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    John

    ガンヤンと天ヤム万歳20↑文字書き
    今はサチマル沼にずぶずぶ
    尻叩き用、活動メインはpixiv

    https://www.pixiv.net/users/67336437

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    John

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    サチマル続きました。
    サッチ25×マルコ45

    歌を忘れたカナリアと
    願いを叶えられない青い鳥

    #ワンピース女性向け
    #二次創作
    secondaryCreation
    #サチマル
    #ワンピース腐向け

    降れ、六花降れ、六花 歌を忘れたカナリアと、ひとりぼっちの青い鳥


    降れ、六花


     実に長い沈黙だった。
     肯定はなかったが、否定の言葉もなかったのがサッチの憶測を静かに決定付けていく。
     マルコが不意に立ち上がったかと思えば、机の引き出しを開けた様だった。視線で追うことは出来ずに、情けないことながら脱力を一度してしまった身体は振り返ってまで視線を動かすのも億劫で、サッチは両方の掌を顔に押し当てて背もたれに頭を預け天井を仰ぐのが精一杯であった。

     最初から、違和感を感じてはいたが非現実的なことは思い浮かべもしなかった。せいぜい、知り合いと顔がそんなに似ていたのかと見当をぼんやり付ける程度で。あとは、ただの推測に過ぎなかった。
     
    「(夢かと思ってたけれど───、)」

     サッチの睡眠は、基本的に深くて、浅い。
     それが元からの性質なのかは分からないが、睡眠を取りながら意識だけはどこか俯瞰するような別の視点から見下ろすことも少なくはなく。
     
     時々、家の主人が自分の寝息を確認しに来ていたのはぼんやりとだが分かっていた。
     最初は、他人を家の中に入れてしまったのだから当然の警戒だと気にすることもなく、寝たフリをするでもなく曖昧な意識の中で気配だけを感じていた気がする。流石に毎日ということはなかったが、夜の空気は人の気配を敏感にするものだ。
     その内に、肌に触れることはなかったが、あと少しで指先が触れそうな位置に伸ばされることもあった。呼吸を確かめる様なその仕草に、寝息を確かめているのではないと理解するのも早かった。
     瞳を開けられはしない、夜毎の微睡は驚くほどに深い。いつでも、呼吸を確かめて。時折、毛布を掛け直して去っていくものだから。

    「サッチ」
    「─── はい?」

     側からは目の前に伏せられた写真立てが差し出されていた。何を、と視線で問おうにも既に受け取ってしまったそれを何の気なしにひっくり返して、視線を左右に走らせたサッチの唇が"ある一点"に言葉にならない震えを起こす。

    「……こ、これ…、…マルコさん…?」
    「あぁ、この左端にいるのがおれだよい。……ビスタ、ハルタ、イゾウ…こいつは三番隊の船大工だな、隣が同じ三番隊のヤツ、腕を伸ばしてるのが十五番隊に入ったばかりの…あぁ船縁に腰掛けてるのが、六…いや、この時は八番隊だったかねい。射撃の腕が良かったのを覚えてる」

     被写体があまりに多く、目を凝らして見なければ一つ一つを判別出来ないほどではあったが、此方へと視線を送る左端の男が誰なのかは直ぐに分かった。
     天候は決して良いとは言えない曇天。
     だが、空を背負って恐らくは甲板なのだろう。皆着込んでこそいたが湯気の上がる宴席の一瞬を捉えたようで。
     まるで吹き抜ける風や、潮の香りまで写真から感じられそうだった。

    「……これが白ひげ海賊団…、」

     無意識に、不思議な緊張で喉が鳴る。

    「あぁ、もちろん一部分でしかねェ。何せ、母船の船員が千六百を超えてる。当時の傘下の海賊団を含めたら、五万人を超える大所帯だよい」
    「……あ、この、手前で顔から皿に突っ込んでるのはまさか…、」
    「二番隊隊長だったエースだ。…帽子で分かるか?」
    「……エドワード・ニューゲートの隣にあった…、確か、ポートガス・D・エース…だよな」

     指差した青年が背負う刺青の何と誇らしいことか。

    「いちいちフルネームで呼んじゃいねェよ、おまえもエースも、……もっと親しく呼び合ってた」

     マルコの声色が、殊更優しくなる。
     サッチは察する。恐らくは、マルコもまた同じなのだろう。雪らしき影がちらつく写真の中で片手に酒瓶を持ちながら、写真の中のマルコの逆の片手は突っ伏した青年に向けられているのだから。
     
    「これどうなっちゃってんの?飯に突っ伏してるのは」
    「寝てんだ」
    「飯中どころじゃねぇよ!?肉持ったままじゃん!」
    「よく寝るヤツだったんだよい、話してる途中に寝ることもあったが、飯食ってようと寝る」
    「赤ん坊よりひでェ…、ってことある?」
    「すぐに起きるっちゃ、起きるな。自然ロギア系の能力の持ち主だ、流石に火傷はしなかったよい」
    「……そうか、メラメラの実の能力者だったんだよな…、……ゴール・D・ロジャーの…息、」

     サッチの知識は、記憶ではない。
     新聞とわずかながらに村人から伝え聞いた情報、そしてマルコが話してくれた過去の話から推測しては拾っていく言葉だったが、これがかの海賊王の息子だと口にしようとしたところで軽くマルコに肩を叩かれていた。

    「オヤジの、息子だ」
    「……白ひげの息子、そうだよな…ごめん」
    「謝る必要はねェが、サッチがそう言ったって聞いたらエースが真っ赤に燃え上がって怒りに来るからな」

     そりゃ怖い、と笑って返して写真を再度覗き込む。

    「……おれは映ってないの?それとも、この頃には…もう死んでたり?」

     確信したのは、赤髪のシャンクスの言葉だ。
     死人に会うつもりで、本当の死人に出会すとは。

     あの男は恐らく、考えなしではない。
     明朗快活、豪快な気質と見えるがそうではない。
     いや、そうなのだろう。邪気はなかった。
     
    「(きっと、誰にでも心を開くし覗かせようとする…、けれど相手がそれを覗き込むのに耐えられるかどうかは別問題だ)」

     今更ながら、サッチは軽く両腕を摩る。
     何故あの男が、四皇と呼ばれているのか。腕っ節だけでは、そうは呼ばれないだろう。海賊王に一番近い男、とは新聞からの受け売りだが、実感を持って今なら頷ける。

    「……うちのオヤジが、船員達を息子と呼んで可愛がってたのは知ってるだろ?女は娘だ、ナースが乗ってからは…船も随分と華やかになったが、兄弟喧嘩ならともかく女に頭が上がるわけがねェ。何かあったら自分は娘の味方をするから、絶対に何かやらかすんじゃねェとオヤジに散々脅されたもんだよい」

     マルコの口元には小さな皺が生まれていた。写真の中の姿と、そう変わらないようには見えたが所変われば品変わる。人間も例外ではないだろう、時の流れを見上げるサッチにも感じさせる。

    「おれたちァ、家族だったが、海賊でもあったからな。都度あるごとに仲良しこよしで写真を撮る…なんてことは、特になかったんだ。写真ってのは、今を切り取って、思い出して振り返る為のもんだろ?───誰も過去にしたくなかったのかもしれねェな、今ってのを」
    「詩的……って、揶揄うところじゃないっスよね?」
    「殴られてェか?」

     勿論、殴られたくはないのでサッと写真を持つ手を下ろして、サッチは頭を庇う。ただ、大抵殴ると脅される時には既に降ろされている拳は、今回はなかった。

    「だが、その時は…まったくの偶然だったが、敵戦からの戦利品でカメラを見つけてな。基本的に換金出来ないもんなら、見つけたヤツが持って行っていいことになってる。それで、機械自体もフィルムもまだ使えるってんで…、遊び半分に撮って回ってたのが、お前だよい」
    「……え、おれ!?」

     マルコは頷く。

    「さっきも言ったが、モビーだけで千六百を超える船員の多さだ。まさか全員律儀には撮っていなかっただろうが…次の島で現像出来るようにと、しばらくカメラ片手に走り回ってたお前をよく覚えてる」
    「おれが、この写真…撮ったのか…、」
    「おれは言ったんだ、どうせならとっておきの写真を撮りゃ良いものの、もったいないだろ…ってよ。そうしたら───、」

     もう一枚。
     写真立てを凝視するサッチに見せた一枚とは別の写真をマルコは額に翳す。青色の瞳がゆらゆらと、水面から差し込む光と澄んだ海の写真。




     海の深い群青と、青の夜とが交差する。




          ✳︎


     それは雪の降る海域だった。
     

    ─── マルコ、ほら笑えよ。…中指立てんな、行儀悪い!

    ─── 要らねェ、おれじゃなくてもっと若ェ衆を撮ってやんな。

    ─── あのね、お前と同い年のおれはどうしたら良いのよ。おれはまだ若者のつもりでいるからな!おれのこと、オッサンって言って良いのはおれと若い連中だけだから!!

    ─── 言って良いのかい。

     呆れた、と頬杖ついて溜息を溢すマルコにカメラを両手に構えたサッチは並びの良い歯列で太陽のように笑ったものだった。

     トレードマークは、左目を囲む三日月型の傷跡。かつては、話題に出されるのを嫌がっていたものだがいつしか聞かれれば、よく聞いてくれたとばかりに謂れを語るようになっていた。それが、大まか事実と合っていながら実に当時のサッチを滑稽に誇張して本人が語るものだから、はぐらかされたと肩透かしを食らう者もあれば良くあるホラ話として大笑いする者もあり、大体は後者で。
     直接サッチに聞いたことはなかったが、恐らくは傷の原因がマルコにあるということを、マルコが気に病むといけないと、そう思ってわざとそんな語りにしていたのは、分かっていた。

     ノリが悪い、と頬を膨らませる男も既に四十を過ぎていた。料理長の役職を引き継ぐ際に、心機一転だとそれまで願掛けのように伸ばしていた長い髪をいきなりリーゼントスタイルにしてきた時には、随分と船中に笑い声が響いたものである。
     本人からしてみれば、偉大なる前料理長イササカの独特な鋭角の髪型をリスペクトとしたのだと大真面目で。
     それが分かるからこそ、マルコは驚きこそすれ笑いはしなかった。
     白ひげの、「随分と男前になったじゃねェか」という嘘でもない言葉の通り、悪くないと思ったのも事実である。

    ─── そりゃ撮られたくないってヤツは撮らねェけどな、偶然入ったら謝っとくわ。特に、宴の席とかもう分かんねェことになるし。

    ─── そりゃ、暗にその時撮るって言ってんのかい。撮りたけりゃ、お前が撮りゃ良い。

    ─── ん?

    ─── おれが撮ってやろうか。お前を。

     だから寄越せ、と伸ばしたマルコの片手はスッと避けられてしまったせいで空を切る。落とした舌打ちは、いつの間にか染み付いてしまった喫煙の癖と同じようなもので時折新入りの船員を驚かせこそすれ、今更兄弟分を驚かせるようなものではない。

    ─── 人の好意を無碍にしやがって…。

     よって、不機嫌そうに鼻を鳴らされたところでサッチが気分を害することもない。分かってやっていることではあった。

    ─── だってェ…カメラってのは、フィルムが必要なんだぜ?一枚だって無駄にしたくねェもん。

    ─── お前が撮られると無駄になんのかよい。

    ─── なる!おれは、自分が目にしている光景を焼き付けておきたいわけ。分かる?このおれの、ロマンティックな願いが。脳筋にゃちょっと分かんねェか〜。

    ─── おう、誰が脳筋だって?ちょっと頭貸せ、頭ァ。

    ─── 頭って貸すもんじゃねェから、却下〜!!



     白ひげ海賊団の母船では、戦闘員・非戦闘員等の役職に関わらず隊として主に十六に分けれている。多少の差はあれど、一隊につき百名を部下として抱える計算となり、それを上手く統治出来なければ話にならない。
     ひとくちに家族と言えど、偉大なる船長が父親であるならば部隊長達は、兄貴分として張るものを張らなくてはならない。

     白ひげ海賊団、一番隊隊長不死鳥のマルコ。
     トリトリの実フェニックスの再生能力を駆使した戦闘スタイルは戦闘員としても白ひげの右手として相応しいものであり、船長以外に判断を仰ぐ頭脳として、そして優秀な船医でもあり治療者ヒーラーとして、マルコが海賊団での実質的な二番手であることに皆、異論がなかった。

     白ひげ海賊団、四番隊隊長双剣のサッチ。
     本業はコックであり、四番隊での主力が主に母船モビーディックでの料理人達だという異例さを放つ部隊を率いている。二つ名の通り、腰に下げた二本の刀を武器とした携え自分から最前線へ立つことが多いが決して血気盛んという訳ではない。本人曰く、「まだまだ後進に任せておくと後片付けが大変」とのこと。
     
     隊長に就任した時期は違えど同い年、そして義兄弟の契りを盃で交わしたことがある二人といういかにも"昔ながらの海賊"に憧れを持つ若者は、まだ居るのである。
     ましてや、サッチの顔面の傷がマルコを庇ってのものであることも、マルコ自身が幼い頃のサッチの命を救ったことも、大袈裟に誤魔化すか、素っ気なく語らうとすらしないことも混ざり合って勝手に憧れというフィルターを通し美しい絆はどこまでも美しく仕上げられていくものであった。
     その海賊団を背負う十六枚の看板であり、矛であり盾である筈の二人が若干年甲斐なく戯れていようと、彼らの目には家族と仲間の良さというものが益々感じられてしまうのだから若さというものは実際恐ろしい。

    「それに、おれがおれの写真持ってても仕方ねェだろ。それなら、イゾウの舞の一枚、海中のナミュールの…、閃いた!!おい、ナミュール、ナミュール〜〜!おれと一緒に海中で写真撮ろうぜ!!これ、水の中もいけるからよ!」
    「……アイツ、この雪空の下で何考えてんだい…寒さで頭がやられちまったか…」

     確かに海流としては落ち着いているが、極寒の海に違いない。厚めの外套の襟を肩を竦める形で寄せ直したマルコだったが、

    「海の中で写真……、なるほどそういうことか。面白そうだ、良いだろう」
    「……いや、丸、じゃねェだろい。ナミュールも面白くねェよ、面白…人の話を聞かねェ連中だ…ったく」

     魚人の仲間とは身体の作りが違うのを忘れているのか、上層階への階段途中で振り返り、笑顔で両手で丸を作って返すサッチの姿に咥えかけた煙草が厚めの唇からずり落ちる。
     歳の割に前線に元気に出掛けていく姿は他の隊長格も同じだが、そこまでの無鉄砲さはなかった筈だが。
     服を脱ぎながら寒い冷たいと騒ぐ姿に、ライターを探ろうとした手元が顔のすぐ横でボォッ…と燃え上がった"指先"に動きを止める。

    「探してた?」

     ニカッと白い歯を向けて笑う青年も、今日ばかりは大人しく厚めの上着に袖を通している。本人曰く、不要のものらしいが周囲が見ていて凍えると、半ば無理やり詰め込んだに等しかった。
     指の先の炎を煙草の先に灯されれば、ライターに用はもうない。

    「…火は探してたが、お前は探してねェよい」
    「でも、ほら、助かったろ?」
    「まぁな。それよりエースおまえ、二番隊の報告書挙げ終わったのか?いいかげんにしねェと、イゾウがエースもそろそろかって銃磨きながら呟いてたぜ」
    「こ…怖ェ〜〜!!き、期限まだだろ?まだ、あと一日あるから…!!」
    「その一日でどうにか出来んのかい」

     吐息に乗せる煙は、呼気の白さとは違う重さを持って唇から曇天へと上がっていく。ぐう、と喉奥から出される声が答えだ。
     囃し立てる四番隊の隊員達の声には、隊長をお願いしますとナミュールへの声が飛ぶ。愛されているのだ。コックとしての腕を何と誰と比べたら良いかは分からないが、マルコが思い浮かべる世界で一番のコックとなればサッチである。知ったなら、既に陸に上がった前料理長イササカは何と言うだろうか。

     想像はつく、「マルコさんよ。それでいいんです。そうであるように、自分が育てたんでさァ」と。きっと、涼しい顔をして答えるのだろう。

    「……………、」
    「……………、」
    「………何だ?」
    「いや、散々言った割に嬉しそうな顔してんなァって…、まァ、サッチのことだから何かしらの考えがあるんだろうけどな」

     二番隊隊長という役職に、つい先日着いたばかりである男の名前はエース。ポートガス・D・エースという。緩く波打つ黒髪に、一筋縄ではいかないと示す眉の涼しさ。髪と同じく黒い瞳は顔立ちが整っているせいか逆にとっつきにくさも感じさせそうなものだが、若さを感じさせるソバカスがそれを上手く和らげていた。
     火拳のエース、彼の通り名である。

     サッチは、そのエースの"拾い主"であった。

    「考えもなしに海に飛び込む様なヤツは、そのまんま沈んでも構わねぇが」
    「そんな事言うなよ、おれ達じゃ助けにいけないだろ?」

     鼻先で笑うマルコに、唇を尖らせるエースもマルコが本気で口にした言葉とは思っていない。海の男達の口が悪いのは珍しいことではないが、マルコと親しく接する人間は不死鳥という神秘さえ感じる存在からは驚きの口の悪さに足癖の悪さ、自分という超個人的な事柄に関しての無頓着さに度肝を抜かれるだろう。

    「エース隊長!すんません、ちょっとそのまま燃えててもらって良いですか!?」
    「サッチ隊長が戻ってきた時に、温めてやって下さい!!出来れば抱き締めてやって!!」

     二人組は「お話中失礼します!!」と、顔面の割に礼儀正しい。

    「よし!!ってそれ本当にやったら、サッチの丸焼きになっちまうけど良いのか?」

    「加減をお願いします!!出来れば、弱火で!!」
    「なるべく、とろ火で!!」

     ケラケラ笑うエースに、四番隊でも調理担当の若手達がもっと強く、もっと弱くと身振り手振りでエース自体の火加減を調節し始めるものだから、肩を竦めてマルコは背を向ける。やるべき仕事は山積みなのだ、構成員が増え、配下が増え、海賊王に一番近い男だと呼ばれる様になってからは特に。

    「エース、サッチ燃やしてもデッキを焦がすんじゃねェよい」
    「了解!うまい加減がな〜〜!こんなか!!」
    「ナイス強火!!人間フランベ!!」
    「いよっ!中華鍋を乗せるために生まれてきた男!!」

     結局強火じゃねェか、というマルコの呟きは咥えた煙草の火に触れる前から落ちていく雪の中に消えていく。視界が不明瞭になり、温度を奪っていく雪は得意ではなかった。

    「アイツも同じかと思ってたが……、」


     彼方から聞こえてきた、「サッチ隊長とナミュール隊長が、巨大蟹を捕まえたぞ〜!!」という声で、にわかに賑やかになる甲板が、やれ蟹鍋だ、鍋とくれば酒だと宴の為に大賑わいになるのも、いつもの日常。

     それが、日常だった頃の話だ。
     

         ✳︎


    「……これもサッチが、お前が撮ったんだけどねい」
    「……海の写真…!!すごいな、これ、え、海の中ってカメラ壊れねェの?」
    「普通のなら壊れるだろうな、その宴の席の写真より数時間前に撮ったやつだ」
    「へぇぇ……、……おれ、この気候で海の中潜ってったの?馬鹿なの?」

     一枚一枚、写真を手渡すたびに顔の表情を崩さない様に眼鏡を挙げ直す。どれかが、目の前の青年の記憶を彼方から呼び覚ますものかもしれない。その時に、どんな反応と未来が待っているのか。

     戻れば良いのか、戻らなければ良いのか。

    「……馬鹿だねェ、馬鹿がつくほど…良い奴だった」
    「……?」
    「おれ達、悪魔の実の能力者は引き換えに海から嫌われちまうのは知ってんだろ?海を愛しながら、決して海に入ることは出来ねェ。飲んでも満たされない酒に、抱いても癒されない女の呪いは聞いたことがあるか?呪われた金貨の呪いとどっこいどっこいだな」

     広大な海には、それこそ伝説がいくつもある。
     呪われた金貨の話なら、海賊ならば誰でも知っている様なおとぎ話に近かったが、信じ込む海賊が偉大なる航路から新世界と呼ばれる海域に進めば進む程多いのも悪魔の実の存在があるからだろう。

    「だからサッチは、」
    「あっ、そうか。あんたらの為か」

     掌をポンと打ち合わせる若者に、マルコの唇が一度虚を突かれて緩く開く。何の脈絡もない話題だろう。

     何も知らない者にとっては。

    「海に入れば沈むしかないあんたらの為に…、これわざわざ水の中潜ってったんだな。けど、わざわざ寒い海に潜らなかってもなァ」
    「………一概にゃ言えねェが、暖かな海域だと水は滞りがちで濁りやすいんだよい。逆に、寒い海ならば水は澄んでいて…見通しやすい」
    「あぁ、だからか。そりゃ身体張るよな、こんな綺麗な景色さぁ……、」

     澄んだ青の中に、魚達が戯れる。海上で雪が降ろうと、波の下は楽園だ。
     サッチの口元が、目元が綻ぶ、

    「もう見れないやヤツにも、見せてやりたいって思うじゃん……、……いや、思いますもんね」

    「……何で言い直す」
    「……へへ、あ〜〜そっかぁ……うん、そっか。あの、マルコさん、おれね。謝らなきゃならないことが三つあります」

     へらりと笑うサッチは両手で再度顔を覆ってから、勢い良く自分の頬を叩いていた。気合いを入れ直す為の仕草の後、どこか吹っ切れた様に眉尻は下がるが緑の瞳は今度こそ揺らがなかった。

    「一つ目、こんなにも…そんなにも思い出がある存在だったってのに…ここまで聞いておいて、おれはあんたらのことを何一つ思い出せてないこと。─── あんたのことも、この写真の中の誰も、……父親であってくれた存在のことも思い出せない。自分が嫌になる」

     左手の人差し指が立てられる。
     続いて中指が伸ばされる。

    「二つ目、死んじまって…すんません。何も分からねェおれだけど、それくらい分かる。あんたらにとって、大切な存在であれたことも…何で死んだのかは知らないけど、……死因なんてどうでもいいよな、とにかく生きてるヤツらを置いて行っちまったこと、申し訳なく思ってます」
    「…………三つ目は?」
    「三つ目は───、」

     薬指を立てて、視線は迷いはしなかったが言葉は最適解を探し暫く開かれたままだったが、引き結ばれた後に立てていた指先全てが掌の中に握り込まれる。

    「……あんたを、おれは……、」





     おれは?

     "おれ"が、で良いのか?





    「………おれが、あんたを好きになって、すんません」
    「あぁ」

     その相槌の軽さに、思わずソファから滑り落ちそうになり身を起こす。

    「………いや、あぁ。じゃなくて。おれが言ってるのはつまり、家族的なそれじゃなくて、友情的なそれでもなくて」
    「だろうな」

     さもあらん、と頷かれては最早ヤケになってサッチはテーブルに掌を叩き付けて声を張り上げる。勝手な言い分とは分かっていたが、大海に投げた小石よりも薄い反応は拒絶よりも辛かった。

    「いや、いやいやいや、だろうな、じゃなくて!おれ、真剣に言ってるから真剣に聞いてくれよ!!はぐらかすんじゃなくて、……もう死んじまってるなら、多分、おれは幽霊かなんかなんでしょ。それなら、きちんと伝えられたら満足して成仏するかもしれないんで!そりゃ、あんたからしてみたら…世迷い事みたいに感じるかもしれ……ッ、」


    「゛ぁ?」
    「声の圧ゥゥーーーーーッ!!!」


    引退してこれならば、全盛期の時はどれほど恐ろしかったのか。たった二文字の発音で、全身の血管を締められるような経験はしたくなかった。普段から重たい目つきだからこそ、細められる瞳からの圧が物理的に肌に突き刺さるとサッチは反射的に両腕抑えて泣き言を挙げる。


    「ヤダ怖い!!惚れた相手が、物騒過ぎる!!」
    「分かっちゃいねェな、若造……たった三ヶ月ぽっちしか接してねェお前さんと、十三の頃から三十年間ずっと同じ船に…数年抜けたが、同じ船に乗ってたおれの気持ちと、大きさ比べようってェのか?」
    「比べようとしてなんか…、そもそも比べ、なんて?ちょっと待って?」

     頭でも鷲掴みにされそうな迫力に、ヒンッ!!と声をまた上げてソファの背凭れが沈む程間を縮こまらせたサッチの片眉が、今度は真上に跳ね上がる。

    「………十三の頃からって誰が?」
    「おれが先に船に乗ってたが、アイツが船に乗ったのは十三の頃だ」
    「……それから…何年って?」
    「三十年だよい、お前さんに習って言うが、おれもおまえに言ってなかったことが三つある」

     三十年、と言葉だけで繰り返すサッチにテーブルを間に挟みながらマルコは三本の指を立てる。聞く、とも聞かないともなく既に一本めの指は折られていた。


    「一つ目、……おれが知ってるサッチはもうちょい年寄りだよい。お互いに本当の歳なんか知っちゃいねェが、少なくとも四十三にはなってたねい」
    「しっ…四十三ンン!?なん、おれ、四十三!?」
    「見たところ、おれの記憶が確かならモビーに戻ってきた辺りの頃だから…今のお前はまぁ、二十五か六か、そこら辺か」

     ソファからずり落ちるサッチに動じることなく、薬指に続いてマルコは中指を折る。

    「次に…別に言われなくても、今のお前さんがおれに惚れてんのは分かってたから、気にするな」

     サッチの喉奥が、ヒュッと音を立てる。人間、心底驚いた時には言葉すら出てこないものらしい。心臓がけたたましく鳴るどころか、連続で鳴動し続けて吸うための息すら止まる。

    「な、なん、なんて…、」
    「海の上じゃ比較的多くあることだよい、野郎と野郎がどうこうってのは。サッチは男も女も両方いけたからな、向けられる視線の熱で察するもんがあらァね」
    「マルコさん?え、マルコさん?何サラッと言って…、おれ、男もいけたって、何?なんて?何で?」
    「お前、男娼も買っ」

     マルコの発言を防ぐようにサッチは両手を交差して押し出す。

    「あああああぁぁ聞かない!聞こえない!聞きたくなーい!!!嘘ォ……、おれ、節操なしだったの…?マルコさんだから男でも…って思ってたのに、下半身もオールラウンダーだったの…!?」
    「まぁ、確かにオールラウンダーではあったな。基本的に何でもそつなくこなしてたし、物覚えと勘も良かったからな。安心しろ、綺麗に遊ぶヤツだったから」
    「安心できる要素どこかにあった??」

    「三つ目なんだが、一番ショックかもな」
    「これ以上の衝撃って必要あります!?」

     耳を両手で塞ぐサッチだったが、薬指を折り込んだまま何事か考え込むように中々唇を開かないマルコに徐々に掌は耳元から離れていく。

    「……えっと、マルコさん?」
    「どうなんだろうな、黙ってた方が良いもんもこの世にはあるかも知れねェ。伝えたところで、どうすんだって気持ちも…まぁ、ある」
    「……その、妙な所で妙に引き際が良いの何なんスか…、」

     聞きたくないと耳を塞いでいた立場が、いつの間にか身を乗り出す形へと変わっている。これが駆け引きというものなら、今は不必要だった。
     何もかも、余計なものを削ぎ落として、配慮や遠慮や考慮をする余裕があるなら、全て剥ぎ取って心を切る言葉であろうと一番熱い芯に触れたかった。

    「今のテメェより、こちとら倍近く生きてんだ。経験がある分、危機を回避したくなる気持ちも分かるだろ」
    「分かりませんよ、全然わかりません。大体、何だか年齢も違ってて!!おれ、色んなオールラウンダーで!!そんでもって…死んでて…、」

     今、ようやくだ。

     ようやく、この男の心の中に触れようとしている。そんな直感が眼鏡を掛け直そうと右手を挙げる男の目元から、余計な覆いを奪い取る。

    「おい、」

     見開かれる青い瞳に、自分の滑稽なまでに必死な形相が映る。

    「伊達なんでしょ、どうせ。そんなら…!ちゃんとおれの目ェ見て言えよ…!!」







    「──────、」
    「へ…、聞こえな……」





     奪った眼鏡がマルコに奪い返される。それ自体は構わなかった。しかし、眼鏡を掴んだままの手元が自分の胸倉引き掴むのには、身を乗り出していただけにサッチの上半身が大きく揺らぐ。
     倒れる、と反射的に受け身の姿勢を取ろうとするも、その前に顔面は柔らかな感触に迎え入れられていた。本当は勢いからの痛みも少し入ったのかもしれない。それでも柔らかなのは確かで、唇同士が触れ合ったのは夢ではない。

     触れたのは、間違いなくマルコの唇だった。

    「……ま、マル…コ、…さぁん…?」
    「サッチは器用なヤツだったが、色恋についてはとことん鈍感な野郎だった。遊びは上手いが、本気のものとなると鼻が効かなくなるらしい…いや、逆に本能で完璧なまでに…避けてたのかもしれねェ」

     引き倒されたソファに、頭を打ち付けなかったのは受け身が成功したからではない。自分を覗き込む男の大きな掌が、頭の裏を包み込み衝撃から守ってくれたからだ。

    「ガキの様に惚れてた、惚れちまってた。だからこそ何もかもぶち壊す前に、手放したってのに……成仏?世迷い事?」
    「マルコ…さ…、」


     震える肩越しに、風を孕んだカーテンが帆の様に広がる。夜風が運ぶは露に濡れた、夏草の香り。

     
    「そりゃねェだろ、何の罰だ?おれから…何度大切な者を取り挙げりゃ、神って奴は気が済む…!!おれが一体、何をした?それとも……、……何も…、」
    「マルコさん、おれ……、」











    「何も……出来なかったから…、か」


     









    ─── あっ、流れ星!みてみて、マルコ、流れ星!

    ─── ふぁぁ…うるせェな、これからあらゆる海を旅するんだぜ?ずっと空には星がある。めずらしくもないよい。

    ─── へぇ〜〜!!けど、ほら願いを叶えるって言うじゃん。オールブルー、オールブルー、オ…、あぁ、消えちまったぁ…。

    ─── ほんっと、おまえの頭にはオールブルーしかないんだな…。

    ─── そりゃそうよ、マルコは、マルコはなんて願う?

    ─── ははん!強い男は、星になんか願わないよい。自分で叶えるんだ。

    ─── うわ、出たよ夢のないやつ〜〜!!あ、また光った…!!






    ─── ……ま、強いて願うなら…、おれ達がモビーでいつまでも、いつまでもこの海を…、





    TO BE CONTINUED_
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    Replies from the creator

    John

    DONEサチマル続きました。

    ここまでお読みいただいたことに、感謝の念が尽きません。少しだけ私の語りにお付き合い下さい。

    私は海外の児童向けの小説を読むのを趣味にしているのですが、子供の頃に好きだった作品の作者の作品を読み漁る日々が続いていました。うまい!うまい!活字がうまい!!と貪る中で、この作品は面白いけれど私にはちょっと向いてなかったかしらん、と頬杖をつきなが(以下pixiv掲載)
    Q.Did you find it 心の中で、ほんの僅かに気持ちが揺らいだ。
     小石一粒、大海原に投げ込んだところで構いはしないだろうか、と。人生、最後の最後に思い残してしまったら台無しになるだろうか、と。
     そうして、すぐに打ち消した。死に際で左右される様な生き方ではなかった、胸を張ってそう言える。断言出来る。

    「( なぁ、おれと心中してくれるか? )」

     眉一つ、呼吸一つ乱さずとも答えは返ってきていた。
     この気持ちを抱いて、海の底まで持っていく。

    「( だよな、たった一人じゃ旅は楽しくないもんな )」

     だからこそ、言わなかった。
     何一つ、いつもと行動を変えることもせず、いつもの様に宴を終えてからの行動は単独で。誰にも怪しまれることがなかった。勘の良い兄弟子にも、好物に囲まれて顔を綻ばせる弟分にも、敬愛する父親にも、勝手に心の片方を預けてしまった男にも。
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    John

    DONEサチマル続きました。

    ここまでお読みいただいたことに、感謝の念が尽きません。少しだけ私の語りにお付き合い下さい。

    私は海外の児童向けの小説を読むのを趣味にしているのですが、子供の頃に好きだった作品の作者の作品を読み漁る日々が続いていました。うまい!うまい!活字がうまい!!と貪る中で、この作品は面白いけれど私にはちょっと向いてなかったかしらん、と頬杖をつきなが(以下pixiv掲載)
    Q.Did you find it 心の中で、ほんの僅かに気持ちが揺らいだ。
     小石一粒、大海原に投げ込んだところで構いはしないだろうか、と。人生、最後の最後に思い残してしまったら台無しになるだろうか、と。
     そうして、すぐに打ち消した。死に際で左右される様な生き方ではなかった、胸を張ってそう言える。断言出来る。

    「( なぁ、おれと心中してくれるか? )」

     眉一つ、呼吸一つ乱さずとも答えは返ってきていた。
     この気持ちを抱いて、海の底まで持っていく。

    「( だよな、たった一人じゃ旅は楽しくないもんな )」

     だからこそ、言わなかった。
     何一つ、いつもと行動を変えることもせず、いつもの様に宴を終えてからの行動は単独で。誰にも怪しまれることがなかった。勘の良い兄弟子にも、好物に囲まれて顔を綻ばせる弟分にも、敬愛する父親にも、勝手に心の片方を預けてしまった男にも。
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