花よりも光よりも ー夜ー 宿の中にも関わらず、ふわりと漂った花の香りに気付いて、阿国はそうか、と微笑して振り向く。暮れ始めた外、俄に薄暗い背後の土間の小上がり。そこに腰掛けながら七緒が足の汚れを払っている。彼女が身動ぐ度に微かに揺蕩うその香りは、きっと阿国自身にも纏わっているだろうそれと同じはずだった。それは昼間、溢れる光と花と共にこの腕に抱いた彼女の温もりの残滓。愛しく、自らをも包み込んだ彼女からの贈り物だ。
「今日は疲れたろう?湯殿があるようだから先に行っておいで」
「はい、ありがとうございます。阿国さんは?」
「わたしは支度がかかるから後で続くよ」
「はーい」
二人で宿の部屋に向かいながら軽く予定を交わす。折角の甘い香りを落としてしまうのは名残惜しかったが、花を集めることに夢中になっていたという七緒には砂汚れが多い。
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