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    aoirei0022

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    aoirei0022

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    連作最終話です!

    (4)愛だとか恋だとかその日、少しだけケガをした。
    自分で林檎を切った時に、ほんの少しだけ指先にナイフの刃が当たったのだ。
    すぐに止血して、清潔を保つように創部をパッドで巻いた。こうやって湿潤させることで自分の体が勝手に直すそうだ。

    僕が、人間界に来てからそんなに時間が経っていない頃は、重力の差に苦労し階段でよく転んだり、魔法陣と護符以外の魔術操作を禁じられていたので、怪我が絶えなかった時期があった。

    「あれ、悪魔くん手どうしたの」

    買出しから戻ってきたメフィストに声を掛けられた。

    「切った。長さ1.5cm深さ1mmで大したことはない」

    「切った!?」

    「だから、大したこ」
    「大丈夫!????」

    いや、どちらかというと君が今捻り上げている僕の左腕が結構痛い。

    「問題ないから、続けてるんだ。手元が狂っただけだ」

    「なんで林檎なんて切ってたのさ」

    「昨日話をしたから」

    「あ」

     昨晩君が、旅先の話をするのを僕はずっと聴いて過ごした。どこかへ行く時間が
    あるというのはとても良いと思う。それも、大切な家族と。
    彼の声はいつだって心地いい。面白おかしく、実際にあったことを語る能力が高い。

    件の本を片付けた礼に、デザートを作ってもらったという話になり、その時の飾り切りが凄かったから練習したいと、メフィストが言ったりしている中でそういえば、うさぎの林檎は自分も作った事があるな、と思った。

    深くは思い出せないが、義父の焼いたホットケーキしか食べない時期があったらしく困り果てた義父がメフィスト2世に相談して、しばらく違う食事になるものを考案していたそうだ。最初に食いついたのが、うさぎの林檎だったらしい。
    おぼろげながら記憶がある。
    『なにこれ、うさぎ?』
    おとうさんが、おじさんと一緒に切ったんだよ、とメフィスト2世が言った。
    『たべていいの?』
    もちろん、うさぎさんも、一郎君食べてねって言ってるよ。
    『うん』

    「あまり、上手くないが」
    少し不恰好な林檎のうさぎが乗った皿をメフィストに渡す。

    「え、これ俺に?」

    「いらないなら、僕が食べるが」

    「食べるよ、食べる食べる!!」

    そうか、わかったから、そろそろ左腕を離して欲しい。

    「その林檎を食べたら、ホットケーキを焼いてくれ」

    「了解了解。上手いじゃん、ウサギりんごってさ、うちのパパが得意なんだよな」

    そう。義父は、下手くそで、君の父親はとても上手だった。3人で競って作ったこともあったな。
    林檎は林檎だし、不恰好でも兎は兎だった。
    初めて食べた林檎は、甘くて美味しかった。
    彼の父親がメフィスト老の城からもらってきたという蜜林檎。その名前の通り、蜂蜜のように甘い。

    「可愛いからかわいそうなんだけど、林檎は林檎だしな~。うま」

    そうか、良かった。そろそろ腕を離して欲しい。
    「メフィスト」

    「うん?」

    「腕」

    「あ!!!!!!!」

    声を掛けた瞬間に彼は間違えて手を離すのではなく握りしめた。

    結果として骨にヒビが入った。診断名は左尺骨骨折である。

    そういう訳で、僕は今魔界の自室に居る。
    こちらでは魔術禁止令が無いので左腕が使えなくとも、どうとでもなるのだ。


    M-『悪魔くん、調子どう?』
    魔界専用の回線から、ディスプレイにメフィストのメッセージが写った。
    人間界と魔界の双方向から送っても日本語になるそうだ。
    メフィスト2世の電子機器への熱心さはどこからきているのかわからないがこれも彼の
    作ったものに、義父が魔術式を入れ込んだ試作品である。

    I-『動かさなければ何も感じない。人間界だと不便だが、こちらでは問題ない』

    M-『ごめん』

    I-『君のせいじゃない、早く言わなかったのが悪いんだ僕が』

    言うタイミングが無かっただけだ。そんな簡単に腕が折れるとは思っていなかったから。

    M-『また、しばらく会えないな』

    I-『今、会話してる』

    M-『会いたい』

    なぜ?一昨日会っただろう。多少事故ったが。と思う。

    M-『せっかく帰ってきたのに、顔が見れないのは寂しいよ』

    I-『映像もつけるか?』

    M-『いや、そういうことじゃなくてさ』

    その後、メッセージが途切れた。
    僕はしばらく本の続きをベッドで読むことにした。重力操作の魔法は便利だ。
    どんなに分厚い写本でも、どんなに大きな本でも重さを感じない。
    このくらいだったら普段から使用してもいいのではないかと思う。

    どうせなら、もっと楽な服に着替えよう。
    どのみちベッドから移動するつもりがない訳だし。
    本来シャツを脱ぐ為には折れた腕も動かさないといけないが、これも重力反転を細かく操作すると、腕を曲げなくても服が脱げる。

    脱いでいる間にノック音がした。義父だと思い込んで、そのままシャツを脱いでいると
    入ってきたのがメフィストだったので、驚いた。

    「ごめん、着替えて!!!」

    ドアを閉められた。
    いや、別にいいだろ上を脱いでいたくらいでそんな。と思いながらナイトシャツを羽織る。まあ、彼の家系は魔界では非常に高貴なはずなので、行儀作法には厳しいのかもしれないな。
    固いジーンズもポケットの中身も全部ベッドに置いておく。ここでは無用の産物だ。
    シャツだけだとまたメフィストが驚くかもしれないな、と思いクロップドパンツの麻生地のものを履いた。

    「メフィスト、着替えたが」

    「あ、ああ。それパジャマ?」

    「まあ、そうだな」

    「大丈夫かよ、腕」

    「腕というか骨だ」

    「ごめんな」

    「あの程度で折れるとは思わなかったから言うのが遅れただけだ」

    「俺、普段は悪魔くんの魔力付与が無いと人間と力は変わらないんだけど多分あの本にあてられていたんだと思う」

    「ああ、今倉庫に眠っているアレか」

    先だって彼が家族旅行で留守中に、旅先から送られてきた写真に写っていた本のことだ。義父が封印し所蔵している。

    「ホットケーキ、焼いてきた。食べれそう?」

    「ああ」

    幼い頃ホットケーキばかり食べていた。次は林檎を食べるようになった。それから、
    色々なものを口にするようになって、今はまたホットケーキに戻っている。
    彼の持ってきた蓋付のバスケットには、今さっき焼いたばかりのホットケーキとメープルシロップ。それにバターの瓶。

    「そこ座れる?」
    ああそうだ彼に魔術のことを言ってなかったのだった。
    「問題ない」
    右手で椅子を引いて腰掛けると、メフィストがほっとしたように笑った。
    いや、そんな大げさな話ではなくて、なんなら治療中はここで生活している方がいろいろ
    楽なのだということを伝えられないまま彼がお茶の用意をしてくれている。

    「この間、林檎ありがとう。おいしかった」

    「そうか」

    メフィストの声は穏やかだった。あの日ただ林檎を切っただけなのに君は酷く喜んでいたな。その後骨折したからある意味いつもと変わらない変な日常になったけど。

    魔術の事を言い出す空気じゃなくなったのは僕でも分る。彼の話に頷くしかなかった。

    布巾で丁寧にナイフを磨いて、バスケットの中からメフィストは林檎を取り出した。

    「これ、一緒に食べたかったなって思ってさ」
    そういって、彼は薄い手袋をして丁寧に林檎を切っていく。ああ、昔メフィスト2世がやっていた仕草と同じだ。きっと彼も父親から習ったのだろう。手のなかで、林檎が兎に変わっていく。
    ほんの数十年も経たない頃の記憶が更新される。これからは君と僕で、これを作るんだ。

    「はい」
    メフィストは極斜めに兎になった林檎をフォークにさして、ホットケーキに添えてくれた。

    「君は?」

    「林檎だけでいいや。ホットケーキって焼いてると、おなか一杯になるんだよ」
    それは矛盾している。
    けど、彼の言葉を否定する気分にはならず、片手でフォークを使いながら林檎を口にした。

    「甘い」

    「どう?こっちの世界で育った林檎なんだよ。薬草ばっかりじゃ嫌だろ?」

    「ああ、そういうことか」

    甘く煮たりんごのような味がする。いつもより少しだけ甘くないホットケーキと良く合う。
    彼はもう一つ林檎を取り出して同じように切っていった。多分それは、人間界の林檎だ。
    青林檎だった。

    「こっちも食べる?」

    「一つ食べる」

    というと君は、もう一度フォークに林檎を刺し今度は食べさせようとしてきた。
    こうなると僕はもはや言い出す機会を失い、ただ林檎食べさせられるしかなかった。

    「林檎と梨どっち派?」
    その後は当たり前のようにメフィストは自身も林檎を口にした。

    「どっちも美味いだろ」

    「俺は梨かなあ。季節によるけど」

    「そういえばこの赤い林檎、君の祖父の城のものか?」

    「え?よく分ったな、そうだよ。林檎園があるんだよ」

    「昔、食べた事がある味だったから」

    「ええ??」

    僕の話を少しも推察できない様子の彼を見て、僕は自然と笑っていた。
    君は人の話を聞くのがちょっと下手だぞ、と。
    君には言わないでおくことにした。その方がこれからも、面白そうだからだ。
    メフィストは、突然笑いだした僕にあ然として、ややあってから彼も、何だよと笑った。
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