ぽろ、と叩いた鍵盤に、細く緻密な音が鳴る。いつも弾いている白と黒の階段よりもいくらか重いそれは、自宅にはおおよそ置くことの出来ないグランドピアノだからだろう。学校の体育館舞台横に置かれた黒い楽器は、愛用のキーボードよりも随分高そうだった。
この学校には吹奏楽部がない。聞く話によれば遥か昔に入部生が途絶えて廃部になったのだという話だった。代わりに、というわけではないが、高校時代の内に楽器へ触れたいと願ったこの学校の学生たちは街の交響楽団に入ることが多いらしい。幼少期からアコースティックギターやキーボードを始めとした楽器類に馴染みがあった甲斐田も、最初はその予定であった。──一年生の春、偶然知り合った不破という青年に出会うまでは。
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