愚者のシャンパン 公演の幕が下り、張り詰めていた熱気がやわく解ける。気安い騒めきがそこここで立ち上り、フロアスタッフに当たっていたキャストらもまた、事前に受けていたオーダーに従ってドリンクやデザートを運び、客席はにわかに雑音の紗幕に覆われていった。
他の客の目につきにくく、しかし舞台を臨むには格好の一席に座する早希の姿を、シンは公演の途中から目を離すことなく観察していた。点灯した天井灯に照らされた彼女の様子を改めて見つめ、確信する。
他の客の気を引かないよう靴音を選びながら、シンは一度バックステージへ下がった。手早く整えたトレーを片手に、あらためて早希のいるテーブルへ近づいてゆく。
その気配に気づいた早希が、最早ただの暗がりと化した舞台へと未だ留め続けていた視線をシンへと向ける。平素であれば他者への思慮と博愛で満たされたその瞳が、今はうっとりと潤むように、あるいは何かに魅入られ眩まされたように、卓上のライトを反射して過剰なほどに煌めいていた。
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