キス「天城」
名前を呼んだ瞬間に近いなと思ってしまった。週末に控えている仕事のことで訊いておきたい内容があったから呼び止めただけだというのに、天城の足が止まるのが想定より速くこちらが多めに踏み出していた。とはいえ、ただ近いと天城にからかわれるなりして終わる距離感のはずだった。
天城が振り返ったと同時に唇に何かが掠った。当たったとかぶつかったではなく、掠ったのだ。瞬きの間程度の時間で最初は何が掠ったのかすら理解できなかった。けれど、俺より先に状況を理解した天城が固まった表情のまま口元を手で隠してゆっくりと後ろに下がっていく。あの天城が表情を変えず何も言葉を発しないでいる時点で何かが起こったことは明白だ。ほとんど無意識のうちに俺が自分の唇を触ってしまうと天城が声を上げた。すでに人一人分くらいの距離は離れている。
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