無「文次郎、お待たせ」
駅の改札を抜けると、見覚えのある後ろ姿が見え声をかけると同時にその人を覗き込むように前に回った。いつもと変わらない、実年齢より少し上に見える顔は相変わらず隈が浮かんでいた。
「それ止めろ。人違いだったらどうするんだ」
「そのときは謝る。というか、私が文次郎のこと見間違えるわけないでしょ」
そう言うと文次郎は私の顔を少しだけ見つめたあと、鼻から小さく溜め息をついて「行くぞ」と一言だけ告げた。相変わらず優しくない。そう思いながら後ろを付けるように行くと少し進んだとこで文次郎は足を止めていて、私が隣に来るとさも当然かのように私の左手を包むかのように右手を差し出した。痛くはないが程よく力が込められて、その強さが嬉しくて思わず笑うと文次郎は不思議そうな顔をしていた。
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