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    毒戦BELIEVER⑨

    ##毒戦
    #毒戦BELIEVER
    #ウォノラク
    wonorak.

    Egoistic 転送された映像データを、ベッドで寝そべりながら眺める。
     やや和風に寄せた芸者のような衣装とメイク。ダンサーがくるくると舞う中、トミーことウォノは軽い振り付けで歌い、要所で艶やかに魅せる。決して広くはないステージだが、スポットライトに照らされたトミーは、ドンヨンの言う通り「イケてるしゴージャス」だ。
     歌が終わっても歓声は止まず、チップが衣装の袖や帯、胸元にどんどん捩じ込まれる。
     トミーはマネー・レイを寄越した禿頭の紳士の額に品良く口付ける。それからジュエリーまみれのマダムにキスを投げ、妖艶な笑みで流れるように袖へと消えた。
    「トミー、綺麗ですね。歌も良かった」
    「そうかよ」
     隣でライカを撫でながら、ウォノがこれ以上ないくらい面白い顔になる。困惑と嫌気と照れ、呆れる気持ちがごちゃ混ぜになった顔。
     警察の仕事中は冷静な顔を心掛けていたようだが、ラクと二人の時は表情豊かな気がする。
    「もしかしてミュージカル俳優を目指してたんですか?歌手?舞台映えしますね」
    「好きで演劇部に入っていたが、そういう道に行くつもりはなかった。親父のせいで、警察か軍隊しか選べなかったし」
     まだ映像は続いている。
     ドンヨンはわざわざ、トミーの出番だけ集めて編集してくれた。
     どの演目が始まるのか前奏で察したらしく、ウォノはラクから目をそらす。
    「は……凄い」
     スパンコールを散りばめたオフショルダーのタイトなドレス。深いスリットから、ガーターベルトで留めたストッキングとハイヒールを履いた足がのぞく。
     足が綺麗と言われていたが、想像以上に似合う。マリリン・モンロー風の王道メイクに、ブロンドのウェービーなロングヘア。
     ドンヨンのように「デカくて派手でゴージャスな女が好き」というわけではなくとも、飾りに負けない大きさが迫力を生んで、目を引く。
    「そんなもん、映像で残してる物好きがいるとはな」
     ビートルズもカバーしたバレット・ストロングの名曲『Money (That's What I Want)』。直球で「I need money」とソウルフルに歌いながら、チップを持った客に淀みなくファンサービスをする。その様子に、ラクもいろんな感情に襲われ、枕に口元を埋めて堪える。
    「やば……かっこいい」
     ハスラーズクラブは繁華街と裏通りの境界線に建つ、治安がそこまで悪くないエリアに建っていた。内装や照明はキャバレーなのだが、ディナーショーのような品と趣きがあった。流行りを追いすぎず安定感のあるショーパブで、魚介料理も評判だった。
     海産物の輸送ルートでブツを捌いていたからだ。
     客は日本のヤクザと上海辺りの金満家も多く、薬物の売買ではなくジュエリーの取引が主だ。
     ウォノたちは店を味方に付け潜入し、客と仕入れ担当を一斉摘発した。
     店はすぐには潰れなかったが、緩やかに客の質が落ち、オーナーの引退とともに閉店した。
     ラクたちが手を回し、ホテルに改装し維持している。
    「お前は何やってた?この時」
    「僕はオンラインで監視と根回しのようなことを延々と……困窮支援をやっと始めた頃です」
     ラクたちは既に暗躍していたが、クラブは取引の場というよりは、娯楽によって休息やリフレッシュするための空間だった。兄妹は照明係と仲が良く、ブースに入り込んでいた。
     基本的には撮影禁止だったが、ドンヨンはスタッフ側に潜り込んでいたから特に咎められなかったのだろう。
    「演劇部の時も、結構人気があったでしょう」
    「学生時代は地味だった。凄く華のある奴がいたし――女装はこの時が初めてだ。その店でメイクを教わるまでは下手だったから」
    「でも、ファンはゼロじゃなかったでしょ?少なくとも、映画や演劇好きの先生なんかにはモテたはず」
    「既婚者にな」
     若い頃の写真は見た。今より朴訥な印象ではあるが、色気や芯の強さはうかがえる感じだった。
     ショービジネスで見栄えの良さは武器だが、それより他に無い味やクセがある方が印象に残る。好みは分かれるものの、ウォノはそっちのタイプだと思う。その持ち味だけで長く続けられることもある。
    「その予備軍の女生徒は好みじゃなかった?」
    「――見てきたように言うよな。もう調べ尽くしたネタなんだろ」
    「やだなぁ人をストーカーみたいに。そういう調べは概要がメインだし、外側から見たあなたと、あなたの側では見方が違います。僕はあなたの主観的な思い出を聞きたいな」
    「芝居を気に入ってくれる人は確かにいたよ。でも役は実際の俺じゃないだろ。好きな先輩がいたから誰とも付き合わなかったが――片想いのまま卒業した」
     ラクにもそれなりに青春時代はあったが、学生同士のやり取りに興味はなかった。
    「片想いの最中でも他に手を出さないなら、貞操観念あるじゃないですか。好きな人は――その、華のある奴に持っていかれた?」
    「別の誰かに片想いしてたみたいだ」
     ウォノは、気持ちを伝えてはいたのかもしれない。答えは求めずに。
    「で、あなたは軍隊に入ったけど嫌になって、警察に転職したんですか」
    「芝居も従軍も潜入捜査には役立った。結果的には良かったんだ」
    「またそれ?まぁ、僕とも会えましたけど」
    「だろ」
     何か言い足りないような顔で、少し目線が残る。
    「酔ってます?」
     さっきソジュを出した時に、みんなで飲んだ。
    「いや、別に」
    「語り足りないような顔ですけど」
    「お前俺に、家族がいるか聞いただろ。俺が潜入捜査を続けられたのは、警察に入った頃は独りだったからだ。色気のある話は全部、捜査関連の話だよ。チーム全員が独りというわけではないが――ドンウもそうだった」
    「チームが家族みたいだとは思いました。居るべき場所だと思っているんだなと」
    「異動しろと何度か勧めたのに、あいつは……」
    「このチームが好きだと、僕にも言っていました」
     偶然の事故とはいえ、不用意だった。母の顔が浮かび、責任の重さに心が揺らぐ。
    「……お前のことも語れよ。青春そのものみたいな顔してんだから」
     ウォノは言葉に詰まったラクにつられ少し顔を歪めながら、そう軽口を叩いた。
    「そんな顔してます?」
    「俺よりはな」
     ノワールそのものみたいな顔をして、ウォノはライカを撫でている。
    「情報料、高いですよ」
    「金無いの知ってるだろ」
    「身体と愛情で払って」
     トミーに扮している時と目の前のウォノの違いを探しながら、ラクもライカに触れる。
    「最中に語る気ならムードがねぇな」
    「セクシーな取り調べだと思えばいいんじゃないですか?」
    「馬鹿野郎、洒落にならん」
    「トミーの歌でもいいですよ。個室のカラオケルームはこっちには滅多に無いから、別の方法になりますが」
    「歌の方が身体より高いぞ。あの時は、真剣に公務員辞めようかと思うぐらい稼いだ。まあ、歌唱力っていうよりキャラクターに貢がれた金だから、素の俺じゃ意味ない」
     チームのみんなやラクたちが、ウォノ自身の良さを愛しているのは伝わっているようだが、それ以外の人間には期待していないらしい。
    「まだ一緒にいられるなら、少しずつ話します」
     全部話し終わっても側にいてくれるなら。
    「お前が隠しても、あいつらにバラされるぞ。さっきの俺みたいに」
    「ふふ」
    「どうした」
    「ウォノと時間を気にせずに、ずっとこうしていたいなって」
    「まだ二日目だ――それなりに繋がってた歴史もある」
     ウォノの指先が、ラクのこめかみから髪を梳くように触れ、目を閉じる。
    「望まない形で終わりが来ても当然のことをした」
     すれ違っていた人生に接点ができてしまったから、予期せず始まった新たな物語。
    「どんなに正しく生きても、望み通りの終わりを得られる人間なんてそういない」
    「僕より悲観的だから相性がいいのかも」
    「お互い、そうなっても仕方ないことはしてきた。だから『夢』って言ったんだろ。だがルールは一つじゃないし変わっていくもんだ。誰に許されなくても、夢を諦める必要はない。世界が滅びたら残るのは自分だけ。希望は必要だ」
    「僕は、あなたに許されたくなかったんでしょうね。許されていないのは知ってるけど」
     深い傷を残してでも、ただ覚えていて欲しかった。この指の優しさを知るまでは。
    「忘れないし、許すこともない。ただ、裁くつもりもない」
    「なんでこんなに落ち着くんだろ。ライカに感じる癒しとも違うし」
    「俺は――鏡の裏側にいた自分を探し当てた気分だな。潜入捜査の度に、自分が生まれついたのが潜入先側だったらどうなっていたか考えてたから」
    「あなたに対してそういう感覚は、僕にもあります」
     どんなに違う世界だと思おうとしても、この現実は地続きだ。違うと思って生きられるのは、安全なところで、闇の中に何があるか知らずに暮らせる守られた人間だけ。
    「楽園や天国と聞いて思い浮かべる場所が似てるとか?」
    「……ほんと、ロマンチックなこと言いますよね。酔ってるからか」
    「今のはわざとだ。宇宙が好きならロマンは必要だろ」
    「ウォノも宇宙の話が好き?」
     なんとなく二人とも、ライカを見つめる。
    「詳しくはないが――こういう山奥の、誰もいない静かなところに一人でいる夜が好きだった――ここが宇宙の一部だとわかるから」
    「月で暮らすとか、そういうイメージ?」
    「もっと漠然と暗い空に漂って、明るい星を見ている感じだ。どうしようもなく孤独だけど、不思議と落ち着く」
    「それが、死のイメージ」
    「そうだな。最低限の生、みたいな――悟り切った感覚で――仕事中のストレスフルな自分との差を考える。この場所も、そうしていたくなる。逆に、そういう場所にいたくない時もあるが」
     ライカを探し当て、あの窓から外を眺めていたウォノの横顔を忘れない。
    「僕が隣にいない方が良かったかな」
    「ここはお前が見付けた場所だろ。お前の頭ん中にも同じような空気や空間がある気がするから、惹かれるんだ」
    「僕の中の宇宙ってこと?」
     閉鎖しているのに、どこより開けた、意識という空間。
    「夜空を見上げてるんじゃなく、お前は星のある宇宙空間に漂って、地球を眺めてる気がする」
    「うん……わかります。その感覚」
    「俯瞰だと捕捉する範囲が拡がるから、特定はできなくても、自分の探しているものが必ずそこにあるはずだって思えるからかもな」
    「――そう」
     探していたのだろうか。
     ウォノの言う通り、地球にいるはずの自分の理解者を。
    「自分に似た人間を見付けたら救おうとしてきたんだろ――そのために観測範囲を拡げて、組織も大きくなった。この星を掌握しようとしたんだ」
    「スケールが大きいな」
    「お前の話だよ」
    「ウォノだって世界を救おうとしてたでしょう。地球上にあるなら、末端を捕らえて切り捨てられるのを繰り返していれば、キリがないように見えてもいずれは幹に辿り着けると信じてたし、ちゃんと核に到達できた」
    「……お前はもっと自由で暖かい世界に生きられた」
    「でも、そうはならなかった」
    「それが残念だ」
    「自由で暖かい世界なんて、この星にあるのかな」
    「完全ではなくても、近いところはあるさ。お前が作ればいい」
    「僕にとってはこの場所が世界です」
    「俺の隣に自由はないだろ」
    「それでも、選んでもいい不自由かな。明るくはないかもしれないけど、暖かいですよ。だから安心するんです。あなたは罪は否定しても、僕のことは否定しないから」
    「罪を犯さない人間でも、否定したい奴は山程いた」
    「人権と法の間で苦しんで、やっと楽になれそうですか?」
    「……お前の生い立ちは要因として大きいと思うが、段階的に今のお前になった原因や理由もはっきりしてるだろ。自分で選択できる意志も能力もある」
    「それを理解してるのに、どうして殺せずにいるんですか」
    「お前にとってそれが、罰じゃないから」
     情状酌量の上、正しく裁かれるとわかれば、ウォノはラクの手を離すのかもしれない。
     そうはならないと思っているから、独りで抱え込もうとしている。
    「この愛も情もただのエゴでしょう」
    「生きるには自分本位になるべきこともある。お前が俺との間に感じる暖かさと安心感こそ、愛情そのものだ」
     ウォノを求める欲の方を、愛情と呼ぶのかと思っていた。
    「……そうなのかな。今もしかして、僕を愛してるって言いましたか」
    「そうだな」
    「僕は僕のためにあなたを大事にしたいだけで、愛してるのかは――まだわかってないから、言えない」
    「わからなくても、もうここにある。昨夜、泣きたくもないのに流れた涙が、お前の中に愛情がある証拠だ。長年自分の中で処理されていたが、他者から得られるとわかったから、他者に向けて文字通り発露した。この熱は俺にもコントロールはできないし、誰にでも注げるものじゃない。お前が欲しいと望んでいるのをわかった上で、俺も理屈抜きでそうしたいと思ったから、その熱が生まれたんだ。厄介な情だよな。お前がエゴだと言う愛はただの執着心で、この熱の在処とは別にある。俺にもあるし、諸々が合わさって関係の継続を望むもんだ」
     流れる涙や今ここにある温もりが愛だと言うなら、信じてみてもいい。
    「恋愛の面倒なところは、愛とは別のところにあるってことですね」
    「別なのに全部同じ器に入ってるから、人間は面倒なんだ」
    「ウォノは――下手でもたくさん恋をしたんだね」
    「でも、上手くいかないなら不要だと切り捨てた。人を幸せにするのも、幸せに酔うのも下手で」
    「愛情が先にあったから、嘘のまま続けることができなかったんでしょ」
    「他者への愛よりエゴを選んだからだ」
    「あなたの良さはそこにあるのに」
    「誰か一人を選んだら、こんな風に駄目になる――結局、最悪のタイミングで選んじまった」
    「みんな、自分のために、あなたに駄目になって欲しかったんだろうな。そうやって手に入れたくなる。でも結局、ウォノを駄目にしたくなくて離れたんだ。僕はエゴイストだから、それでもウォノが欲しい」
     最期まで見ていたい。ウォノと同じエゴだ。
     その不器用さをたまらなく愛しいと思う。
     苦しむ様を美しいと思う。
     だから、自分には彼を救えないと悟った時、恋人たちは離れていったのだ。
    「ここに誘い込まれたのは確かだが、陥れられたとは思ってない。自分で選んだと思える道だった」
    「人には道を誤ったように見えても、そこが辿り着きたい場所なら正解でしょう」
     鏡の裏側には何も無い。
     表側にある物が反射するだけだ。
    「欲を言えば、もう少し暖かい国が良かった」
    「あなたが隣にいるなら、場所はどこでもいいけど――寒い場所の方が――あなたの温もりがわかりやすくて、嬉しいです。くっつく理由になるし」
     ライカの喉を撫でながら、耳の間にあごを埋める。
    「ロマンチストはどっちだ。お前は俺に甘すぎる」
    「じゃなきゃ殺してますよ。あなたといると損をするような口振りをされるんなら、僕だってあなたに損をさせるまでです」
     甘さも苦みも全部、与え合えばいい。
    「頭のいい奴はこうだから嫌だな」
    「そこが好きなくせに」
    「冷静だけど、情熱的だな。本当に」
    「……僕のこと?」
    「無表情でもなくなってきた」
    「制限してただけで、僕は別に無表情じゃないけど……今のあなたの前だと、自分でも知らない顔してるんだろうな」
     鏡だと言うなら、ウォノの顔が自分の表情を映すのか。
    「いいことだ」
    「ウォノも――キスしてくれた時から、表情が凄く柔らかく見えます」
    「緊張感があった方が安全だとは思うんだが……久し振りにゆっくりしてる。この景色がそうさせるんだ」
    「牧場でもやりますか?でも、ヒモに向いてますよね」
    「自覚はしてる。結婚しなくていいからヒモでいてくれと、はっきり言われもした。金が尽きたら、ここでもそれになる」
     思わず笑ってしまう。
     ライカは気が済んだのか、気を利かせたのか、ベッドから降りてリビングへ向かった。
    「その価値があるからですよ。トミーが嫌なら、マックスが何してたのか、今夜は前払いで実演してもらおうかな」
    「スケベオヤジみたいなこと言うなよ。それに――あいつの記憶違いだ」
    「ん?」
     口が滑ったという顔のウォノを覗き込む。
    「源氏名はマックスじゃない」
    「本当は?」
    「……マグナム」
    「大きさだけじゃなく、火薬の量が――」
     言いながらツボに入り、笑いが止まらずすがりつく。
    「笑うなよ、くそ」
     喜劇はいつも、悲劇と紙一重のところにある。
     過ぎてしまえば愉快な人生に思えるかもしれない。
     それが夢でも芝居でも、得た幸福感は僕のもの。
     温もりに包まれ、その胸に埋もれた。
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