いわく、〝キスしてくれなきゃ帰さねえ〟「なんでキスしてくんねーんだよおおおおお」
下半身にしがみついてくる腕は振りほどこうにもほどけない。無駄に筋肉ばかり付けやがって。ゴリラか、ゴリラだな。
この居酒屋は全個室だが、さすがに防音措置はされていないので、きっと杉元の情けない喚き声は店中に聞こえているだろう。クソ野郎、と尾形は舌を打つ。入室した時のへらりと笑った赤い顔を見た時点で帰るべきだった。
そもそも尾形と杉元は世間一般的には〝友人〟である。決してお互い認めようとは思わないが、分類するとそれが一番近しい単語だ。それなのにキス云々の話になった発端は、もはや尾形にもわからない。
明日は早朝から出張の予定である。起床時間は4時。始発の電車でトンボ帰りのハードスケジュールだ。
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