だからこそ、申し訳なくなるんだよ…。


     晴天とはいえ小洒落た店の、わざわざテラス席を取ってあるのはそれなりの理由がある。ここW7は近隣の島に行くのに利便性が高い場所に位置している造船所だ。とは言っても、偉大なる航路においては比較的、というだけである。船の修繕を任せられるこの島を中心として、美食の街プッチ、春の女王の街セント・ポプラ、カーニバルの街サン・ファンドと名高い近隣の島での物資の調達の為に複数名に別れて今は行動している中で、司法の島であるエニエス・ロビーも油断出来ない位置にあるともなれば常に中継の役目を細かく分けて連携する必要があった。
     よって、電伝虫をさりげなく鞄に忍ばせながら街の中に溶け込む二人だったが、顔にはサン・ファンド名物のカーニバル・マスクが揃いも揃って着けられている。派手な羽飾りに、ラメとスパンコールのそれらをこの街で着けていたところで、ちょっと遠出をして浮かれている観光客とでも思われるのが丁度良い。
     
     因みに、前日、美食の街プッチにおいて、テンションの上がり切ったサッチがどうしても優勝賞品の美酒欲しさにダンスバトルへ出場したのも、それを白ひげに渡して喜んでもらうのだと意気込んだマルコと二人でオーディエンスを盛大に沸かし見事に商品を勝ち取ったのは───完璧な余談である。



    ─── だったら、あの酒渡すタイミングで言っちまえばよかったのに。オヤジのためにおれたち頑張ったんじゃねぇか。

    ─── そりゃそうよ?でもさ、何かこう…おれ、親ってのがいまいち分からないし、生半可な気持ちで呼んじゃいけねぇとも思ってんの…。

    ─── 親なんて、おれだって顔を覚えてねぇよ。記憶にもねぇ。

    ─── マルコはいつから言えた?

    ─── おれは最初からずっとだよい、…出逢った時に…オヤジが家族になるかって言ってくれた。兄っていう歳じゃねぇし、そうしたらオヤジしかねぇだろ。

    ─── う〜〜、そういう理屈な〜?

     マルコは白い歯を見せながら、にひひと笑う。
     サッチも分かってはいるのだ。一年ほどの旅の中で命を救われたことすらある。心の底から尊敬して、慕っている。あとはきっかけ次第と分かっていても、踏み出す勇気があと半歩程足りない。テーブルに頬を押し潰すように突っ伏して、分かっている。自分自身の問題だ。

     散々ごねるサッチの旋毛を、買ったばかりの医学書を片手に半ば呆れた顔で見下ろしていたマルコだったが、小さく息を吐くと同時に片手を上げてウェイターを呼ぶ。程なくして運ばれてきたのは、青く透き通る瓶と、よく磨かれたグラスが二つである。


    ─── おい、サッチ。

    ─── んー?…何それ、酒ぇ…?ガキにはまだ早いって飲んだら叱られるぞ、ベイに。

    ─── バーカ、そんな訳ないだろ!ただの炭酸水だって、酒は苦ぇから嫌いだ。


     栓抜きで軽快に金属の蓋を飛ばせば、キィン!と澄んだ音がする。シュワシュワと上がる泡は耳に心地良く、サッチがのそのそと身を起こす間に、トクトク注がれる二つのグラスは満たされその一つがサッチの前に下ろされた。

    ─── サッチは話が合うし、飯作るのも真剣で面白いし結構いいヤツだ。だけど海兵の下っ端一人倒せねぇほど弱っちいだろ?

    ─── えっ、褒めてんの貶してんのどっち?

    ─── 両方。でも、芯が通ってるところは好きだ。だから、サッチさ。オヤジのことをオヤジ…って呼べねぇなら、まずはおれが盃の兄弟になってやっても良いぜ。


     首を傾げるサッチの頭の上で、益々はてなのマークが浮かんでいく。炭酸水を楽しむなら、開けて直ぐにというのは分かるのだが、瞬きを繰り返す姿にいちから説明してやらなくてはならないかとマルコは「だから、簡単なことから始めりゃ良い」と掌を振るのだ。


    ─── お前だって見たことあるだろ、オヤジの傘下になりたがる海賊団がこの一年で…、認められたヤツは親子の盃をもらってた。盃事さかずきごとの、その兄弟版だ。

     「あぁ」と、やっとサッチは掌にポンと拳を打ち合わせる。
     家族になると言っても、一人一人その儀式めいた行為はしていなくて、海賊団が丸ごと参加に入るような場合に全員分を代表して、船長格が親である白ひげから盃を受け、白木の台に用意するのは徳利に酒と盛り塩と、一対の見栄えの良い鯛が必要で───、鯛ならポワレにして白ワインのソースで…いや、この季節どうせなら、マリネが最高だ。そこに更にカラッと揚げてベニエにしたら味の変化が申し分ない───、意識を半分飛ばしていたのをマルコの鋭角から額へ繰り出される手刀が引き戻す。

    ─── バーカ、また料理のこと考えてたんだろ。

    ─── 何で分かんのォ…?

    ─── そういう時の面してた。じゃなくて、良い奴だけどお前は弱いから、おれが守ってやるよ。その代わり、サッチはおれの為に美味いもんを作ってくれりゃいい。盃兄弟になってやる。

    ─── ……え!!おれとマルコって、もう兄弟じゃねぇの!?だって、船に乗ってりゃ皆家族だろ。

    ─── そこは納得してるのにな〜、盃事と一緒だ。おれだって、オヤジと盃交わしたことはねぇが、少なくともおれはオヤジが世界で一番大切な存在だ。そんなおれと、盃を交わせりゃ…おまえの大層なハードルも少しは低くなるんじゃねぇか?

    ─── な、なるほど、そういう…。


     口元に手をやるサッチが、暫くといっても二、三秒の思案の後に快諾したのは言うまでもない。


    ─── へへっ!おれ、弟が出来るの久しぶりだな〜!

    ─── ……待て待て、おれが兄貴になるんだ。おまえは弟だよい。

    ─── えっ!?いや、おれがお兄ちゃんじゃね?料理出来るし!

    ─── 弟より弱い兄がいてたまるか!サッチが弟!おれが兄貴!!

    ─── ……先に飲み干した方が兄ちゃん!用意ドン!!

    ─── あっ!!ずりぃ!!

     カーニバルマスクをずらし、互いに腕を回し合い酌み交わしたグラス。
     盃でもなく、酒でもなく、日取りも選ばず立会人も存在しないそれが果たして海賊の渡世で認められる誓盃の儀礼としてなり得たかは分からない。

     電伝虫が仲間の内の一人の顔でけたたましくプルルルル!!!と音を立てるのと、二人がグラスの底をテーブルに打ち付けるのとが同時だった。

    ─── ………!!ぷはぁ!!も、もしもし…おれだよい…海軍か、すぐ行く!!

    ─── おれも行く!!…あ、おれの方が早かった!

    ─── いいや、おれの方が早い!おれが兄貴!

    ─── おれが兄ちゃん!!あ、エポイダに通信入れなきゃ、ほら弟!

    ─── うるせぇおれが、兄貴だよい!!アンドレに先に連絡入れたからいいんだよ!撤退だ、撤退!!

     席から立ち上がり、慌てて駆け始める頃には言い合っていた互いの口元に笑みが浮かんでいた。肩を組み、小突き合いながら同い年の義兄弟という響きに、確かに心躍らせていたのだ。



          ✳︎


     波の音が、海の子供達の子守唄だ。
     どんなに歳を重ねようと、どんな生まれ方をしようと一度海に出たならば誰も彼もが海の子供になる。ザザァン…ザザァン…と打ち付ける波がたとえ嵐の荒波であろうと、モビーディックならば大丈夫だ。もっとも───偉大なる航路での不規則な異常現象には自分達下っ端は夜通しマストの上でロープとワイヤーに格闘したり、飛ばされる指示に的確に帆を上げ下げしたりと寝る暇もないのだが。

    「……コ」
    「……んん…、……」
    「マルコ、なぁ起きてくれよ…」
    「…んぁ、サッチかい…なんだよ、」
    「起こしてごめん、ちょっと、おれ…具合悪いかも…、」

     起こすなとばかりに寝返りを打った体が、飛び上がる。こちらに向かって暗闇の中を薄く照らすランタンと、それに照らされるサッチの顔がやけに白く血の気が引いて見えた瞬間、マルコは毛布を蹴って飛び起きていた。



    TO BE CONTINUED_
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    John

    DONEサチマル続きました。

    ここまでお読みいただいたことに、感謝の念が尽きません。少しだけ私の語りにお付き合い下さい。

    私は海外の児童向けの小説を読むのを趣味にしているのですが、子供の頃に好きだった作品の作者の作品を読み漁る日々が続いていました。うまい!うまい!活字がうまい!!と貪る中で、この作品は面白いけれど私にはちょっと向いてなかったかしらん、と頬杖をつきなが(以下pixiv掲載)
    Q.Did you find it 心の中で、ほんの僅かに気持ちが揺らいだ。
     小石一粒、大海原に投げ込んだところで構いはしないだろうか、と。人生、最後の最後に思い残してしまったら台無しになるだろうか、と。
     そうして、すぐに打ち消した。死に際で左右される様な生き方ではなかった、胸を張ってそう言える。断言出来る。

    「( なぁ、おれと心中してくれるか? )」

     眉一つ、呼吸一つ乱さずとも答えは返ってきていた。
     この気持ちを抱いて、海の底まで持っていく。

    「( だよな、たった一人じゃ旅は楽しくないもんな )」

     だからこそ、言わなかった。
     何一つ、いつもと行動を変えることもせず、いつもの様に宴を終えてからの行動は単独で。誰にも怪しまれることがなかった。勘の良い兄弟子にも、好物に囲まれて顔を綻ばせる弟分にも、敬愛する父親にも、勝手に心の片方を預けてしまった男にも。
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