「しまった」
マッチの箱を開けてから気づく。そういえば、昼前に煙草を吸った時最後のマッチだと思ったはずなのに、忙しさに取り紛れすっかり忘れていた。
グリュックはタバコを咥えたまま、ポケットに新しいマッチの箱がないか探ったが、その指は布を撫でただけだった。
ため息が出る。
「いかがなさいましたか」
後ろに控えていたマハトが声をかけてきた。
人間社会のことなど、つい先日までまるで知らなかったはずの「魔族」であるのに。
つい先日表舞台に立ったばかりとは思えないほどの小慣れた口調とタイミングだ。
魔族の本当の恐ろしさとはこれなのだ、と実感せざるを得ない。
「マッチを切らしていた。」
グリュックは、シガレットケースの中に一本でもマッチが紛れていないかと角を何度か弾いてみる。だがケースの中で踊ったのは巻きタバコたちだけだった。
1939