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    ma99_jimbaride

    SPUR ME2022/12/11「種蒔くは待つ君が為」で頒布予定の新刊冒頭です。
    本当に間に合うのかさっぱり分からないのですが残りも頑張ります……。
    楽園にあらず ずっと潮騒が鳴っている。
     ざあ、と緑が揺れた。まだ青い稲は風に煽られて一息音を立てると、あとはさわさわ、さわさわ、囁くような余韻を残した。本物の波音と違って遠ざかっていくだけだ。不安定ながら繰り返す、あの律動ではない。
     立ち上がると眼下には山を削って段々に開かれた小さな田畑の連なりがあり、雑木林があり、その向こうに本物の海があった。ちらちらと白い光を返して、遠くからでも揺れているのが分かる。
     あの波音が聞こえたわけじゃない。
     松井江はしばらく、その海の表面に光が揺れるのを見ていた。太陽はそろそろ南中しようとしている。暦の上では秋になったとはいえ、額や背中に汗が滲んでいた。
    「終わった?」
     にょっきり、といった感じですぐ下の段で立ち上がる姿が見えた。桑名江が手拭いで額の汗を拭き取りながら松井をじっと見上げている。目許は前髪で隠れているのに見つめているのが分かるのは、さっき額を拭ったときに稲穂色の目が覗いたからだ。それに、誰かと目が合ったからといって、逸らしてしまうような奴ではないのだ。特に松井相手、しかも畑に関することなのだから。
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