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    John

    ガンヤンと天ヤム万歳20↑文字書き
    今はサチマル沼にずぶずぶ
    尻叩き用、活動メインはpixiv

    https://www.pixiv.net/users/67336437

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    POIPOI 31

    John

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    サチマル続きました。
    サッチ25×マルコ45です。
    八分音符は二個並んだら繋がりあえるそうで。

    #二次創作
    secondaryCreation
    #腐向け
    Rot
    #サチマル
    #ワンピース女性向け
    #ワンピース腐向け

    八分音符の子供達八分音符の子供達 唇同士が触れ合うのが接吻、キスなら確かにそうだった。押し付けられるだけの肌の接触と言うなら、それだけかもしれないが、そうしたくはないと掌はしっかり上着の裾を握り締めていた。

     三秒前までは。



    八分音符の子供達




    「………マルコさん、おれ…おれ、あんたのことが好…、」
    「フーッ……、まぁ、そんなところだよい。感情的になって悪かったな」

     サッチの指先が確かに摘んでいた上着と共に、覆い被さっていた姿は呆気ないほど簡単に身を引いてしまっていた。それはもう、温度差で風邪を引くのではないかとサッチが寒気を感じる程に。
     さっきまで触れていた肌は確かに火傷する位熱かったのが、嘘のようだった。

    「……好きだったなら、言ってくれりゃ良かったのに…」

     だから、小さな呟きは大して思ってもいなかったことを口にする。驚きも、飲み込めていないことも随分とあったがそれを上回るのは確かに胸の中で弾む幸福と高揚感だ。想っていた相手が、自分のことを想ってくれていた。しかも、自分の死後も想い続けてくれていただなんて、状況は何であれ溢れ上がる感情を抑える為に憎まれ口を叩いたとしても仕方がないことではないか。

    「おれが惚れてたのは…今のお前さんじゃねェ」
    「けど、一緒だろ?おれはサッチで…アンタが惚れてるのも、おれだろ」

     しかし、温度差がたちまち運んできた暗雲にサッチは先程から振り回されてばかりだ。一人用の椅子にどっかりと腰を下ろして、それでも顔を覆うようなことはなくマルコが向けてくる視線は真っ直ぐなのに、自分の顔に他の誰かを探しているような空気を敏感に感じ取る。

    「……サッチは殺された」
    「殺されるみたいだな、確かに。けど、それはずっと先なんだろ?アンタと同い年なら、ずっと先だ」
    「おれにとっては、ほんの少しだけ前の話だ。昨日のようにな」
    「でも、昨日じゃない。───なぁ、何が駄目なんだよ!おれが、若いから?歳だって多分取れる、見てみろよ、足元に影は出来る。陽の光だって浴びられる、何だったら十字架にキスだって出来るぜ?」

     押し倒されていたソファから身を起こし、焦ったいと言葉を矢継ぎ早に投げかける若者に分別を覚えてしまった男の首は決して縦には振られない。

    「記憶が戻らないのがいけないなら、もう少しだけ待ってくれよ!必ず…とは言い切れねェけど、思い出す努力をし───、」
    「お前さん、何か考え違いをしちゃいねェか」

     鼻先をマルコの長い指先が弾く。
     男の指だ、ごつごつとしていて肉は薄いが白い部分が見えるか見えないかまで切り整えられた爪も含めて細くも滑らかでもない。その指先にすら惹かれるなら、何が考え違いだと言うのかサッチには分からなかった。

    「おれがサッチで、アンタがマルコで…、おれはマルコが好きで、アンタがサッチを好き…それ以外に何を考えろって?」
    「……クラバウターマンってのを知ってるか」
    「………?いや、知らないけど…」

     はぐらかしているのか、と寄り掛けたサッチの眉間が僅かに持ち上げられたのはソファに背を預けるマルコの表情がいつの間にか随分と穏やかなものへと変わっていたからだ。何か、悟ったような。何かを乗り越えたような表情に先程までとは違った動きで心臓が騒ぎ始める。じくじくと、遠くからの耳鳴りのように。

    「クラバウターマンってのは、船乗りの間の言い伝えでな。船の妖精のことだ。船乗りに愛された船は、小さな人間の姿で時々現れる…レインコートに、手には木槌を持って船の凶事の際には壁やら床やらを叩いて船員に知らせて回る」
    「……、」

     だからこそ黙り込むのは、不服を子供が分かりやすく表す為にではなく、語られる言葉からの情報を読み解く為に必要な沈黙だった。
     おそらく、それを理解した上でマルコの指先は海の伝説を語りながら緩く宙を示す。その先に、広大な海と白い飛沫を寄せる波───、地平線を滑る船の姿が見えた気がした。

    「だが、凶事とひとくちで言い切ることも出来ねェもんだ、気付かない位置の船の損傷、伝染病の発症…、裏を返せば一大事を誰よりも早く伝えてくれる。モビーの中でも、何人かは見かけたことがあったよい。船大工の前に出やすいのは、連中が信仰に近く親しんでるってのもあるだろな」
    「マルコ…さんは、見たことないんだな」
    「ある。だが…それは船を降りてからのことだよい。……船の精霊は船に同じ。おれ達の船は、マリンフォードでの一戦で…役目を終えた」

     マルコが赤い縁眼鏡を片手で押し上げる。
     一瞬、何か頬に流れるかと身構えたサッチの心配とは裏腹に口元に浮かぶのは郷愁への微笑みだけだった。

    「お前さんが来る、つい前日だ。おれがクラバウターマンの姿を見掛けたのは───、」





           ✳︎

     その姿は、仲間達が興奮しながら口にする姿と同じだった。青色のレインコートに身を包み、手には木槌を持っていて。日課である見回りの、丁度朝焼けの頃に浜辺に佇む姿にマルコは驚くことなく。それほど深くフードを被っているようには見えなかったが決してちょこまかと動くその顔を口元から上は見ることも出来ず、おそらく性別というものもない。
     そういうものだと、すんなり頷ける存在がクラバウターマンだった。
     果たして、自分にお迎えというものが来たのだろうか。マルコはぼんやりとそんなことを考えていた。
     あの時、モビーディック号は偉大な海賊と、その息子達の水先を確かに案内する役目を担ったのである。恐怖などはない。それを上回る、懐かしさを身体の全身で受け取っていた。

    ─── しかし困ったな…、もうちょい待っちゃもらえねェか?

     妖精は笑って膝下までの浅瀬で遊ぶ。

     モビーの化身が迎えに来てくれたのならば、自分はあの世で懐かしい顔に再会できるだろう。父と、兄弟達と、それはマルコを頑是ない子供に戻して、大声で泣き出してしまいたくなる位に焦がれるものであった。
     それでも、それを許さない矜持がマルコの中にある。元一番隊隊長としての覚悟なのか、大きな両手に篭から救い出された記憶からなのか、自分を慕ってくれた弟分への心残りなのか、たった一人焦がれた男への情なのか。全てが混ざり合って、今のマルコという人格を構成していた。

    ─── この島もじきに見つかるだろう。ここは…オヤジの故郷だ、おれは息子として……あの人の故郷を守る必要があるんだ。分かるだろい?

     妖精は笑うだけである。
     まるで、久しぶりに海に戻って来られたと、それこそ無邪気な子供のように。打ち寄せる波を蹴り、言葉にはならない笑い声をあげて。

    ─── 確かにおれはまだ…おれの役目を見つけられてねェ。いや、生きる意味か。……だからよ、その後ならいくらでも構わねェが、まだ待って欲しい……、まだ、これじゃ合わせる顔がねェんだよい。

     ステファンもいる、と続けている自分に、いつしかマルコが困ったと笑ってしまっていた。確かに、クラバウターマンは凶事を伝える存在でもあるが、同時に危険を知らせる者としての役目があった。
     それともう一つ───、クラバウターマンには伝説がある。愛された船というのは、大抵が"法螺話"と紙一重の伝説を持っているものである。船が空を飛び、嵐より船員達の命を救っただの、クラバウターマンを丁重にもてなした船長が宝の島を見つけただの。
     どうにも眉唾物でありながら、どこかそんなこともあるだろうと、船乗りならば頷いてしまいそうな言い伝えがある中で、クラバウターマンは頭を掻いて参ったと繰り返すマルコに歩み寄って片手を伸ばす。

    ─── ……モビー…、いや、クラバウターマン…?

     次の瞬間、ニッカリと笑った妖精はマルコの膝を軽く叩いて消えてしまっていた。光の砂になって消えてしまった、そうマルコには感じられたが瞬き数回する間に、すっかり朝日の中に完璧に消えてしまった姿が幻覚でなかったと証明するものは何もない。

    ─── ………とうとうイカれちまったか……、

     呼吸三つ分の無言の後に頭を左右に振って、マルコは今度こそ苦く笑う。幻覚を見る程、弱っていた自覚は残念ながらあった。
     情けないことに、苛立たしいまでに、仲間の前では感情をなるべく繭の中に包み込んで曝け出さない様にしていたが、決してそれは家族達へ膝を突く己を晒したくないという理由だけではない。

     落とし前を付ける為の戦争には、敗北した。経緯がどうであれ、事実だけが残る。

     残された傘下の海賊達を含め、それぞれの身の振り方や生き方を考える必要がマルコにはあった。勿論、船員達は子供ではない。海で逞しく生き抜いてきた者達だからこそ、元白ひげ海賊団という肩書きをどう背負ってこれからの世界を生きて行くのか。






     後追いを止めるのに、必死だった。





     船長であり、父親だった。
     仲間であって、大切な弟だった。
     船員達であって、夢を語り海を渡り、結ばれた情の中に特別な永遠を夢見て誓い合った者達も居た。

     泣いたのは、兄を失った弟だけだったか───?

     違う、違う、違う───!!!

     年齢も性別も何も関係ない。泣ける者が薄情ではない、泣けない者達が、天に仰ぐ太陽が消え失せてふらりと人生の灯りを再び灯そうとするにも、心を折ってしまった者達をどうして真っ直ぐに立てと責めることができるのか。

     天に二つの太陽も、月も存在しないと知っている。

     だからこそ隊長達が手を尽くし言葉を尽くし、時には身体を張って荒れ狂う時代のうねりを抑え込みながら同時に壊れて行く心の欠片を繋ぎ合わせて行ったのだ。

     それを女々しいだの、覚悟が足りなかっただの、考えられたことだと指差し非難し嗤う者達が居れば、マルコは甘んじて受け入れたことだろう。元々、この大海賊団を家族ごっこだと笑う海賊達に対してマルコがどうこう動いたことはない。大抵、若い血の気の多い連中が食ってかかるのを待て待てと留めるのが古参の海賊達の役割でもあった。

    ─── 離して下さい、マルコ隊長…!!アイツら、今、おれ達のことを侮辱したんだ…!!おれは良い、おれなんか良いけど、あんたらの事馬鹿にされて、黙っていられるかよ……!!

    ─── 笑いたいヤツらは笑わせておきゃ良い。他人の考えにまで一々口出してたら、キリがねェよい。

     海賊には面子というものがある。それは確かだ。
    だが、それを傷付けられたかどうかを判断するには、どうにも血の気が多い若者達を宥める必要があった。


     輪の中からでしか、見られない景色というものがある。

     それを、輪に入ることなく見ろというのが無理な話だ。囃し立て、酒場で揶揄われようと自分達の領海でさえなければ、マルコ達がわざわざ嘴を挟む様なこともなかったのである。
     


     かつて───、

     領海の中で、他の海賊が暴れればそれは勿論宣戦布告に他ならない。方法が罵詈雑言であろうと、略奪であろうと、もっと分かりやすく掲げられる白ひげの旗を燃やされようと、全て等しく丁重に買い取り無謀さと無鉄砲加減に惜しまない拍手を与えた上で、試させてもらうのだ。
     試しの資格は、傘下海賊団船長、直下隊長格十六名、船長に対する食客が等しく有している。最終的な判断を下すのは船長だが、そもそもそこの篩から落とされる様では本人の希望や意思は抜きで勝手に行われる試練とはいえ、早めに摘んで捨ておく煩わしいだけの雑草として終わるのだ。

     威勢の良い、馬鹿は嫌いではない。
     若く、無鉄砲で、自分の力量も見極められないそんな海賊なら折れる前に一旦根こそぎ掻っ攫ってやれば良い。その上で、咲くことを選んだならば今度こそ見事な花を大輪で咲かせることだろう。

     その最たる弟に、皆が寄せていた期待は大きい。


     そりゃあ、いつか人は老いて死んでいくものだ。
     人間だから、仕方がない。

     海に生まれたから、海に死ぬ。
     海に戻って、生まれ変わるのではない。
     海の一部となる、それだけのことだ。

     誰もが、不変を信じていた訳ではない。
     移りゆくこの世を、変わり行く時代を受け入れてはいた。
     だが、それでも命を懸けて信じたいものがあった不器用な人間達を、家族として愛してくれた男の死を、受け入れるにはあまりに悲劇的過ぎる結末だった。

    「……クラバウターマンは、気まぐれに何かを代償として、船乗りの願いをひとつだけ叶えてくれる。そんな伝説がある」

     あの日願ったのは、あの夜、空を流れて海へと還って行く星を夜空に留めたいと願ったのは、マルコ自身だった。

    「─── おれの願い、叶っちまったねい…。最後に困らせてやりたかったんだよい、そう……、悪ィなって謝りながら、人の気も知らないお前の顔面を思い切りぶん殴ってやりたかったんだ」

     ひたすら隠し続けた想いを持って、ぶん殴ってやれば、どれほど爽快なことか。

    「器用な男の癖に、自分の恋愛にはとんと無頓着。そのうえ、どこまでも親友として縛り付けてくれたお前を……、抜いた錨でぶん殴れたら、さぞかし気分が良いだろうと思ったんだが……、あぁ、そんな顔するんだったな…」

     両の指先を組んで、マルコは天井に向かって高く伸ばして背もたれから背筋を浮かせる。肩から首筋に掛けて、軽く鳴る関節や筋の音が、止まっていた時を動かして、再び何かを解き放ってくれた様だった。
     

     星は流れて、海へ還る。
     頬を流れた透明な雫の行方を、せめて伸ばした指の先で受け止めて。

     それでも、まだ、まだだ。

     この翼は空の青にも、海の青にも還ることは出来ない。



    「泣くなよ、サッチ───、悪かったと思ってねェから、おれは謝らねェんだよい」



          ✳︎


    ─── かくして、偉大な料理入サッチのオールブルーへの航海は始まったのであった…と。

    ───サッチ、サッチ、料理人のところ、スペルが間違ってるよい。

    ─── あ、本当だ!うわっ、恥ずかしいな…ありがとうマルコ!

    ─── どういたしまして。

    ─── …………、マルコ?

    ─── ん?


    「……ん、じゃねェよ!見た!?見たっていうか、読んだ!?読んじゃった!?」
    「読んでねェよい、別に。お前が開いてるページ以外、覗きようがねぇもん」

     けらり、と笑う少年の顔は逆さま。
     まるで、タロットカードの"吊るされた男"さながらであるが、勿論マルコが吊るされているのではない。マルコが、木の柵に足を引っ掛けて器用にぶら下がっているのである。
     脚だけ鳥の形に変化させたせいで、人間の脚と鉤爪を持つ脚部との間で青い焔が金の火の粉をサッチの頭上で照らしていた。

    「開いてたら読んでたのかよ……、」
    「視界に入るんだから仕方がねェさ、読み上げなかっただけ良いだろ」
    「よくねーの!!」
     
     石積みの本物の燃える暖炉の前で、自分達とそう変わらない年頃の子供達が、より幼い子供達の手を握りながら歌っている。

     ヒイラギを飾って歌おう、ランランラララ
     楽しく歌おう、ラララランラン、ランランラン───

     ここは、白ひげ海賊団が縄張りとする島。
     冬島、メリー・ホーリーランドだ。
     航海途中の資材の調達に立ち寄ったこの冬の気候の冬島は、年に一度の祭を迎えるべく相当の賑わいを持っていた所に訪れた海賊達を歓声を持って迎えてくれたものだから、サッチはつくづく海賊とは何ぞやと哲学者のまじめくさった顔で考え込むことになるのである。



    ─── 悪ィな、忙しい時期に寄っちまって。

    ─── 何を仰います親父さん、この時期が一番運搬するにも適してます。それに、贈り物まで!!子供達が本当に喜んでますよ、まるで本物の聖人だ。

    ─── グララララ!迷惑になってなけりゃあ良いが、その聖人ってェのはよしてくれ。そんなのから、一番遠い存在だ。


    「お前も暇なら混ざってくれば良いだろ、そんな所にぶら下がってないでさァ〜〜もう、」
    「続き書かねェのかよい」
    「見られたいもんじゃねェし、良いんですぅ〜〜」

     この冬島で秋を越した木材は実にしなやかで丈夫だ。
     宝樹アダムを使用する白ひげ海賊団の母船は、前半の海の大時化が寝かしつけの優しい子守唄に聞こえる程の新世界での嵐に耐え得る耐え得るが、それだけではいけない。

     宝樹アダムの木材だけでは、船は仕上がることは出来ないのだから。
     これは技術や、財政面での問題ではない。例え、船を造るに充分な木材と優れた船大工達を集めても───、船大工達が皆、世界で一番優れた木材として挙げるアダムは本当にそれだけではいくら理論的には正しくとも航海に耐え得る帆船を組み上げることは出来ないのである。上手く木材を繋いでやる、別種としてモビーディックに最適な種と加工技術がこの島には存在していた。

     この島の集会所でも壁という壁を撫でながら、船大工達がうっとりと強面を揃いも揃って緩ませる理由がそこにある。
     決して、もてなしのホットワインに泥酔する様な男達ではない。

    「サッチこそ、ガキは好きだろい。一緒に遊んでくりゃ良い」
    「……住む世界がもう違うよ、なぁ暇してるなら林檎剥いてやるから降りて来いって。逆さまで話してるの、何か馬鹿みたいじゃん」

     林檎ではなく、パイナップルが良いと三半規管素晴らしく涼しい顔で呟くマルコではあったが。何か───それこそ、野生の鳥が密林の枝で遊ぶが如く上階の手摺からぶら下がっていたのを、何か察した瞬間にその姿は密航者よりも素早くサッチの背後に回っていた。

    「うえっ!?マルコ、何やって…、」
    「しっ…!!」

    「おう、サッチ。さっきは索具の点検手伝いありがとよ」

     暖かな室内で、お行儀の良いワインに気分を良くしたか音楽家の一人が奏で始めたのはチェンバロだ。
     指先によって二段構造の黒白鍵盤から奏でられる音色は、いつも甲板の上や娯楽室の中での野太い笑い声や喧騒と共に聞くものとは違う、もっと丸みを帯びて優しく室内に響く。この独特の音色を僅かにでも荒波や潮風で傷いたくないが為に、泣く泣く船の旅では別れてきたと涙ながらに口にする船乗りが居るくらいである。
     少しばかり古びていたところで、陸の上で紡ぎ出す音色には感謝と歓喜に満ちている。

     そして、ほんの少しサッチに陸の上での生活を恋しく思わせるものだった。

    「いや、ちょっと手が空いた時間に顔出しただけだし、そんなにやってないし…」
    「バカヤロウ、褒めてんだ。素直に受け取っておけ」
    「んん……!」

     撫でているにしては強い力で、掌が頭に押し付けられる。料理人に煙草や葉巻は禁物だが、サッチ自身は煙の香りは嫌いではなかった。煙草の燻製に似た下から広がる香りも、葉巻の甘い香りも。
     フォッサは中でもベビースモーカーの部類だろう。誰かが、アイツは眠る時と飯を食う時以外は葉巻を吸ってるだの、そのせいで女にモテないだと噂の出所はラクヨウだったが本人が否定するつもりがないのがどことなく座りが悪い。

     それにしても、背中で隠れたつもりなのか。
     サッチは極力身体を動かさない様にして、フォッサから駄賃だと落とされる菓子の袋を両手でキャッチする。背中への感触的に、どうやら完全に鳥の形に変化した少年が頭から潜り込んでいるのは間違いない。擽ったいし、いくらコートを重ねていてもそこまで入り込まれては服も伸びる。
     とはいえ頼られたからには、サッチの性分隠し通してやるしかなかった。

    「わ、これ……あれだ、クグロ…クグロフ!うわ、本物初めて見る…!!」

    それに、背中に匿う少年のことを一瞬でころっと忘れる存在に、宝を見つけたように緑の瞳を輝かせてサッチは菓子と葉巻の主とを二度見、三度見を繰り広げる。

    「何だ、なんか特殊な菓子だったのか?」
    「クグロフ!あ…ここでなんて言うかは知らないけどさ、世界の菓子って本で読んだんだ…です!それに似てる、ドライフルーツも入ってて、収穫の時期のそれを干しておいて冬に作るんだ…それと、ほら、この特徴的な形…!」
    「ふぅむ……、いや知らねェな。甘いもんに興味がねェ。それも、さっき子供達からもらったモンだ。……菓子を食わねェおれより、お前"ら"が食った方が、菓子も喜ぶだろ」

     サッチの背中で、一瞬ぎくりと身動きする気配はあったが、それについては咥えたままの葉巻から、吐息を僅かに溢しただけですぐにフォッサは背を向けて行ってしまった。実際、苦手なのは知っていたが本での知識としてしか把握していない料理が、目の前に言葉通り降って湧いたのである。駆け出しの料理人見習いとして、感謝の掌はその背中に大きく振られる。

    「やった…!」
    「……菓子なんかでアホみたいに喜んでやんの」
    「マルコ!中々ないんだぜ、こういう風に実際に味まで見られるって言うのは……、あ、ほらマルコの分」

     この世界は広い。世界の料理を味わいたい、作ってみたいとは料理人からしてみれば素朴な夢のようでいてまさか世界を全て周らなくては案外その真髄には近寄らないものだ。レシピを再現する、これでは50%の仕上がりにしかならない。現地の人間が、現地の食材で作り上げた料理を口に出来る。それだけでもう嬉々として両手を擦り合わせるサッチだったが、ぶっきらぼうに突っ返された菓子は反射的に片手で受け止めていた。
     既に人間の姿を取り戻したマルコであるが、その唇はへの字に曲がっている。

    「要らねェ、やる」
    「何でよ、お前の好きなドライフルーツたっぷりなんだぜ!これは、冬の間の来客に対するもてなしの気持ちが込められてるんだよ!だから、贅沢に卵も砂糖も使って…、あのな〜、マルコ!おれ、悪いけど、フォッサの肩持つぜ」

     別に食べ物を粗末にされたわけではないが、食べ物に罪はない。サッチは圧倒的に力で叶わない少年の手を取ると、菓子は決して潰さないようにその手のひらに袋ごと押し付ける。
      
     つい先日の戦いで、マルコとフォッサは仲違いを起こしていた。これでは語弊がある。フォッサが受けようとした斬撃を、マルコが身体を持って庇ったのである。それを余計な介入だ二度とするなといつになく言葉荒く叩き付けたフォッサに、マルコが間違ったことは何一つしていないと反論したものだから二人の間には些か不穏な空気が漂っている。

     船長から言わせれば、必要な衝突であり、兄弟喧嘩らしいが見ている方からしてみればハラハラ、ヒヤヒヤ、堪ったものではない。

    「なっ…」
    「フォッサと喧嘩してんのは分かるけどさ、おまえの戦い方は……見ているこっちがハラハラすんの!!非戦闘員のおれがハラハラしてるんだから、お前に"庇われ"たりしたら、もっとフォッサはハラハラしてるだろ!」
    「結果としてどっちも怪我しなかっただろ!」

     マルコがサッチの胸元を引っ掴む。
     それで怯えるサッチではない。

    「いーや、お前はケガしてる。ケガして、治してるんだろ。そりゃ、理屈的には分かるよ?自分なら傷を受けても治るって。だから仲間を庇おうって思うのもな。けど、痛むのは変わらないだろ。フォッサは、もうちょっとお前に自分を大切にしてほしいんだって!」
    「余計なお世話だよい!ガキの喧嘩じゃねェんだ、どうしたら効率的に勝てるか考えたら、多少身体張るのは誰だって一緒だろい」
    「お前のは度を越してんの!フォッサに謝ってこいよ、やーい頭でっかち!!」
    「いーや、おれは悪いと思ったこと以外謝らねェ、それがおれなりの誠意だ!謝らないったら、謝らないよい!!」


    「それはそれ、フォッサがおまえの分までクグロフ持ってきてくれた意味を考えろよ、ガキ!!」
    「この間、一人で小便行けないって人のこと起こしてきたのは誰だ!?」
    「それ、ここで言う〜!?」
    「そっちが最初に言ってきたんだろ!!」
     

    「どっちも、クソガキだろうが!!」


     ガッツーン!!


    「〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
    「いっでぇぇぇ……!!」

     ブレンハイムの両掌が、今にも背中の毛を逆立て唸り合う猫のような少年達の頭を、思い切り左右から打ち合わせる。
     喧嘩両成敗。
     二人の額の間から、火花が飛んで見えたがあっという間に場の笑いに包まれる。

    「ねぇ、きみは歌えるって本当?」
    「いでででぇ……、……んぇ、おれ?歌うって、なにを」

     普段の船であれば、囃し立てる者達こそいるが大事にならない限り止められることはない。だが、ここはあくまで陸の上だ。厳格な海のルールがあるならば、陸では堅気の者達に合わせた生活をするべきである。曰く、喧嘩は両成敗で早々に片付けられるに限る。

    「三匹の白狐の歌よ!」
    「あ、あぁ…空からはらはら雪降る朝は…からの?」
    「そう、それよ。ねぇ、皆で一緒に歌いましょう?ほら、来て来て!」

     額を摩って涙目のサッチに、掌を差し出したのは肩先で髪を切り揃えた少女だった。若干、サッチやマルコより歳上に見えたがこれくらいの歳の少女が見せる大人びた微笑みがそう見せたのかもしれない。
     愛らしいぱっちりとした瞳が、あなたもどうぞとマルコにも微笑み掛けるが青い瞳が眇められる前にサッチがその柔らかな掌を握り返していた。

    「………」
    「よぉ、クソガキ」
    「クソガキじゃねェよい」

     チェンバロの隣に引っ張ってこられ、腰の辺りしかない子供達に囲まれてサッチは眉を垂らしながらも、瞳は優しく緩められていて。最初こそ辿々しかったものの、遠慮と躊躇いがなければ少女の軽やかな声色に合わせてサッチの伸びやかな歌声が合わさっていく。

     背後でくつくつと笑って、それ以上は話題に振ってこないビスタの方がマルコの性格は理解していた。周囲の人間もそうだった。
     言って曲がる性格ならば、既に意地っ張りな合理主義を言い負かしていただろう。
     だが、マルコはそうではない。その能力ゆえに、率先して自分から最前線の渦中に飛び込んで行く若鳥が愚かかどうか、自分の身で体験するまで認めようとはしない頑固者でもあった。
     それも、船長が筋金入りだと認めるだけあって、無駄だと分かっていても一言言わずにはいられない船員でなければ、サッチのように面と向かってお前が間違っていると断言できるようなクルーが───しかもそれが非戦闘員だというのだからビスタのような人間はどうにもこの世の中は時々面白い運命というものをピースのように組み立てて進んで行くのではないかと認めてしまいたくなる位である。

    「……ほらな、やっぱり甘ェんだ」
    「嫌いじゃあないだろ」

     一口無言で齧った菓子が甘いのか、それともチェンバロを間に向かい合って少女と小鳥のように楽し気に視線も歌声も合わせる少年の考えを差しているのか。

     この口争いも、マルコは謝らないだろう。サッチもそれで気にすることはない。
     船に乗り込んで、冒険の度にマルコの背中に隠れているか景気良く叫んでしがみついているかの少年の物事の見方は、きっといつかマルコが思い悩んだ時に思いもよらない形で役に立つ。

    「……なぁ、ビスタ」
    「ん?」
    「サッチは、あんな風にしてたら…村のガキどもと何も変わらねェな」

     言われてビスタも視線を巡らせる。
     片手にはシナモンの効いたグリューワイン。皆の姉であるホワイティ・ベイが見つけてしまえばまだ早いと小言を言われるのだろうが、酒を飲める歳まで待っていてはホットワインも冷め切ってしまうから仕方がない。

    「まぁ、そうだな」
    「このまま、この島に置いて行ったら…あいつ怒るかなァ……」

     輪になって踊ろうと誘われて、気恥ずかしそうに少女と腕を組む少年。周りからの口笛に喧しいと片手を振り上げながらも、ステップが乱れると嗜められては楽し気に冬の祭りのダンスに加わってしまえば栗色の髪は暖かく淡い色彩の中では途端に紛れてしまうだろう。

    「どうしてそんなこと言うんだ?」
    「……何となくだよい、特に深い理由はねぇや。何となく、今なら陸に戻れるのにって思っちまっただけだ」
    「そいつは…、」

     同じような年頃の、少年と。それも、少女と手を取り楽し気に踊る姿からなのか。口にしかけて、ビスタは代わりに片側の口角を釣り上げる。
     マルコは、同い年の仲間は船に居なかった。
     ジョズは歳下なこともあったが、マルコと境遇は似ていた。陸の上では最早平穏に暮らすことは出来ないと、海に出ることを選んだ少年と、サッチは確かに違う。

    「アイツなら、ここでも上手くやってけるんじゃないかなって、海賊らしくねェからよい」

     それが、一番気掛かりなんだろう───?
     言葉にしては、マルコは真正面から否定するだろう。笑って首を横に振れば、ビスタの高く結い上げた黒髪が左右に揺れた。

    「そう言うなよ、サッチの生きる道が海の先にあるって言うんだ。乗せたのはマルコで、オヤジが認めた。それだけだろ?」
    「そうだけどな、平和で呑気な面してっと……ここら辺で放っておいた方が良い気もしてくるんだけどねい」
    「おれは根性のあるヤツは好きだからな、乗っててほしい……ほら、呼んでるぜ、行って踊ってこいよ」
    「いやだ」
    「良いから、ほら」

     こちらの視線に気づいて、大きく片手で手招く姿は確かに能天気なものかもしれない。はやく、と声のない口が動いてはビスタがマルコの背中で掌をポンッと軽く弾ませていた。

    「歓迎のムードを壊したらオヤジが悲しむ」
    「チェッ、それ言えばおれが動くと思って…!」
    「動くんだから仕方がない」

     グッと立てた親指の先、渋々仕方がなく、本当は嫌なのだと全身から発しながら歩く少年の腰では尻尾のように青いサッシュが揺れる。


    「(あぁ、残念ながら……お前は陸じゃ難しいだろうな…、……海に染まり過ぎちまった)」
     

     あの青い鳥に相応しいのは海の青であり、空の青だ。それが陸に上がれば、よく分かる。ビスタ達も例外ではない。冒険の為に島に降り立ち心躍らせても、最終的に海に戻りたいと焦がれる気持ちが顔を出す。

    「マルコも知ってるだろ、三匹の白狐の歌!」
    「…知らねェ」
    「うっそ、それじゃ教えてやるから……すぐ踊れるようになるって!」

     それでも、サッチが陸に残ることはないだろう。
     根拠はなかったが、ビスタは確信していた。
     マルコが思うように、陸に残して行けば今度こそサッチの生きる気力は静かに萎えて行く未来が見える。息を吸って、吐く。それだけが生きることだとは思えない。世の中の人間の、生きる理由がなくては生きられない不器用な人間達───、サッチは既に自分から境界を跨いでいるのだから。

     チェンバロの音楽に合わせて、マルコの手をサッチが取る。いつしか輪の中心になって踊り出す少年達の姿が、妙に眩しく思えるのを、甘いワインだけのせいにするには惜しかった。


    「未来ある少年達に、乾杯……!」




          ✳︎


    「─── それに気になる点がいくつかある、お前さんにはあるべきはずの傷跡がねェんだ。この頃ならとっくに着いてた筈の傷がな」
    「……だから何だってんだよ、……おれは、今のおれは…マルコさんのことが好き。それじゃ、駄目だってことか?」
    「分かってねェなぁ、サッチ。お前さんは……いくつでも、確かにサッチだ。けどな、今のお前がここに居たら…、当時のおれはどうなる?」

     マルコの言葉は、どれもサッチには噛み砕いて理解するには断片的過ぎていた。だからどうした、と子供のように拗ねるつもりはなかったが、そう捉えられたのかもしれない。マルコの掌が優しくサッチの頬を落ちた涙を拭う。

    「それは───、」
    「もし、クラバウターマンがおれの願いを叶えてくれたってんなら、もう叶っちまったよい。本当は…何も言わずに、今のまま…お前さんと暮らす未来も見てみたかった……それを嘘だと誤魔化すのはフェアじゃねェ。こんなオッサンでも良いみたいだしな?」

     眼鏡越しの青い片目を瞑って、こんな時ばかり優しくしないで欲しかった。青いと若いと言われても、サッチが欲しいのは限りなく優しい拒絶ではない。握り返してもらえないなら、いっそ手酷く振り払って欲しかった。

    「なぁ、海は好きだろ?」

     好きか?ではない。
     当然のように、好きかと問われれば頷くしかない。

     最後に浜辺を散歩しないかと誘われる頃には、それでも飲み込みの早いサッチは理解していた。

     月明かりの下、二人並んで歩く。

     その少し離れた先で楽し気に後ろ手に組んで歩を進める小さな影に、"影"が出来ないことも。レインコートのフードを深く被り、決して顔が見えないことも。

    「なぁ、マルコさん」
    「ん?」
    「アンタのサッチをさ、アンタは……愛してくれたんだよな。死んだ後も…ずっとさ」

     沈黙はほんの数秒だった。

    「……そうだねい、言葉にするのは癪だが。最期まで言えなかったが、言葉にしちまえば…呆気ないくらいに簡単なもんだ」

     綺麗な横顔だった。
     通った鼻筋が落とす影も、小さく上がる口角も。
     伏せた金の睫毛の一本まで。

     最後の瞬間まで、忘れずに焼き付けておこうと思った。

    「そっかぁ……、……なぁ、マルコさん。……手、繋いでも良い?」

     無言で差し出される掌の熱に、サッチは指先を絡めて小さく背伸びをする。砂浜に伸びる影は二つ。

    「……あんたのおれじゃなかったとしても、分かるよ。"サッチ"は"マルコ"のことが好きだ。絶対に……神に誓って」

     月スポットライトに照らされれば、仮初であろうと舞台の主役は二人きりだ。泣きそうな顔に、仮面を被る大人にはなりきれない。

    「……生憎、神への信仰心はとっくの昔に捨てちまったよい」



    「─── じゃあ、おれを信じて」


     最期の瞬間まで───、


     眼鏡を指先で抜き取った瞬間、僅かに見開かれた瞳の青さを、覚えていよう。
     受け入れてくれた唇の熱も、柔らかさも、覚えていよう。

     背中に回りしがみついてくれた指の力の強さも。
     引き寄せた腰の感触も。

     全て、すべて、最期の瞬間まで覚えていよう。










    「……さよなら、マルコ」











    TO BE CONTINUED_
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    Replies from the creator

    John

    DONEサチマル続きました。

    ここまでお読みいただいたことに、感謝の念が尽きません。少しだけ私の語りにお付き合い下さい。

    私は海外の児童向けの小説を読むのを趣味にしているのですが、子供の頃に好きだった作品の作者の作品を読み漁る日々が続いていました。うまい!うまい!活字がうまい!!と貪る中で、この作品は面白いけれど私にはちょっと向いてなかったかしらん、と頬杖をつきなが(以下pixiv掲載)
    Q.Did you find it 心の中で、ほんの僅かに気持ちが揺らいだ。
     小石一粒、大海原に投げ込んだところで構いはしないだろうか、と。人生、最後の最後に思い残してしまったら台無しになるだろうか、と。
     そうして、すぐに打ち消した。死に際で左右される様な生き方ではなかった、胸を張ってそう言える。断言出来る。

    「( なぁ、おれと心中してくれるか? )」

     眉一つ、呼吸一つ乱さずとも答えは返ってきていた。
     この気持ちを抱いて、海の底まで持っていく。

    「( だよな、たった一人じゃ旅は楽しくないもんな )」

     だからこそ、言わなかった。
     何一つ、いつもと行動を変えることもせず、いつもの様に宴を終えてからの行動は単独で。誰にも怪しまれることがなかった。勘の良い兄弟子にも、好物に囲まれて顔を綻ばせる弟分にも、敬愛する父親にも、勝手に心の片方を預けてしまった男にも。
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