Knights of Night① 普段とさして変わりのない日だった。
市中巡回の途中、その気配を捉えるまでは。
「どうかしましたか?」
「吸血鬼の気配がする」
斜め後ろから聞いてきたサギョウに答えつつ、踵を返して足を進めたのは今しがた通ってきた路地。
だがそこには誰もいない、何もいない。
数十秒前に通過したときと寸分の変わりもない。
「……います?」
「いない、ように見える」
立ち止まり、視覚ではなく嗅覚でもなく、五感とは別の感覚で追った気配は微かなもの。
辿るように振り向いた先には警戒を滲ませたサギョウの姿、その頭の上には吸血ゴボウのゴビー。
「……妙だな、確かにこの辺りから感じるのだが」
「ゴビーの気配と混ざっちゃってるんですかね? 僕ら少し離れてみますよ」
着けていたマスクを外しかけた俺に頷くや否や、サギョウはこちらに身体を向けたまま後退った。
そうして俺たちの間に、徐々に開いていく距離。だが、
何 か が お か し い ──
「ゴビーだけこちらに来い!」
自覚なしに、俺の声と、そして顔つきは切迫していたのだろう、サギョウとゴビーは一瞬にして目を丸くし、そして身体をびくりと跳ねさせた。
「ゴビー! 先輩の言うとおりに!」
それでもサギョウはすぐに頭の上のゴビーを地に下ろし俺の方へ向かうよう促した。
そうして少し離れた場所にひとりいるサギョウに、俺は、今まで向けたことなどない、意識を向けた。
返されるのは、何事かという疑念はありつつも真っ直ぐな視線。
視界の外でゴビーが俺の足にしがみ付いた。
「……サギョウ、ここ最近、初見の吸血鬼と接触したか?」
「していません!」
きっぱりとした否定に深まる疑問。だが今の質問で察したのだろう、まさかという顔をしながら俺からさらに距離を取ろうとしたサギョウを咄嗟に止めた。
「そこでいい! すぐに届く範囲からは離れるな!」
サギョウとの今の距離は約三歩分、それでも駆けて飛べば一歩で辿り着ける。
何が起きているのかは分からない、ともすれば俺もまた巻き込まれるかもしれない、そうなればサギョウを助けられなくなるからと少しの距離はとった、しかしこれ以上遠ければ万が一の際に間に合わない可能性がある。
「吸血鬼の気配は──」
俺の声で足を止めたサギョウにゆっくりと、告げた。
「お前からだ、サギョウ」
それが何故なのか、判明させなければとマスクの下で歯を軋ませた俺の言葉を聞いて──ある程度は予想していたのだろう、驚きよりもどこか苛立たしそうに歪んだサギョウの、目の色が、変わった。
比喩ではなく実際に。
サギョウの虹彩は深い焦茶色で、夜の暗がりではほとんど黒い。そのはずだ、見紛うはずもない、なのに、それが一瞬にして真紅に染まり変わり──
にやりと、凶悪な、笑みの形になった。
そして
「素晴らしい! 合格じゃ!」
そう言って満足げに高笑いする、サギョウの姿をした何かに、俺はただ呆然とするしか、なかった。