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    John

    ガンヤンと天ヤム万歳20↑文字書き
    今はサチマル沼にずぶずぶ
    尻叩き用、活動メインはpixiv

    https://www.pixiv.net/users/67336437

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    John

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    サチマル続きました。

    ここまでお読みいただいたことに、感謝の念が尽きません。少しだけ私の語りにお付き合い下さい。

    私は海外の児童向けの小説を読むのを趣味にしているのですが、子供の頃に好きだった作品の作者の作品を読み漁る日々が続いていました。うまい!うまい!活字がうまい!!と貪る中で、この作品は面白いけれど私にはちょっと向いてなかったかしらん、と頬杖をつきなが(以下pixiv掲載)

    #ワンピース腐向け
    #サチマル
    #腐向け
    Rot
    #二次創作
    secondaryCreation
    #ワンピース女性向け

    Q.Did you find itA.WORLD BLUE 心の中で、ほんの僅かに気持ちが揺らいだ。
     小石一粒、大海原に投げ込んだところで構いはしないだろうか、と。人生、最後の最後に思い残してしまったら台無しになるだろうか、と。
     そうして、すぐに打ち消した。死に際で左右される様な生き方ではなかった、胸を張ってそう言える。断言出来る。

    「( なぁ、おれと心中してくれるか? )」

     眉一つ、呼吸一つ乱さずとも答えは返ってきていた。
     この気持ちを抱いて、海の底まで持っていく。

    「( だよな、たった一人じゃ旅は楽しくないもんな )」

     だからこそ、言わなかった。
     何一つ、いつもと行動を変えることもせず、いつもの様に宴を終えてからの行動は単独で。誰にも怪しまれることがなかった。勘の良い兄弟子にも、好物に囲まれて顔を綻ばせる弟分にも、敬愛する父親にも、勝手に心の片方を預けてしまった男にも。

     そして、もう一人。

    「─── 言ってくれればよォ……、おれ、渡したぜ?」

     部屋の灯りは着けなかったが、嵐の雷鳴の中で黒い影が驚いたと飛び上がる姿が演技でないと理解できるのが胸の中にも黒い雲を巻き起こし、胃の腑を様々な感情で横殴りにする。

    「いらなかったんだ、悪魔の実なんて…、おれはな?」
    「あぁ〜〜……、そうか、そうだよなァ」

     次の瞬間には、驚愕を飲み込んで振り返る。その黒い瞳の中に、映り込んだ自分の切先は見えているだろうに、引くこともなく親しげに両腕を広げる。

     悪戯が見つかってしまった、子供の様に悪びれなく。

     そういう男だった。

    「分かってるぜ、アンタはそういう男だってな!おれは知ってた、分かってた…だが、行動が速いじゃねェか、驚いたぜ!!流石───、見聞色の覇気においては隊長格随一のサッチ様だよなァ」
    「煽てられても嬉しくはねェな、ティーチ。……一応は聞いておくぜ。…この船が一人で動かすことが出来ねェことくらい、分かってるんじゃないのか?」

     男の口元が笑みの形にぽっかりと開く。升目を塗りつぶした様な、空洞を思わせる歯列。囲む赤黒い歯茎の向こうで轟音と共に荒天を裂いた稲妻がサッチの網膜に焼き付けた影は、肩を組み夢を語り合った姿とはかけ離れていた。

    「ゼハハハハ!!分かってて聞くんじゃねェよ、サッチ隊長!!おれにこう言わせたいんだろ?オヤジの首を落としたとして、アンタが居るんじゃ時間が足らねェ!この実を手に入れるだけで…今夜は逃げるのに精一杯…だろう?なぁ!!」
    「──────……、」
    「なぁ、サッチ!!おれはよ、アンタのことは友達だと思ってる……!!親友だ!これまでも、今でもだ!!」
    「そうか、そりゃあ残念だ」

     皮肉ではない。闇の中でサッチの青白く照らされる頬から僅かに浮かぶ笑みは、理解しての苦い笑みだった。揶揄いではなく、皮肉でもなく本気で思っての言葉だろう。
     サッチもあの瞬間まで、ティーチを心の底から家族と想い友と信じていた。
     宝箱の中から、悪魔の実をサッチが手にした瞬間に一度だけ瞳に覗かせた悍ましいまでの貪欲の視線がなければ、今だって到底受け入れられなかった。

    「だから、一応は聞いておくぜ……サッチ!おれと一緒に行こうぜ!!」
    「───何を…言ってるんだ?」

     ティーチの掌が、水掻きの様に暗闇を掻く。サッチの眉を僅かに動かしたことに気を良くしたか、血走った瞳は爛々と闇の中で光を増すようだった。

    「白ひげの時代も終わりが来る!!分かってるだろ、賢いアンタなら…、永遠なんてものは存在しねェ!!船もいつかは朽ちて沈む!世界最強の男が死ねば、どうなる?」

     互いに庇い合った切先を前にして、マーシャル・D・ティーチは両腕を広げて船を揺るがす暴風に叫ぶ。

    「次に世界最強になる男がその座に就く、それだけだ!そこに正義も悪も、卑怯もねェ!!ゼハハハハ!!来い、サッチ!!おれはお前のことは気に入ってる!頭も切れて、腕も立つ!それに何より、作る飯が美味ェ!」
    「残念だ、ティーチ。心の底から、残念で堪らねェよ」

     サッチの纏う覇気に、嬉々として吠えていたティーチの眉が下がる。その顔は、やっぱりな、という面持ちでもあったし、理解が出来ない、とまるで邪気のない子供の困惑のそれでもあった。

    「おいおい考え直せって……おれ達は友達じゃねェか、サッチ……アンタは殺したくねェ、惜しい」





    「なぁティーチ……惜しまれているうちが、人生、華ってヤツなんだろうよ」








     切先に映った微笑みの意味を、ティーチが理解したのは熟し過ぎた果実が枝から落ちる様にボートに飛び降りてからだった。

     天が慟哭した夜に、辛うじてボートにしがみ付きながら悪態を吐く男が波の間に揺られて流れて行く。その執念ひとつで、沈まない、沈むことを己に許さない爪の剥がれた指先が船縁を引っ掻く。

    「ゼハハハハ…ハ…ハァ……ッ、畜生…!!流石だ、流石だぜ、サッチ……!!そうだよなァ!!」

     こんな機会は二度あるかないか、ティーチの意図を知った白ひげが今後の接触を容易く許すわけがない。それこそ、根底を揺るがす何かが起こり得ない限り、白ひげは決して家族とした船員を殺した者には同等の裁きを与える筈だった。
     ティーチの思考はあくまで合理的に出来ていた。世界を手にする為に、最短の道で進む為ならばそこにない道を引き裂いて出来る犠牲など厭わない。だからこそ、サッチの微笑と共に開かれた腕に理解が一筋の髪ほど及ばなかったのだ。悟った瞬間には、血溜まりに前のめりに倒れる男がいた。

     サッチを連れて行こうと思った気持ちはどこまでも単純で、当然至極の考えだったのだ。仲間にする為なら、脅しの手段はいくらでもあった。サッチという男をそれだけティーチは評価していたが、唯一、海賊らしからぬ捨て切れない情が牙を剥いた。

     一秒後、してやられたと思った。

     たった一秒だ、一秒、混ぜ込まれたブラフに、してやったと思ったか。既に物体に変わってしまった、ティーチがいくら振っても揺すっても、動き出すことはない。

     わざとだ。

     わざと、あの男はティーチの手によって殺されることを選んだ。おくびにも出さず、本気で抗い止めるフリをして、人間死の間際にまで感情を偽ることは出来ない。それを、死への恐怖を僅かにもティーチの鼻先に匂わせずティーチの手によって躊躇いなく自分の幕を一気に引いたのだ。

     氷より冷たい波飛沫と暴風の狭間で、ティーチは狂った様に笑う。痛快だ、白ひげの首をついでに取れればという欲の指先を、まさか命への"覚悟"すら見せず一瞬で自分ごと奈落に切り落とすとは。

    「アンタはそういうヤツだ、サッチィ……ッ、悲しいじゃねェか!こんなにも、こんなにも分かり合えるヤツが、他に居るってのか…!?クソッ……、もうねェぞ、あんな美味ェ………ししゃものパイはよォ!!」

     雨粒が叩き付ける、能力者の代償が獣より獰猛に爪を立てた板一枚から引き剥がそうとする。戻るも地獄、落ちるも地獄、ならば進むしかない。

      
     荒れ狂う海を、それからどう男が生き延びたのか。


     それを知るには、まだもう少し時を待たねばならない。




          ✳︎



    ─── 老眼鏡か?

     唇に紅の色がよく似合う男が指差した、赤い縁の眼鏡はそんなにも老いて見えるものだろうか。

    ─── 馬鹿言え、コイツは伊達だ。そもそも度も何も入っちゃいねェ。

    ─── どういう心境の変化だ、似合っちゃいるが。

    ─── ……見たくないもんが増えちまっただろ。見たくないもんだが、全て視界に入れておかなきゃならねェ。これからの海を…、その義務があると、おれが勝手におれに決めたんだよい。じゃなきゃ、立っていられなくなる。

     墓前では、叢がやわらかな風を受け囁く。
     良い風が吹く様に───、そう祈ってくれた男も家族と共にこの丘に眠っている。肉体は既に海に還って行ったが、魂が眠る場所を墓とするならば安寧の微睡みに揺蕩っていてほしいと、マルコ達の願いが込められていた。

    ─── 自分一人で背負おうとするな、マルコ。

    ─── 別にそんなつもりはさらさらねェよ。だが難儀なもんでな、背中に背負うもんがなけりゃ…この空はちょいと広過ぎる。

    ─── ……結局背負ってんじゃねェか。

    ─── これはもうおれの性分だい、変えられっこねぇよ。

     溜息混じりの言葉だったが、マルコは分かっていた。
     揶揄う様な口振りで、憤りでも良いから気概や気迫と纏められるような、感情の摩擦が僅かにでも起きたなら。そこに生じた熱が、もう一度─── この胸に灯るのではないかと。

    ─── たった一枚の硝子でも、挟んでりゃ見え方がマシになる。

     そう言って、眼鏡の縁を押し上げたマルコにイゾウは返す言葉を探して、その全てが慰めに過ぎないことに気付いては、風がただ咲き並ぶ花の頬を撫でて行くのに視線を落とす。言いたい言葉は山程あったが、たったひとつ掬い上げる言葉の重さに、背を向けて一歩踏み出す。二歩目を踏み出せば、形はどうあれそれは歩みへと変わっていくだろう。

     死んでくれるな、マルコ───。

     その一言が永遠の別れの一言になるのだけは、どうにも我慢ならなかった。




          ✳︎


    「─── じゃあ、えぇと……あれだ。あー…おまえがクラバウターマン、だよな。おれを連れて来てくれだんだろ?」

     腕の中で、このまま時が止まれば良い。
     月並みな言葉も、自然な願いであるなら誰もが待ち合わせる感情に違いなかった。幕が引かれたなら、舞台は終わる。咲き誇る花がいつかは枯れるように、それを自然なものとして受け入れる為に、サッチは抱き寄せ、それに応えてくれた温もりを自分から手放す必要があった。

     それが、サッチなりの覚悟のつもりだった。

     自分が間違いなく、白ひげ海賊団四番隊の元隊長だったなら、マーシャル・D・ティーチ。黒ひげとして恐れられる男に殺されるのが宿命だ。自分を慕ってくれる弟分が居た、という事実は死と向き合うサッチの心をそれでも熱く深くまで湿らせる。自分が殺されて、泣いてくれたのだろう。涙を流していようと、なかろうと、自分の死を心底悼んでくれる家族が存在していた。それは、記憶を失い全くの暗闇だった過去を照らし出す、確かに一筋の光明だった。

    「─── けど、マルコごめん。色々と諦められねェな〜、そこまで聞いちまっててさ」

     自分を愛してくれたという男の腕から、ゆっくり抜け出た時にサッチの胸は既に早鐘を打っていた。来るべき死に向けての恐怖でも、身を引き裂く別離の為とも違う。身から、肌から馴染んでいく、生きるという意志の力がサッチの足元で渦を巻く。

    「サッチ……、」

     身震いする、両腕が何かを求めている。
     しっくり来る様な、"何か"を掌が腰に探している。

    「なぁ、クラバウターマン?おれ、お前の船に乗ってたんだって。なら、知ってるだろ。一つの願いを、何かと引き換えに叶えてくれるんだろ?」

     レインコートの妖精は、砂浜で遊ばせていた足をピタリと止めてサッチを見上げる。フードの下の口元が浮かべる笑みは微笑と言うには余りにも朗らかだ。そんな、代償を願う様な存在には思えない。船乗りに愛された船が、船乗り達の願いを叶えてくれる為に必要なのは、きっと願いの強さだ。

    「……だから、おれの記憶か…。へへ、マルコさんがおれのこと、そんなに好きだったんなら、おれが好きじゃないわけないもんなァ……、マルコさんのおれに会いたいって願いは……おれからのマルコさんへの想いの強さ。つまり、"記憶"で叶えてくれたんだろ?ありがとうな」

     屈み込んだ背中で、流れる小さな呼吸の音が正解だと告げている。聡く賢い男が、その事実に気付いていない訳がなかった。
     破顔うクラバウターマンの木槌を持たない片手から、空の煌めく星が砕けた様に光の粉が夜風に誘われ散って行く。胸は高鳴るが、心は酷く穏やかだった。

    「じゃあさ、おれの願いも叶えてくれる?」

     重ね合ったばかりの唇が、勇気をくれる。
     別れを告げたのは、何も世界の全てに向けてではなかった。

     永遠なんてものは、存在しない。
     花も枯れれば星も消える、国も滅べば人も死ぬ。

    「マルコさんさ、待っててくれる?二年よりは…きっとずっと早いよ。アンタって格好良くて強くて優しくってさァ……たった数ヶ月しか一緒に過ごしてないおれがベタ惚れなんだぜ?きっと、二年前に死んだサッチは、アンタのこともっと好きで大切だったよ」
    「何を……」
    「待ってて」


     サッチは指先を立てて天を指差す。
     釣られて上がったマルコの顔に、あまりに明るい月が見えただろうか。

     クラバウターマンの掌から蝶のように放たれて、夜空の天蓋を滑り降る星々を、その見開いた青い瞳に映しただろうか。






    「───星の速さで、会いに行くから」








     再びマルコが視線を落としたのは、誰も居ない浜辺だった。

     砂浜に落ちた眼鏡、寄せては返す潮騒だけが

     その場にいつまでも、いつまでも静かに響いていた。




          ✳︎



    『きみの願い、もう一度言葉にして聞かせてくれる?』

    「おう!おれの願いは……って、しゃ、しゃ、喋ったァァァァ!?」

    『きみがこの言葉を聞いているなら、きっとお話ししているってことになるね!』

     暗闇の穴をひたすらに滑り落ちて行く感覚は、サッチに向かって笑い掛けた妖精の微笑み一つで星空へと変わる。しかし、レインコートを風圧に靡かせる姿の近さにサッチが仰け反って驚きを露わにする間にも、目まぐるしく包み込む世界は移り変わって行く。

     夕暮れだ。水平線に沈む太陽が橙色に沈む。

     有明の月が、花筏の水面へと浮かぶだろう。

     カシオペアを見上げれば、光る風が吹き抜けた。

     銀河を泳ぐ鯨の群れが、虹色の飛沫を降らせる。


    「……ッッ、死ぬことは怖くねェ…、けどさぁ!!嫌なんだよ、マルコさんが悲しむのも!!おれのせいで、可愛い弟分ってのが死ぬのも…!!そもそも、話聞く限り、おれが悪魔の実を見つけちまったことから始まるじゃん……!!」

     落下して行くのは分かっているが、まるでこの世界に空の彼方から落ち続けているようだった。乱れた前髪が、時折頬を打ったが全て両手で後ろに流してサッチは声を張り上げる。

    「一瞬で良い!!時を駆ける力があるって言うなら、モビー!!おれの…おれにある記憶はもう、マルコさんと過ごした時間しかねェ…!!それ、全部やる…いや、─── 燃やしてくれ……!一瞬をくれ!!」
    『全部燃やしたら、なくなっちゃうよ?』

     失敗したら何も残らない、そう言いたげな口振りではあったが、サッチの決意が揺らぐことはない。胸の中で、今ようやく回り始めた歯車を止める理由にはなり得ない。

    「わーってらぁ!!けど、想いの強さがお前を強くするんだろ、それなら……一番強くて重たい想いを、全部…おれの全部を懸ける!!それに……、」

     時計の針が左回りに回り始める。そんなに強く回ったなら、針が飛んで行ってしまうだろう。それが狙いだった。

    「おれだったら、間違いなく……マルコさんを好きになるってんだよ!!だから、ゼロになったら、もう一度そこから始めりゃ良いんだ!!」
    『─── フフッ!!そろそろつくよ、サッチ』
    「へ?あ、もう?もう!?いや、もうちょっと心の準備と、なんかもうちょい格好付けた台詞の時間を───っおわぁ!!」

     そんな時間はない、と楽しげに笑う妖精が指差した先に光に包まれる空間が広がる。眩しくて、到底目を開けていられない。片腕で目元を覆ったサッチは、それでもこじ開けた薄目で捉えた光の先の闇に自らの意思で一歩踏み込んでいた。

     向かい合う二人の男。

     自分と同じ緑の瞳に、顔の傷はそのままそっくりと同じで。口元と目尻に薄く刻まれた皺よりも目立つ髪型、両手に携えた二本の剣がようやく自分が足りなく思っていた重さの正体なら、サッチが取った行動は本能の範疇だった。

     対として自分に背を向ける小山の様な巨軀は見たのだろうか。頭を覗き込む様に、逆さに覗き込むレインコートの妖精の姿を。フードの下を見たのだろうか。抜け落ちて凹凸の激しい歯列が僅かな動揺に開かれる。想定外のさらに一周外を回る事態を起こそうとしていた。

     広げられた掌の中に───、その右手で掴んでいた禁断の実をサッチは背後から両手で掴む。掴んだ次の瞬間に、船が揺れたは好機だった。

     肩の力の限りに放り投げた果実を、その男なら決して逃しはしない。そう、例えば夜の海に投げ出された馬鈴薯だって拾いに行く男のままであるならば。

     狙う蛇に食わせない為には、どうしたら良い?

     林檎よ、林檎、答えておくれ。

     一口齧れば目が覚める様な───、



     


     全てはここから始まった。





     なら、始めさせなければ良い。

     最初のひとくちを齧った者を生涯呪い続けるという、悪魔の果実を口にしたのは裁きという名の剣を携える男の方だった。

     あとは、もうサッチはよく分からなかった。
     
     右腕に焼きごてを押し付けられた様な、一瞬遅れた痛みがあった。
     誰かの船を引き裂かれんばかりの怒号を聞いた気がした。
     視界に血飛沫が飛んで、サッチの意識は暗く遠くなっていく。


     青い炎が、伏せる間際の瞳の向こうで揺れていた。
     透かすように、続く様に、小さな赤い焔が燃え上がるのが見えた。



     それが、最後にサッチが目にした光景だった。



          ✳︎



     雷鳴だ。
     鳴り響いている、閉じた瞼の中を稲妻が走る。

     嵐だ。
     呼吸が出来ない、暗闇に沈んで行く。



    ─── もう、痛くねェや……。



     自分の形も最早、分からなかった。
     腕も脚も、頭の位置どころか、それらがまだ付いているのかも分からなくなっていく感覚は、眠りに落ちる時に似ていて。それでも唇には、やってやったのだと笑みは確かに浮かんでいただろう。こんな最期なら、まぁ悪くない。微睡の中にゆっくりと自我を沈殿させるのは、もう怖くなかった。

     耳元で、ではなく頭の中で直接囁き掛ける声に、それでも意識を向ける。







    ─── サッチはいつもそうだね。どうしてなんだろう。生きることに、未練はないの?怖くなかったの?

    ─── いつもなんだなぁ……、怖いよ、そりゃ怖くないなんてのは、うそ。

    ─── じゃあ何で、迷わないの。

    ─── 迷う?

    ─── うん、迷わないの。あの時もね、悩まなかった。どうしたら、一番被害が少ないかって考えて、あの夜だって、自分一人がギリギリまで抑えてから殺されれば、それ以外の死亡者は出ないって考えて、ひとりで行動して、誰にも話さなかったの。

    ─── あぁ、そういうこと……。……何でだろうねぇ。

    ─── なんでだろうね?

    ─── ……好きだからだろ。

    ─── すきだから?

    ─── そ、皆のことが好きだから。大好きだから…、比べる必要が、そもそもないってこと。きっと、そうだよ。

    ─── ふぅん……。



    ─── でも…想定外だったんだろうな。ポートガス…いや、エースが、まさか船長の命令を振り切ってまで仇を取りにくるだなんてさ……、……おれ、思ってる以上に愛されてたのかな……?


    ─── それはそう、すごくそう。
     

    ─── ははっ!……、……ま、きっと今度は上手くやるよ…、……なんだか…ねむくなってきたから、きっとこれが最後か……なぁ、モビー…?





    ─── ……なぁに?




    ─── マルコ…さん……、エースも……、…皆が…、……幸せになれる……、……そんな未来……おれ、つくれたかなぁ……、




    ─── ……きっとね、きっと……。







    ─── ……………サッチ?



    ─── ………あのね、サッチ…あのね、



    ─── …またね、サッチ……。



     

          ✳︎







     思えば、馬鹿なことをしたもんだ。

    「( アイツには…あるべき筈の傷がなかった…アイツの傷なら全部覚えている。もっとガキの頃に着いてた筈の傷が……なかったんだ……。)」

     それは一つの仮説だった。
     マルコは、砂浜の上に落ちていた眼鏡を屈んで持ち上げると、湿った砂を掌で必要がないほど繰り返し指先で払い落とす。
     
     サッチについている筈の傷、それはティーチのせいで負ったものだった。故意に付けたのではない、とは今でも思っているが、目立たずに自分の目的の為になら備わる実力を隠し通すことが出来た男だ。失態を演じて、その尻拭いでサッチが傷付く。皆がそれに呆れながらも、サッチは笑って許していた。わざとではないから、と。同じ失敗をする男ではないから、と。
     それが、確か十八かそこらでの歳の頃だった筈なのだ、ティーチはそれよりも遥か前に船に乗っていたのだから。


    ─── なんで黙ってたんだ、サッチ…残っちまうだろうが!一度塞がった傷は治せねえってのに…。

    ─── 怪我は海の男の勲章だろォ〜?ティーチの方がよっぽど重傷だ、見てやってくれよ。

    ─── ゼハハハハ!!火傷で暫くベッドから起き上がれねぇ!助けてくれ、マルコ!

    ─── 馬鹿に付ける薬はねェよい、精々転がったまま反省してろい。

    ─── あっはっは!だとよ、残念だったなティーチ?

    ─── ゼハハハ!馬鹿は死んでも治らねェからな、ムリだ!!




    「─── だから、思ったんだよい。もしかしたら、"おまえ"は……サッチだが、サッチじゃねェ…。おれのサッチじゃなくて、……どこか別の所から来たんじゃないか…ってな」

     黎明の空が広がる。
     高く、高く広がる。
     世界を抱く空に、マルコは片手を伸ばす。

     奪ってしまいたかった、それでもサッチだ。何一つ変わらない。腕の中に閉じ込めて、余計な事から引き離して、恋を囀る雛鳥を自分もだと愛を囁き囲ってしまうのは酷く魅力的だった。

    「それでも…、サッチ……おまえには、おまえの帰る場所があるから……、おまえの船が、鯨が、きっとおまえを呼ぶから……、」

     そうなら、良い。
     そうであれと、願う。

     腕を伸ばした先、翼へと変化させた指先の向こうで青く焔が燃える。何も燃やすことが出来ない、再生の為の焔で送ってやりたかった。高く、高く、金の火の粉が風に乗って舞い上がる。いつしか瞳は閉じられていた。

     このまま、身が解けて大気に溶けていけば良い。

     自由になって、羽ばたいて、昇って、昇って、全てを終えて眠りに就くその時に───、







     その先にあるという楽園に、どうか連れて行ってはくれないだろうか───

















    「マールコ、あんまり沖の方に出るなよ?」














    「──────、」

     
     声が喉から出て来なかった。
     まるで、何年も使っていなかった錆びた楽器の様に変わってしまった喉から押し出されたのは、掠れた空気が通過する音だけだった。

     そんなマルコの様子に、片手を挙げながら男が砂浜に足跡を付けていく。その音が、耳奥で自分の鼓動と同じ速度と重なり、そして自分の心音が遥かに超えていくのを感じていた。青い火の揺らめきが、乱れた心に合わせて身体の半身から溢れていく。男の口調はあくまで穏やかで、どこか間が伸びていて、それでいて決して言葉尻まで消えることのない───いつもの声として耳に響き、マルコの瞳が見開かれていく。


     潮騒が、遠ざかる。


    「おれ、お前が溺れても、もう海中まで拾いに行ってやれねェのよ、忘れちまったか?」

    「………サッチ、」

    「何だよ、その目。おーおー、朝から綺麗に燃えあがっちゃって……どうした寝惚けてんのか」

    「───、サッチ」

    「うん」

    「サッチ」

    「はいよ」

    「サッチ…」

    「そんなに呼ばなくても、サッチさんはここだけど」


     男の右手が頬に触れた、あたたかな温もりが頬を撫でる。陽だまりの中に入り込んだ時のように、伝わる熱がそこに確かに存在していた。



    「海が……今でも、恋しくなるかい」

     マルコの唇が、無意識に動いて言葉を発する。まるで、燃やして、燃やして、揺らめく炎の中を確かめ続けなければ消えてしまう、灯し火の向こうに見えた儚い幻覚を繋ぎ止める様に。

    「そりゃあな、泳げた頃を懐かしいとは思うぜ?」

    「お前は泳ぎが得意だったから」

    「今でも得意よ、溺れるだけ」
      


     風が吹いていた。



    「それを、得意って言えんのか」

    「言えるってんだよ。大荒れの海だって、おれなら渡っていける」

    「海に……、嫌われちまったのに?」

    「海から愛されてるの間違いだろ?」

     
     水平線の彼方から陽が昇る。

     新たに今日という世界を生み出す為に、昨日までの夜を照らす光は再生の金色に薄明を照らしていく。

     波打ち際まで広がっていく朝陽に、眩しそうに垂れた目元を緩めてサッチが笑う。青い海から溢れた涙を拭うために、唇が寄せられる。


    「だから言ってくれよ、マルコ」

    「サッチ」

    「うん」

    「ずっと前から、おれは───、」









    A.WORLD BLUE












     白い鯨に導かれ、航海は続いていく。

     ラット・ラインによじ登れば、真珠の様に輝く波が覗くだろう。
     舳先、賑やかな声に飛沫の笑い。
     船尾での囁き声は、夜の帷にしめやかに。

     上甲板で奏でるアコーディオン!
     大きさ揃わぬ足踏みで、昨日を嘆かず明日を歌おう。


     ザザァン……!

    「しかしまぁ、人の目を海に見立てるなんて…随分と気障な真似をするねい」

     船縁に背中を預け、言葉を交わす男達の頭上ではカモメがクウクゥと長閑に笑い合いながら空を泳ぐように飛んで行く。

    「マルコが寝惚けてたみたいだからさァ、気を利かせてやったんだよ」

    「寝惚けてた、か…そういや、ねぇな」


     マルコは不意に目元へと指先を寄せる。
     掛け慣れたはずの重さが、どこかへと消えていた。


    「ん、忘れもん?」

    「いや、あれは……、」


     首を傾げたサッチの向こうを、派手な音を立てて駆けていく姿が脚元に旋風を立てる。動く顎に、積み上げられたピザのタワー、賑やかすぎる咀嚼音とバッチリ視線が二人と合わさった瞬間に加速していく黒髪の青年からは、小さな炎が飛んで行く。


    「サッチ隊長ぉぉぉ!!!まぁた、まーたエース隊長の盗み食いだ!!今週三回目!!!」
    「ふぁふい、へも、ふぁらへっへへ!!ふぉふぁちふぁふぁり!!ごぶぇん!!」


     扉から押し合いへし合いしながら、フライパンやら麺棒やらの拳を振り上げる四番隊に、すちゃっと片手を上げるだけ上げて逃げ去っていく男と。

    「だぁぁぁ、口から出てますよエース隊長!汚ねェ!!」
    「二番隊、お前らの隊長だろ、何とかしろよ〜〜!!」
    「そうだそうだ、オヤジに言いつけるぞ!!」


    「すんまっせん!ほんとうちの隊長、悪気だけはないんで!!」
    「悪気がないのが悪いところなんだよな〜、捕獲しろ!せめて残りのピザだけでも!」
    「囲め囲め!!」


     二番隊の隊員達が、網を持って慌てて追いかける姿にサッチは高らかに笑って身を起こし、マルコは掌で目元を抑える。

    「や〜れやれ!!二十二にもなって、育ち盛りだぁ?いや、その通りかも知れねェが、ったく…!!」
    「サッチ、おれが行く。灸を据えてやるよい───、久しぶりにな」

     腕捲りして見上げる先、既に両腕を翼に変え、圧倒的な脚力を鉤爪を船縁に引っ掛けるマルコにサッチは首を傾ける。寄港した、我らが船長の故郷に何か忘れてきたのではなかったのか、まだその翼を羽ばたかせれば取りに戻れる距離だった。

    「ん?でもお前、忘れもんは良いの?スフィンクスまでひとっ飛び…、うわっち!!」


     



     空は青く晴れ渡り、帆に受けるは追い風。

     今日も船は大海原を進んでいく。
     



    「良いんだよい。おれにはもう、必要ないものだからな…!待てよい、エース!!」

    「ははッ!そりゃあ、何よりで…!」





     これからも、この青の世界を──────。










    Special thanks to you


     
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    Replies from the creator

    John

    DONEサチマル続きました。

    ここまでお読みいただいたことに、感謝の念が尽きません。少しだけ私の語りにお付き合い下さい。

    私は海外の児童向けの小説を読むのを趣味にしているのですが、子供の頃に好きだった作品の作者の作品を読み漁る日々が続いていました。うまい!うまい!活字がうまい!!と貪る中で、この作品は面白いけれど私にはちょっと向いてなかったかしらん、と頬杖をつきなが(以下pixiv掲載)
    Q.Did you find it 心の中で、ほんの僅かに気持ちが揺らいだ。
     小石一粒、大海原に投げ込んだところで構いはしないだろうか、と。人生、最後の最後に思い残してしまったら台無しになるだろうか、と。
     そうして、すぐに打ち消した。死に際で左右される様な生き方ではなかった、胸を張ってそう言える。断言出来る。

    「( なぁ、おれと心中してくれるか? )」

     眉一つ、呼吸一つ乱さずとも答えは返ってきていた。
     この気持ちを抱いて、海の底まで持っていく。

    「( だよな、たった一人じゃ旅は楽しくないもんな )」

     だからこそ、言わなかった。
     何一つ、いつもと行動を変えることもせず、いつもの様に宴を終えてからの行動は単独で。誰にも怪しまれることがなかった。勘の良い兄弟子にも、好物に囲まれて顔を綻ばせる弟分にも、敬愛する父親にも、勝手に心の片方を預けてしまった男にも。
    11724

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    John

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    Q.Did you find it 心の中で、ほんの僅かに気持ちが揺らいだ。
     小石一粒、大海原に投げ込んだところで構いはしないだろうか、と。人生、最後の最後に思い残してしまったら台無しになるだろうか、と。
     そうして、すぐに打ち消した。死に際で左右される様な生き方ではなかった、胸を張ってそう言える。断言出来る。

    「( なぁ、おれと心中してくれるか? )」

     眉一つ、呼吸一つ乱さずとも答えは返ってきていた。
     この気持ちを抱いて、海の底まで持っていく。

    「( だよな、たった一人じゃ旅は楽しくないもんな )」

     だからこそ、言わなかった。
     何一つ、いつもと行動を変えることもせず、いつもの様に宴を終えてからの行動は単独で。誰にも怪しまれることがなかった。勘の良い兄弟子にも、好物に囲まれて顔を綻ばせる弟分にも、敬愛する父親にも、勝手に心の片方を預けてしまった男にも。
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