MASAKI_N
DONE毒戦BELIEVER⑬Nightmare「え……?」
頭がぼうっとしている。
雪景色の中にいるのに、妙に自分の内側だけ熱くて、やたら寒気がする。
隣に立つウォノが、静かにこちらを向いた。
「俺が先に死ぬだろ?順当に行けば。そうなったらお前はどうしたい」
いつものように、あまり口を大きく開けずに話すウォノの声は優しげで、でも悟ったようにひんやりとしている。
ウォノが死んだら?
何故そんなことを言うのだろう。
「あなた、僕の死に様を見届けに来たくせに、先に死ぬ気なんですか」
ようやく見つけた温もりだ。
喪う日はまだ、ずっと先がいい。
自分の声が揺れて響くのに狼狽えて、ただウォノの目をまっすぐ見つめた。
不意に強い風が吹き、目を細める。
「じゃあ
9219頭がぼうっとしている。
雪景色の中にいるのに、妙に自分の内側だけ熱くて、やたら寒気がする。
隣に立つウォノが、静かにこちらを向いた。
「俺が先に死ぬだろ?順当に行けば。そうなったらお前はどうしたい」
いつものように、あまり口を大きく開けずに話すウォノの声は優しげで、でも悟ったようにひんやりとしている。
ウォノが死んだら?
何故そんなことを言うのだろう。
「あなた、僕の死に様を見届けに来たくせに、先に死ぬ気なんですか」
ようやく見つけた温もりだ。
喪う日はまだ、ずっと先がいい。
自分の声が揺れて響くのに狼狽えて、ただウォノの目をまっすぐ見つめた。
不意に強い風が吹き、目を細める。
「じゃあ
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DONE毒戦BELIEVER⑫Escort ラクと二人で買い出しに出掛けた帰りに、馴染みのカジュアルなバーに寄る。
ここなら軽食のテイクアウトもできるし、ラク達も、わざわざ年齢確認をされずに酒が飲める。
「トイレも借りとく。お前は?」
「大丈夫です」
「フライのテイクアウトセット頼んでもらえるか?」
「はい。飲み物は?」
「水で」
「わかりました」
そもそもウォノ以外の三人は母国でも若く見えるぐらいだし、ことさら若く見られる。
用を足して戻ると、ラクの両隣に客がいる。
ラクは落ち着いているが、どうやらあまり柄が良くない上、酔って絡んでいるようだ。
兄妹と親しいデフの店員が軽食の包みとミネラルウォーターのボトルをウォノに渡しながら、『警戒中。安全に』とハンドサインで伝える。
5636ここなら軽食のテイクアウトもできるし、ラク達も、わざわざ年齢確認をされずに酒が飲める。
「トイレも借りとく。お前は?」
「大丈夫です」
「フライのテイクアウトセット頼んでもらえるか?」
「はい。飲み物は?」
「水で」
「わかりました」
そもそもウォノ以外の三人は母国でも若く見えるぐらいだし、ことさら若く見られる。
用を足して戻ると、ラクの両隣に客がいる。
ラクは落ち着いているが、どうやらあまり柄が良くない上、酔って絡んでいるようだ。
兄妹と親しいデフの店員が軽食の包みとミネラルウォーターのボトルをウォノに渡しながら、『警戒中。安全に』とハンドサインで伝える。
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DONE毒戦BELIEVER⑩Burrito 世界は矛盾でできている。
それでも、起きたことには必ず原因がある。
ノルウェーの僻地にある家で独り、呑気にラクを待っているなんて、なんだか笑える。
現在進行形でなくても犯罪者とは呼ばれてしまうわけだから、ラクたちの家はそのアジトに違いない。
自ら望んで軟禁されているようなものだ。
とはいえ、発覚しない犯罪は裁かれない。同じ行為でも被害者がいなければ犯罪とはされないこともある。
自分も潜入捜査中は幾度も法を犯した。ウォノにとっては発覚せずとも罪は罪だ。どこの誰の法で正しかろうが、誰かが問題にする限り。
潜入捜査の間中、一線を超えないよう、踏み留まるのに必死でいた。一度そこを超えたらみるみる倫理観が鈍り、息をするように違法行為が身に付いてしまう。
7962それでも、起きたことには必ず原因がある。
ノルウェーの僻地にある家で独り、呑気にラクを待っているなんて、なんだか笑える。
現在進行形でなくても犯罪者とは呼ばれてしまうわけだから、ラクたちの家はそのアジトに違いない。
自ら望んで軟禁されているようなものだ。
とはいえ、発覚しない犯罪は裁かれない。同じ行為でも被害者がいなければ犯罪とはされないこともある。
自分も潜入捜査中は幾度も法を犯した。ウォノにとっては発覚せずとも罪は罪だ。どこの誰の法で正しかろうが、誰かが問題にする限り。
潜入捜査の間中、一線を超えないよう、踏み留まるのに必死でいた。一度そこを超えたらみるみる倫理観が鈍り、息をするように違法行為が身に付いてしまう。
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DONE毒戦BELIEVER⑨Egoistic 転送された映像データを、ベッドで寝そべりながら眺める。
やや和風に寄せた芸者のような衣装とメイク。ダンサーがくるくると舞う中、トミーことウォノは軽い振り付けで歌い、要所で艶やかに魅せる。決して広くはないステージだが、スポットライトに照らされたトミーは、ドンヨンの言う通り「イケてるしゴージャス」だ。
歌が終わっても歓声は止まず、チップが衣装の袖や帯、胸元にどんどん捩じ込まれる。
トミーはマネー・レイを寄越した禿頭の紳士の額に品良く口付ける。それからジュエリーまみれのマダムにキスを投げ、妖艶な笑みで流れるように袖へと消えた。
「トミー、綺麗ですね。歌も良かった」
「そうかよ」
隣でライカを撫でながら、ウォノがこれ以上ないくらい面白い顔になる。困惑と嫌気と照れ、呆れる気持ちがごちゃ混ぜになった顔。
6834やや和風に寄せた芸者のような衣装とメイク。ダンサーがくるくると舞う中、トミーことウォノは軽い振り付けで歌い、要所で艶やかに魅せる。決して広くはないステージだが、スポットライトに照らされたトミーは、ドンヨンの言う通り「イケてるしゴージャス」だ。
歌が終わっても歓声は止まず、チップが衣装の袖や帯、胸元にどんどん捩じ込まれる。
トミーはマネー・レイを寄越した禿頭の紳士の額に品良く口付ける。それからジュエリーまみれのマダムにキスを投げ、妖艶な笑みで流れるように袖へと消えた。
「トミー、綺麗ですね。歌も良かった」
「そうかよ」
隣でライカを撫でながら、ウォノがこれ以上ないくらい面白い顔になる。困惑と嫌気と照れ、呆れる気持ちがごちゃ混ぜになった顔。
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DONE毒戦BELIEVER⑧nearmiss 結局二人とも昼まで寝ていた。
ランチと言うにもやや遅い。
ラクはキッチンをひと通り眺めた後、固くなったパンをフレンチトーストとガーリックトーストにすることにした。
ウォノはしばらく様子を見ていたが、冷蔵庫を覗いてから、のそりと隣に立った。
「邪魔でなければ何か手伝う」
「え」
「俺が何か作ってもいい」
「へえ?」
刑事なんてドリンク剤、ソジュと焼肉か何かだけでできていると思っていた。捜査会議の時も食事はそんな様子だったから、意外だ。
「学生時代は飲食店でもバイトしてたし、軍で野営もやってるから、一通りはできる」
「もっとガテン系かと」
「それもやった。軍人か警察官になるのは決めてたから、若いうちに色々やりたくて――バイクも欲しかった。さすがにカフェなんかには受からなかったが、出前のあるとこと、ホテルのウェイター、バーテンとかな。潜入捜査にも割と役に立った」
7385ランチと言うにもやや遅い。
ラクはキッチンをひと通り眺めた後、固くなったパンをフレンチトーストとガーリックトーストにすることにした。
ウォノはしばらく様子を見ていたが、冷蔵庫を覗いてから、のそりと隣に立った。
「邪魔でなければ何か手伝う」
「え」
「俺が何か作ってもいい」
「へえ?」
刑事なんてドリンク剤、ソジュと焼肉か何かだけでできていると思っていた。捜査会議の時も食事はそんな様子だったから、意外だ。
「学生時代は飲食店でもバイトしてたし、軍で野営もやってるから、一通りはできる」
「もっとガテン系かと」
「それもやった。軍人か警察官になるのは決めてたから、若いうちに色々やりたくて――バイクも欲しかった。さすがにカフェなんかには受からなかったが、出前のあるとこと、ホテルのウェイター、バーテンとかな。潜入捜査にも割と役に立った」
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DONE毒戦BELIEVER⑦Anubis 一体、自分はこんなところで何をやっているのか。
自問すれど、紛れもなく自分の感情に動かされ、選択し進んで来たつもりだった。
それなのに、ここに着くまで散々、頭で考えても出なかった答えを、身体と心がはっきり示した。
憎むべき相手に救われるのは、罰か。
救うべき相手を追うことは、罪か。
強い感情と熱を傾けていたのは確かだが、愛しいなどと思うわけがない。
そんな疑念は、ウォノを信じると言った彼の瞳を見つめ返す度に霧散した。
ラクから向けられる感情によって、長い間忘れていた感覚が呼び起こされる。
いつしか、謎を追うこと自体を生きる理由にしていた自分を読み解かれていく。
事件でも罪でもなく、ラクただ一人を追って来たのだと。
12698自問すれど、紛れもなく自分の感情に動かされ、選択し進んで来たつもりだった。
それなのに、ここに着くまで散々、頭で考えても出なかった答えを、身体と心がはっきり示した。
憎むべき相手に救われるのは、罰か。
救うべき相手を追うことは、罪か。
強い感情と熱を傾けていたのは確かだが、愛しいなどと思うわけがない。
そんな疑念は、ウォノを信じると言った彼の瞳を見つめ返す度に霧散した。
ラクから向けられる感情によって、長い間忘れていた感覚が呼び起こされる。
いつしか、謎を追うこと自体を生きる理由にしていた自分を読み解かれていく。
事件でも罪でもなく、ラクただ一人を追って来たのだと。
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DONE毒戦BELIEVER⑤Bottom 手を引かれ、車から降ろされても、まだ言葉が出てこない。
とんでもなく間抜けな顔をしているだろうラクと目が合っても、ウォノは何も言わず背を向けた。
助手席のドアが閉まり、手を引かれるまま家に向かう。
本人が纏おうとする武骨さにそぐわない繊細そうな指と、厚く広い手の平。
この手に殴られ、掴まれ、脅されたのに、無性に触れたかった。
ウォノの強引さは、ラクがこれまでの人生で嫌というほど味わった理不尽な暴力とは違う。逆らえないのは――刑事の犯人に対する技術や経験特有の圧か――いや、命懸けの気迫は、人の命を守るためのものだ。私欲や暴力性ではなく、情が加わって激しさを増す。
まだ道を正せる誰かを、救おうとしては喪ってきた経験からの執念。
9344とんでもなく間抜けな顔をしているだろうラクと目が合っても、ウォノは何も言わず背を向けた。
助手席のドアが閉まり、手を引かれるまま家に向かう。
本人が纏おうとする武骨さにそぐわない繊細そうな指と、厚く広い手の平。
この手に殴られ、掴まれ、脅されたのに、無性に触れたかった。
ウォノの強引さは、ラクがこれまでの人生で嫌というほど味わった理不尽な暴力とは違う。逆らえないのは――刑事の犯人に対する技術や経験特有の圧か――いや、命懸けの気迫は、人の命を守るためのものだ。私欲や暴力性ではなく、情が加わって激しさを増す。
まだ道を正せる誰かを、救おうとしては喪ってきた経験からの執念。
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DONE毒戦BELIEVER④Initiative 深い眠りの海からふわふわと浅瀬に辿り着く。
横たわっている白い砂浜は雪に変わり、頬から生温かい血が流れている。
ライカを呼び、連れ去る男を眺めながら、ぼんやりと世界が暗転していく。
不意にベッドが揺れ、軽くなる。誰かについて歩くライカの足音で目が覚めた。
閉じた扉の前でライカがきゅうきゅうと鼻を鳴らしている。
ウォノの荷物が無い。
逸る気持ちを抑えながら、部屋を出る。
――行かないで
――どうして?
そう軋む胸が、彼への執着心の強さを語る。
誰かにこんな風に恋い焦がれることなど、生涯無いと思っていた。
手洗いに行くだけなら戻ろうと思ったが、ウォノは上着を羽織り、暖炉の前で鞄を探っていた。ラクについて来たライカは、リビングにある犬用のクッションに落ち着いた。
4900横たわっている白い砂浜は雪に変わり、頬から生温かい血が流れている。
ライカを呼び、連れ去る男を眺めながら、ぼんやりと世界が暗転していく。
不意にベッドが揺れ、軽くなる。誰かについて歩くライカの足音で目が覚めた。
閉じた扉の前でライカがきゅうきゅうと鼻を鳴らしている。
ウォノの荷物が無い。
逸る気持ちを抑えながら、部屋を出る。
――行かないで
――どうして?
そう軋む胸が、彼への執着心の強さを語る。
誰かにこんな風に恋い焦がれることなど、生涯無いと思っていた。
手洗いに行くだけなら戻ろうと思ったが、ウォノは上着を羽織り、暖炉の前で鞄を探っていた。ラクについて来たライカは、リビングにある犬用のクッションに落ち着いた。
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DONE毒戦BELIEVER③Treat キングサイズベッドの中央にはライカが陣取り、心地好さそうにまどろんでいる。ライカと眠るために大きい物を選んだのだが、ウォノを誘惑するには正解だった。
誘惑と言っても、心地良い眠りへの、だが。
ラクは兄妹から『酷い目に遭って疲れただろう』と、強制的に一番風呂に浸かった。
酷い目に遭わせた張本人と同じ寝室に寝かせるのは気にならないらしい。湯冷めしない程度に着込み、横たわってライカを撫でていると、風呂上がりのウォノが戻った。
煙草の匂いが消えてしまった。なんだか違う人みたいだ。
ああ、違う。髭が無いからか。
「ウォノって、歳はどのくらい?」
リラックスした気分に任せ、ゆるい口調でそう問う。お互い何にも知らないも同然なのに、秘密だけは知っている不思議な関係。
2613誘惑と言っても、心地良い眠りへの、だが。
ラクは兄妹から『酷い目に遭って疲れただろう』と、強制的に一番風呂に浸かった。
酷い目に遭わせた張本人と同じ寝室に寝かせるのは気にならないらしい。湯冷めしない程度に着込み、横たわってライカを撫でていると、風呂上がりのウォノが戻った。
煙草の匂いが消えてしまった。なんだか違う人みたいだ。
ああ、違う。髭が無いからか。
「ウォノって、歳はどのくらい?」
リラックスした気分に任せ、ゆるい口調でそう問う。お互い何にも知らないも同然なのに、秘密だけは知っている不思議な関係。
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DONE毒戦BELIEVER②Journey 今晩のシチューも絶品だった。
兄妹はウォノがいようが構わず、いつも通り悪態をつきながら賑やかに言い合っている。
即刻追い出さないということは、どうやらウォノを気に入っているようだ。
『おじさん、いつまでいんの?』
『来たばっかり?ビザに困ったら、俺らが何とかしてやんよ』
『あんたじゃなくてラクがね』
「いつまでいます?」
旅の疲れか、ウォノはもう眠そうだ。
落ち着いていても、どこか居心地の悪そうな佇まいはいつも通りだ。
作戦会議中はずっと考えを巡らせている緊張感があったし、事情聴取中も隙はなかった。
やるべきことがない時、悪人の中でそうなのも、警官の中でそうなのもわかるが、多分、子どもや動物の中でも、善人しかいない空間でもそうだろう。
3429兄妹はウォノがいようが構わず、いつも通り悪態をつきながら賑やかに言い合っている。
即刻追い出さないということは、どうやらウォノを気に入っているようだ。
『おじさん、いつまでいんの?』
『来たばっかり?ビザに困ったら、俺らが何とかしてやんよ』
『あんたじゃなくてラクがね』
「いつまでいます?」
旅の疲れか、ウォノはもう眠そうだ。
落ち着いていても、どこか居心地の悪そうな佇まいはいつも通りだ。
作戦会議中はずっと考えを巡らせている緊張感があったし、事情聴取中も隙はなかった。
やるべきことがない時、悪人の中でそうなのも、警官の中でそうなのもわかるが、多分、子どもや動物の中でも、善人しかいない空間でもそうだろう。
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DONE毒戦BELIEVER①Like a dog,Daydream Believers ライカの名をドラッグに付けたのは間違いだった。
そう思っていた。
あの人が、その名を叫ぶ声を聞くまでは。
ラ イ カ !
予期せぬ鼓膜の振動にびくりと身体が震え、ライカが駆ける音がする。
静か過ぎる故の幻聴の類か
微睡むうちに眠っていたのか
ライカに何らかの識別装置が付いていることは看過していたものの、わざわざ、こんなところまで探しに来るなんて。
存在することすら知られずに、自身でさえ出自を知らない引退した悪党を。
そんな、もの好きはいない。
それでもどこかで、選ばなかった道の先にあったかもしれない何かを夢想しては、照れを伴う温い虚しさを鼻で笑って、自分に呆れた。
信じた自分が馬鹿だったと思いながら、老いて死ぬのも悪くない。
4944そう思っていた。
あの人が、その名を叫ぶ声を聞くまでは。
ラ イ カ !
予期せぬ鼓膜の振動にびくりと身体が震え、ライカが駆ける音がする。
静か過ぎる故の幻聴の類か
微睡むうちに眠っていたのか
ライカに何らかの識別装置が付いていることは看過していたものの、わざわざ、こんなところまで探しに来るなんて。
存在することすら知られずに、自身でさえ出自を知らない引退した悪党を。
そんな、もの好きはいない。
それでもどこかで、選ばなかった道の先にあったかもしれない何かを夢想しては、照れを伴う温い虚しさを鼻で笑って、自分に呆れた。
信じた自分が馬鹿だったと思いながら、老いて死ぬのも悪くない。