拗ね拗ねの貴方「いいわよね、君は」
はて。何のことやらと首を傾げた綾人を見ても、千織はそれ以上口を開かなかった。
しかしその横顔はまだものを言いたげだ。それを眺めながら湯呑みを口に運んだせいか、熱い茶に触れた舌先が痺れてしまう。空気に触れさせるよう舌を突き出した間抜けな表情はいつもならば眉毛を下げて馬鹿ねと笑ってもらえるはずなのだが、代わりに寄越されたのは呆れたようなため息だった。
怒っているのだ、千織は。感情の機微に聡い綾人は気づいた。それと同時に体が強張った。
これが余所の誰かならば自分の機嫌は自分で取れと放置するところだったが、千織相手となればそうはいかない。綾人の隣では笑っていてほしいし、少しでも楽しく、心地よく思ってほしい。綾人も惚れた女には弱かった。当然だ、これでもただの人である。
1940