久遠
moonrise Path
DOODLE結婚しないまま父親となった久遠道也の感慨とふどふゆ夫婦煙社降臨節暦 第十二夜/久遠一家 恋を忘れ走り続けてきた。淡く濃やかな感情が自分にも芽生えうる可能性に目を向ける暇もなかった。それが不幸であるとは思わなかった。
今でも悔いてはいない。悔恨の情が生まれる出来事はいくつもあったし、そのたびに痛みも生まれた。だが、どれひとつ欠けても今現在には辿り着けなかった。楽を選ぶことができない人生だから、掴めた手もある。
久遠はクルマに積み込むための荷物を整理しながら手を止めた。アルバムの入った段ボール箱は一つではなかった。自分が関わった選手たちのデータに比べれば少ない数だが、それでも久遠はことがるごとに娘の写真を撮り、アルバムに収め続けてきた。FFIで監督を務める少し前、冬花を撮った写真がある。どんな感情を出すことも拒むような頑なな表情。反抗期らしい反抗期もない娘だったが、自らその奇妙さに気づいている節があった。彼女は久遠以上に聡く、人間らしい感情の機微を備えていた。カメラの前で笑顔を作らないのは、父である自分への信頼と彼女なりの甘えだと久遠は分かっていた。笑顔でない写真は事務的に言えば使いやすい写真でもあり、それはFFIにおいてマネージャーとしての登録、また渡航の際に必要な証明写真としても使われた。
1396今でも悔いてはいない。悔恨の情が生まれる出来事はいくつもあったし、そのたびに痛みも生まれた。だが、どれひとつ欠けても今現在には辿り着けなかった。楽を選ぶことができない人生だから、掴めた手もある。
久遠はクルマに積み込むための荷物を整理しながら手を止めた。アルバムの入った段ボール箱は一つではなかった。自分が関わった選手たちのデータに比べれば少ない数だが、それでも久遠はことがるごとに娘の写真を撮り、アルバムに収め続けてきた。FFIで監督を務める少し前、冬花を撮った写真がある。どんな感情を出すことも拒むような頑なな表情。反抗期らしい反抗期もない娘だったが、自らその奇妙さに気づいている節があった。彼女は久遠以上に聡く、人間らしい感情の機微を備えていた。カメラの前で笑顔を作らないのは、父である自分への信頼と彼女なりの甘えだと久遠は分かっていた。笑顔でない写真は事務的に言えば使いやすい写真でもあり、それはFFIにおいてマネージャーとしての登録、また渡航の際に必要な証明写真としても使われた。
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DOODLE冷蔵庫でタイムトラベルをする久遠冬花煙社降臨節暦 第十夜/ふどふゆ ガバッと世界の開く音がして閉じていた瞼を開く。意識は宇宙の深い眠りの底からたおやかに、しかし人間には信じられないスピードで浮上し、タイムトラベル酔いの涙で潤んだ瞳の中に蘇る。水面を越して見上げるような揺れる視界は青白く、冬花は自分が冷蔵庫の中にいるのを自覚した。到着したんだわ……、と思ったけれども胸がざわつく。嫌な予感。目の前には明王がいる。髪の長い、大人の不動明王。だけど、変。
冬花は二度、三度とまばたきした。涙が散る。視界がクリアになる。冷蔵庫の前に佇んだ明王は、は、と呟いたまま口を開けている。手にはシュトレンの皿。その瞬間に理解した。
「誤配送だわ」
明王は、お前……、と言いかけてちらっと後ろを振り向き、また冬花を見た。途端に恥ずかしくなった。下着姿なのだ。タイムトラベルの仕様上、仕方ないのにそれを説明する余裕がない。もう一度、飛ばなきゃ。帰らなきゃ。待って、どこへ? 座標が思い出せない。
912冬花は二度、三度とまばたきした。涙が散る。視界がクリアになる。冷蔵庫の前に佇んだ明王は、は、と呟いたまま口を開けている。手にはシュトレンの皿。その瞬間に理解した。
「誤配送だわ」
明王は、お前……、と言いかけてちらっと後ろを振り向き、また冬花を見た。途端に恥ずかしくなった。下着姿なのだ。タイムトラベルの仕様上、仕方ないのにそれを説明する余裕がない。もう一度、飛ばなきゃ。帰らなきゃ。待って、どこへ? 座標が思い出せない。
moyu_mochi
DONE2023年11月4日発行『久遠の夢は朝焼けのように』7P~14P
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↑両方同じなのでどっちか知ってる人はいけます 8