沈めても沈めても浮かび上がるのは 眠り入る寸前の時に、うたた寝をする時に、必ずと言っていいほど見る夢がある。俺はそこでは花屋をしていて、狡噛はその店の客として現れる。季節の花を頼みたいのですが、そうですね、ではこちらはいかがでしょうか? 会話はいつも違うが、ありふれた感触でそれは始まる。俺は花を束ねながら、これは嘘だと勘づいている。嘘じゃないな、夢だと気づいている。狡噛は花束を愛でるような男ではないし、俺も花屋にはならなかった。しかしそれは平和な夢で、俺はそれが好きだった。ごっこ遊びのようで、とても好きだった。けれどそれは眠り入ればすぐに消えてしまって、うたた寝が終わればすぐに消えてしまって、俺はそれを悲しく思う。しかし俺は何度もその夢を見て幸せな気持ちになる。心地いい夢、温かい夢。俺はそんな夢に、何度も何度も沈んでゆく。
「へぇ、同じ夢をな」
「カウンセリングでもうけるべきか悩んでいるんだよな。お前ってそういうの詳しいだろう? 夢診断とかさ。だから聞いてみようと思って」
朝食のコーンフレークを食べながら言うと、狡噛は首をひねって不思議そうな顔をした。繰り返される夢、幸せな夢、別に誰かが苦しむこともなく、ただ俺が幸せになる夢。
「カウンセリングまではいかないんじゃないか? 睡眠のルーティンってところだろう。それで、幸せな夢ってどんな夢なんだ?」
狡噛に尋ねられて、かといって彼が登場するのは言えなくて、俺は適当にいなしてコーヒーを飲んだ。俺が花屋を開いていて、そこにお前が登場する夢。そう言ったら頭がイカれていると思われるだろうか? あまりにも少女趣味で、もしもにしても可愛らしすぎる夢。
「繰り返し見るってことは違う世界線なのかもな。お前がもしかしたら選んでいたかもしれない未来。それがどんなのかは俺は教えてもらえないけど?」
タブレットで新聞を読みながら狡噛が言う。俺は悪いことをしたかと思って、彼の髪を撫で、こめかみにキスをしてやった。違う世界線、SFによくある設定。そこでは俺が違う選択をしていて、狡噛も違う選択をしている。登場人物は同じだけど、設定は微妙に違う。詳しくは知らないからきっとそう言う意味なんだろう。でも、俺が公安局を選ばなかったら、は簡単に思いつくのに、狡噛が公安局を選ばなかったらを簡単に思いつけないのいは何故なのだろうか? 交差で一位を取るほどの成績だから、彼は官僚になったろうか? それともさらなる知識を求めて、学者にでもなったのだろうか。
「そんなに気になるんならカウンセリングを止めないが、あれは万能じゃないから期待はするなよ。何か分かったら教えてくれよ。お前の考えてること、俺も知りたい」
狡噛はそう言ってキッチンから立って煙草を吸った。俺もその副流煙を吸って、朝が来たなと思った。
俺はまたうとうとしていた。今度は職場だ。昼寝をするにはふさわしくない場所。けれど仕事はなく心地良く、俺はうつらうつらと船を漕いでいた。俺はまた花屋をやっていた。そこには珍しい天然物の観葉植物や花があふれ、甘い匂いがし、サボテンはそんなに水はいらないと主張していた。美しい光景だった。いつ狡噛が来るのだろう。そう思っていた時、店のドアが開いた。そこにいたのは須郷だった。俺が戸惑いつつ挨拶をすると、彼は自分が狡噛の同僚であることを言い、狡噛が任務で怪我を負ったと言った。危ない状況だとも。恋人のあなたには伝えてくれと言われたとも。夢は覚めない。須郷は頭を抱えつつ、一人で突っ走っていくから、と苦しそうに言った。俺は必死に夢から醒めようとする。しかし上手くいかない。醒めろ、醒めろ、醒めろ。俺は唇を噛む。手のひらを指で捻る。そしてその時、聞きなれた声がどこからかした。
「ちょっと寝てるの? 宜野座? 宜野座?」
「あ、あぁ、少しうたた寝を……すまない気をつけるよ」
「いいのよ、最近忙しかったしね。コーヒーでも飲んだら?」
俺はそう勧められて、甘いばかりのコーヒーを飲んだ。咄嗟に狡噛を見たが、彼はいつもと変わらず冷静な目でディスプレイを見ていた。俺はもうどうしていいか分からず、仮眠室に向かった。そこでまた夢を見た。そこには狡噛がいて、肩から包帯を巻いた手をぶら下げていた。彼は無事生還したらしい。俺はそれに安堵して、彼に祝いの花を贈った。夢はそれから何度か見た。職場で寝ない限り話は展開せず、俺は決して職場で寝ないことにした。だが見てしまった。指輪を持って現れる狡噛の夢を。どうも付き合っているらしい夢の中の俺たちは結婚するらしい。怪我をして、何かを思ったのかもしれない。
カウンセリングはどうなった? そう尋ねられた時、ハッピーエンドだから受けないことにした。そう言うと、狡噛は不思議な顔をした。でもそれは真実だ。本当の。