Knights of Night⑦「少々声が高いぞ」
「お前のせいだけどぉぉぁあ」
「すまぬな騒がしくて……ああほれ、サギョウとやら、ぬしが騒ぐからこのダンピールに唾液が飛んだぞ、手巾はいずこにある?」
「だからお前のせいだけど しゅきん ……ああハンカチ ならズボンの尻ポケットにあるよ! 右側!」
「ふむ、ここじゃな……どれ、拭いてやろう、重ね重ねすまな──これ動くでないダンピールよ、大人しくしておらぬと拭けぬであろう」
「すみません先輩ちょっと考え事してて……だからあんま近付くなよお前! 距離感おかしいぞ!」
「……お前たち、ふたりとも、一度黙れ、そして吸血鬼、少し離れろ……」
言いながら俺の方が後ずさった。至近距離で交互に、いつの間にか目の色どころか表情までころころと変えて諍いながらハンドタオルをこっちの顔に当ててくる手から離れるために。
全くもって酷い状況だ。きりきりと締まり痛む頭を抱えてついた溜息もなんのその、サギョウとその中の吸血鬼は
「やれやれ……サギョウ、ぬしが騒ぐからダンピールが機嫌を損ねたではないか」
「僕は悪くないわ!」
などと言い合いをしている、が──
この吸血鬼の言い分、というよりも行動は、ある意味に於いては正しかった。
離れていたのはほんの数歩分、にもかかわらず眼前まで迫ったあの瞬間、マスクの有無関係なしに曖昧だった気配は濃く強く鼻腔のさらに奥へ突き刺さった。
吸血鬼の気配には共通性がある、だからこそ混ざると特定しづらくもなる。だが一方で、細分化すればそこには明確な違いがある。それは指紋のように細やかで、一見で区分するには労を要する、が、突き抜けた特徴を掴めば嗅ぎ分けるのは、可能──そして
この吸血鬼の気配は、まさにその突き抜けた特徴を持っていた。
言葉にはし難い、ただ俺がそう感じただけだ。だが──
「……向こうだ」
「分かったのか」
「分かったんですか」
交互に驚きの声を上げた──ふたり、と言うべきだろう──サギョウと吸血鬼に顎先で方向を示して頷いてから、俺はずっと足にしがみついていたゴビーを手のひらに乗せた。
「どれだけの距離がある場所かは分からんがな」
「充分じゃ! 素晴らしいぞ! 朕が見込んだだけのことはある!」
「調子乗んなよお前ぇ!」
「……行くぞ」
顔の前で両手をぱん、と音を立てながら合わせて明るく笑った──吸血鬼に背を向けて、歩き出したとき、
「のう、ところでこれは朕が担いだままで良いのか?」
一応付いてきながら、サギョウの中の吸血鬼が尋ねてきた。
「これ、とは?」
「これじゃ、この、固く重い銃じゃよ」
首だけで振り向くとそこにはどこか不満げな顔。
「こんなものを持ったまま歩くのは辛い、ダンピールのぬし、持ってくれ。サギョウとやら、それで構わんか?」
「あ あぁ……や、そりゃお前が持ってるよりは先輩が持っていてくれた方がこっちとしちゃ安心だし有難いけど……先輩、いいです?」
紅い瞳の不満顔、そこから変わった焦茶色の瞳は一瞬驚きを見せ、それから申し訳なさそうに眉を八の字にした。
俺は、一度足を止めて、今度は身体ごと振り向いて、手を差し出した。
「……預かる」
「すみません」
「よし、では頼むぞ。案内も同様にの」
「なんっっでお前は偉そうなんだよぉぉぉあ」
途中にっこりと笑った紅い瞳に溜息をつきつつ、俺は捉えた気配の元へ歩みを再開した。