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    aoirei0022

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    円か「一郎」
    お父さんという言葉が世界一見た目でいうと不思議な義父が、僕を呼ぶ。
    本を読んでいる時に話しかけてくるなんて珍しい。

    「ん?」
    とはいえ、あと少しでこの本も読み終わるので別に後回しにしたって構わない。

    「チェスで遊ばない?」

    「なんで今言う?」

    「ああー、片付けしてたら昔メフィスト2世に貰ったチェスセットが出てきてさ、
    やりたいなーって思ったけどほら、他にできる人が居ないから」

    「いいけど、何賭ける?」

    「一郎、お金は魔界でも掛けちゃ駄目だよ」

    「一言も金銭とは言ってない」

    「よろしい」

    「もー、どうせ新しい古文書解読で詰まったんだろう」

    「うっ」

    この人は、よくこうやって研究に行き詰ると子どもみたいなことを言う。見た目は僕と
    同じくらいなのに中身は大人だ。

    「で?何くれるの」

    「そうだなあ、一郎が読みたい本取り寄せるよ」

    「何冊?」

    「世界中に散らばってなければ、欲しいだけ」

    「じゃあいいけど」

    僕の義父は変な父さんである。
    子どもっぽかったり、大人びていたり、あまり過去のことは話さない人だけど、
    百目や、こうもり猫が言っていた。僕の「おとうさん」は、凄いんだって。

    「ルールは?」

    「フィフティムーブでどう?」

    「いいけど、駒動かすのが面倒かも」

    「一郎ー、これメフィスト・フェレス家のチェス盤だよ。駒は声で動く」

    とんでもない物が出てきた。こういう所が、凄いと思う。

    「それ、売ったら高そう」

    「駄目だって、これ魔界の物だから」
    叱ってるのかたしなめられているのか分らないけど、頭を撫でてくる。

    「1回勝負で」
    頭を撫でられるほど子どもではないので、ちょっと避けながら提案する。

    「いいよ」
    にこっと、義父が笑って撫でるのをやめる。
    起きてる時は、なんだか嫌だけど寝る前にそうされるのは嫌じゃない。
    ここに来て数年経って、ここが家でしばらくはここで生活すると聞かされてから、
    どうやら僕は人間だったということを知った。
    人間は、あまり魔界に長居したり、人間が居ないところで生きるものではない。
    だから、もう少し勉強したら、僕は人間界で暮らすらしい。一人で。
    もう少し、という言葉は非常に曖昧だ。

    心理学でいうところの、ミルクの表現が調度似ている。
    コップにミルクが「これしかない」と思う人もいれば、「こんなにある」と思う人も居るし、
    「ちょうどいい」と思う人もいる。だから、義父はきっと”これしかない”から人間なのに魔界に居るんだと思う。

    「スコアシートは?」

    「羽ペンにやってもらおうか」
    そうして、義父は丸まった羊皮紙とインク、羽ペンを持ってきた。
    これを魔術で動かしながらチェスをする気か?やっぱり変な人だ。

    「ブラックとホワイトどっちがいい?一郎」

    「ブラック」

    「一郎は黒色が好きだねえ」

    「無難だろ、黒色」

    64マスの木製チェス盤が勝手に展開し、ポーン、ナイト、ルーク、ビショップ、クイーン、キングが黒色白色共に配置に着く。
    勝手に駒が動くなら一人でやっても面白そうだと思ってしまう。
    それでも不器用な、この人は自分と何かしら関わろうとしているのだ。

    チェスは駒を動かすことを手(ムーブ)というがようするにフィフティムーブは引き分けのことだ。
    およそ100手でチェスは行われるが、公式ルールにのっとれば、50手の間白も黒もポーンが動かない、
    もしくはどの駒も取られていない時。

    自分の番の時、スコアシートに記入すること。

    ドローを要求してから駒を動かすこと。

    単純なルールしか知らないが、チェスは好きだ。
    それも勝手に動く駒なんて見るのは初めてだし、勝っても負けても面白そうだと思う。

    「じゃあ、はじめようか、先行は一郎からお願い」

    義父はチェスが得意だ。
    通常やって勝ったことは数回しかない。それも、多分寝不足で、ぼんやりしている時にした時くらいだろう。
    僕がもっと幼い頃。いつも忙しくペンを動かしている義父の姿を、遠目に見ていた。
    じっと見ていると気づかれるので、本に隠れて。
    時々、メフィスト2世とチェスをしているのを見たことがある。その時、義父がとても強くて驚いた。
    いつも笑っていて、こういったものすら競いごとは好まないのかと思っていた。

    「いいよ。e4にポーン」

    言葉通り、駒が動く。
    やっぱり見てるだけでも面白いかもしれない。あの時、メフィスト2世としていたチェスはいわゆる
    スピードチェスで、どちらも強かったと思う。

    「e5にポーン」
    ああ、もう初手から読まれている。チェスには何通りもオープニングの手があるが、きっともう僕が何を考えているか、分って遊んでいるんだろう。
    でも、動くチェスの駒はとても不思議で面白かった。駒同士がまるで本当に争っているように活き活きと動いていた。僕はその時イーブンまでいいところまでいったが結局負けてしまった。
    でも、いい勝負だったからねと、ねだっていた本を取り寄せてくれた。それがとてもうれしかった。


                          ※

     あれから数年後、ほとんど放逐に近い状態で、僕は人間界に放りだされた。
    世の中のしあわせを考える研究、とやらをしないと「悪魔くん」は成り立たないらしい。
    でも、僕は笛にヒビを入れたし、音は鳴らなかった。
    ほんとうは、僕はただの人間で何者でもないのではないのかと、義父に問いただしたことがある。

    ほとんど自分が仕掛けた喧嘩だったと思う。
    義父は、見た目が全く変わっていない。子どもみたいだ。だけど、言っていることは確かに大人の
    言葉だった。

    それが、いやだった。
    父親なんていらない。
    友達もいらない。
    ほんとうに好きでいたかったのは、ただ本を読んで時々義父と過ごす穏やかな時間だけだった。


     稀代の魔術師、ソロモンが残した笛。ソロモンといえば笛ではなく指輪のはずだと思う。
    だからこの笛はきっと元々笛ではなくて、魔術式だったのだろう。
    最後に得た、オクシュリン地方で出土されたパピルス紙には、こう記されていた。

    『その目が、その扉が、鍵を成し、翼を与え、祝福となる』

    つまり、笛でなくてもいい。
    しかしそのほうが人間にとって分りやすいということだ。

    目の前で、朽ち果てた家と義父を見た時、友達の額に銃を撃った時、そのどちらもが
    僕の精神を混乱させた。
    最後に得た情報を持った時、おそらくそれは心という名前の扉を開いた。

    一人になったと、ずっと思っていた。
    穏やかで静かな世界から、喧騒と問題ばかり起こる人間界で暮らし始めた頃、
    ずっと、義父から捨てられたと思っていた。

    でも、それは間違いで、困ればいつでも義父は自分の所へ来てくれていた。

    だけど、それでも
    僕はただ、隣に並び立つ資格が無くても
    追いつきたかった。


    「一郎?」
    即席ラーメンの入っていた丼を持った義父が、側にいた。

    「いや、完飲するな、体に悪いだろ」

    「えっ、ラーメンのスープって飲んじゃ駄目だっけ?!」

    「即席ラーメンだぞ。良い訳ないだろ」

    「具体的に、どう悪いの!?」

    「塩分含有量の多さ・・・・・・、おい分って聞いてるだろこのクソ親父」

    「へへ。バレちゃったか」
    僕が歳をとっても、義父は代わらない。背も僕が随分追い越してしまった。

    「何年、アンタと付き合ってると思ってるんだ」

    「そうだね。大きくなったね、一郎」
    やさしい声、やさしい笑顔。
    幼い頃、眠れなくて泣いていた時、いつでも部屋まで来て、眠るまで本を読んでくれた。
    子どもの頃は、同い年の友人のようにふるまってくれたこともあった。

    「先週と変わってない」

    「先週の話じゃなくってさ」

    どうしようもないほど、お人よしで誰にでも優しく、義父のほうがずっとこの術公式に相応しい
    と思う。

    「死神ラーメン、食わせろよ。今度」

    「・・・・・うん!、行こう。案内するよ」

    僕は、あなたにいつも追いつけない。
    あなたが、あなたでいる限り。それでも、僕を思っていてくれるのは十分過ぎるほど分ってる。
    分っているけど、それを伝えられるほどの度胸も無い、僕はまだ子どもだ。
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