記憶の中の恋(キラカガ)1>prelude
頭痛がする・・・と言ってカガリが寝込んだのは、オーブでのユウナとの結婚式からキラがフリーダムで攫った後の話。
AAの医務室で、心配で寄りそうキラには焦燥が見えた。彼女のためを思ってとはいえMSで無理やり攫って来たのがいけなかったのではないだろうか?自分のせいかもしれないと。
シュンっとドアが開く音がして、ラクスが入って来た。キラの傍らに来るとカガリを覗き込む。そして優しく声をかける。
「キラ・・・貴方も休んで下さいな。きっとすぐに目覚められます」
「・・・そうだね」
カガリの手を握っていたのを解いて立ち上がった時、かすかに呻き声がした。キラが振り返り、ラクスが驚いたように目を見開く。
「いたた・・・なんだここは・・・」
「カガリ!!」「カガリさん!!」
二人でベッドに駆け寄った。カガリが目覚めたのだ。いつも通りの快活そうな声に二人は顔を明るくした。
だが、希望の光は一瞬で暗くなった。
「・・・お前ら誰だ?私も・・・誰だっけ・・・?」
「え・・・?」
「カガリさん・・・?」
きょろきょろと辺りを見回す彼女が嘘をついてるようには見えず。自分たちのことを覚えてないというその言葉が心の中を重たい塊のように沈んで行った。
キラたちが飲み込むのに時間がかかっている間に、カガリはジロジロとこちらを観察して、「誰なんだよ!」と言い放った。そしてハッと気づく。彼女も不安なのだ。
「驚いちゃってゴメンね・・・。君の名前はカガリ。僕の・・えーっと双子の兄弟なんだ」
「・・・・・」
「僕はキラ。こっちは友人のラクス。それから・・・・」
キラは息を飲んだ。何処まで説明したらいいだろうか?オーブの国家元首で、でも今は自分たちに攫われてここに居る事。それに・・・今ここに居ない恋人のアスランの事。
考え込んでいたら、ラクスがキラの肩に軽く手を置いた。それ以上は未だ言わなくていいと言うように。
カガリはラクスと自分の様子を見つめながら、「判った・・・」と呟いた。
「私の名前はカガリ。友人のラクス。そしてお前は私の弟だな!!!」
「え?!・・ちょっ」
「まあ」
「違うのか?お前守ってやらないといけない気がするから間違ってないと思うぞ!」
まるでいつもの通りの彼女の言に、キラとラクスはこんな状態だと言うのに声を上げて笑ってしまった。やっぱりカガリはカガリだと思った。
・・・この時は。
2>(思い出しちゃいけない気持ち)カガリside
それから数日経ってもカガリの記憶は戻らなかった。地上の病院で隠密に診てもらったが原因は不明だった。カガリはそれでも構わないような気になっていた。
AAでの海中生活も慣れて来たし、弟だと言うキラは常に傍にいてくれた。キラがラクスと親密そうにしているのを見ると胸がざわつくが、二人っきりの肉親だったと聞いて納得していた。きっと家族として取られたくないと思うのだろうと。
「・・・キラとラクスは付き合ってるのか?」
軽い気持ちで聞くつもりが、心臓がバクバクと鳴る。おかしい。お姉ちゃんとして、聞いておきたいだけだと自分を奮い立たせた。
判らないが、足元が崩れ落ちそうな不安定な気持ち。
ーーーそれも全部、記憶がないせいだろうと思った。
キラは軽く首を振った。一気にホッとした。
「付き合ってないよ。・・仲は良いけどね」
「そうか・・・あとさ・・・」
「ん?」
キラが瞬きをする。紫色の瞳の色が綺麗だと知ったのは何時だったろう。・・・本当に、いつだったんだろう?
「私に・・・恋人とかって、居たのか?」
一瞬、キラが身体を固くしたのが判った。ああ、そうか・・・と思った。「いる」のだ。誰かは知らないが自分にはその相手が。
キラはこちらを見なかった。だが、ハッキリと言った。
「アスランって言ってね。今はここにいないけど、カガリの事、大事に想ってるよ・・・」
「・・・そうか」
この時泣き叫べばよかったんだろうか?ならば何故ここにはいないのかと。傍にいてくれないのかと。
このままでは寄りかかってしまう。気持ちが揺らいでしまう。判っているのだ。
ーーー自分がどんどんと弟であるキラに想いを寄せて行ってる事を。
優しくて、温かくて、傍にいてくれる相手。寄る辺のない自分にとって頼れる存在になっていった。こんなに脆い存在だったろうか?!自力で立っても居られない程。
思い出しちゃいけない。と囁く声が頭の中でする。
(何をだろう?彼氏の事か?!それならさっさと思い出してしまいたい!!そうしたらこんな苦しい想いをしなくて済んだ!!)
血の繋がった相手を好きだ、そんなの気持ち悪いじゃないかなんて思わずに済んだ。
モヤモヤとした物を抱えながらそれでもキラの手を振り払えない。・・・どうせなら、望む気持ちすら捨てきれない。
3>君を探してる。キラside
カガリを連れて上陸許可を取った。変装をしたカガリとキラはお互いを見て笑い合った。カガリは茶色のカツラをつけて目には黒いサングラス。キラは黒の長いカツラを結っている。
マリューたちも付いて来たが遠巻きに見守ってくれていた。姉弟水入らずで息抜きがしたいと申し出たのだ。
・・・で、何故か今は遊園地に居る。
ジェットコースターに乗りながら隣のカガリは楽しそうだった。国家の代表になってから、こう言った場所で遊ぶことなどなかっただろうから、良い息抜きになると思ったのだ。
カガリの記憶は一向に戻らない。だが、本人は一切不安を口にしなかった。キラは内心、吐露してくれた方がどれだけ楽かと思っていた。自分はカガリの役に立っていないのではないかと悲しくなった。
そういう度にチクりと胸が痛むのだ。姉弟だから、彼女を心配しての事だと思う。
だが、アスランの指輪を返せない自分がいるのも確かだった。もしかしたらあの指輪を見れば、記憶も甦るかもしれないというのに。
アスランへの想いと共に・・・。そうしたら・・・。
「面白かったなー!!!次はあのミラーハウスに入ろう!!」
「・・・そうだね」
「キラ・・・?疲れたか?」
「ううん。そんな事はないよ。行こう!」
カガリに手を引かれながらチケットを切ってもらう。中は鏡張りで、目の前の自分が映し出されて一瞬誰か判らなかった。
黒髪になってこんな風に遊んでるなんて、まさか誰も思わないだろうな、と思った。
カガリもだけど・・・と思って彼女を振り返ったら何処にもいなくなっていた。
繋いでいた筈の手は解かれて、一気に顔が青ざめた。ミラーハウスの中を一生懸命に探して、外に飛び出してからも探し回った。途中マリューに連絡を取り、謝って一緒に探してもらった。
どうして手放したんだろう・・・?捕まえておけば良かった。誰にも渡さないで。
そう、自分の中でどんどんと膨れ上がって行く気持ち。記憶を失くしたカガリが、まるで小さな小鳥のように見えて。大切にしたくて。
・・・それから。・・・そう、きっと。
遊園地の中を必死になって駆け回って、キラはやっと見つけた。城のような所の陰で怯えたように、不安そうに佇んでいる姿だった。
走って抱きしめていた。腕の中の存在はビクっと反応したが、すぐに身体を弛緩させて身を預ける。
「カガリ!!心配したよ・・・ゴメンね。手を離しちゃって」
「いや・・・私が勝手をしたんだ。・・・離したのは私の方」
「・・・僕、何かした?」
「私のせいなんだ・・全部・・。悪かったな」
何故謝るのか判らず、キラは困惑する。カガリは空を見上げて寂しそうにポツンと声を落とした。
「もう・・帰らなくちゃな・・・」
空はもう夕暮れの橙色で。カガリの目の色をしていた。その瞳は少し潤んで見えた。
・・・この気持ちに名前なんているのだろうか?夕暮れ時に見る彼女はとても美しくて胸がドキドキした。
3>想い出になるのなら。
深夜にキラの自室の扉が開いた。カガリがそーっと夜着のまま寝室へと入る。
眠っているキラの顔をしばらく見続けていたら、ポトリと涙が垂れて落ちた。
滴にキラの目が静かに開いて行く、美しい紫色が現れる。カガリはその瞼に口づけを落とす。
微睡みの中にいるキラが「何・・・?」と声を上げた。
「なあ、キラ・・・。今の私は本当の私じゃないんだろう?なら、今だけ・・・その・・・」
赤くなって口籠ってしまう。憶病なカガリ。これが本物でも偽物でもいい。
キラは相手がカガリだと漸く気づいて頭を振って半身を起き上がらせる。ベッドの上に乗っている彼女からはいい香りがした。
「今・・・抱いてくれないか?私を」
「カガリ・・・それは・・・」
「いけない事だって言うのは判ってる。弟、だもんな。それに私には彼氏もいる・・・。でも、この私は本当の私が起きたら消えるから。だから・・・最後に思い出にしたいんだ」
「・・・・・」
「お前が好きだ。キラが好きだ!!消えて行く私に、・・・頼むから」
震える手。その手がゆっくりと夜着をはだけさせると露わになる素肌が目の前に晒される。
キラの目を見つめながら、潤んだ瞳、泣きながら訴えるその声に、誘惑に、抗えるわけがなかった。
「僕もカガリが好きだよ。今頃になって・・・遅いんだ、僕は」
「遅くない!!私は・・・・!!!」
「・・・カガリは忘れても、僕が覚えてるから・・・」
「キラ・・・」
「僕の中にずっと・・・」
震える唇が重なって深く絡み合う。気持ちも身体もぶつけあって。幸福な夜が明けて行く。
4>ending
その日の朝、夜着を整えていたら目覚めたカガリがケロリと言った。
「お前、フリーダムで私を攫うなんて無茶な事して!!!」
カガリは何もかも忘れていた。いや、何もかも思い出したのだ。
その後、キラはカガリに指輪を返し、彼女がそれを大事にしている様を笑顔で見守った。
アスランとはすれ違ったり色々あったが上手くやってるようだったから、自分はプラントでラクスのサポートをする事にした。
プラントに発つ日に、カガリに会ってからーーーもう10年が経つ。通信ではよく会話をするがなかなか帰って来ない自分に、彼女からお叱りを受ける日々だった。
正直、傍にいたら辛い思いをするのは自分だと思っていたから。
すっかり姉弟の距離に戻った。あの夜の事は自分だけの幻のように思えるくらい。
そんな時、家路に着く途中、通信が入った。ラクスからだった。
カガリが国家元首を辞任する、という内容のメールだった。
キラは驚いたように目を瞬かせた。ついで家路を急いだ。自宅の通信機でじっくりとカガリから話を聞かなくては・・・と思ったからだ。
そしてーーー見つけてしまった。
あの日と同じ茶色のカツラと黒いサングラスをした彼女を。横顔でもしっかりと判って思わず腕を掴んでいた。
「いてて・・・何をす・・・キラ?!」
「カガリ・・・どうしてここに?」
「決まってるだろ!なかなか帰って来ない弟を迎えに来たんだよ!!」
キラは心の中の鼓動に火が着くのを抑えながら、手を引いて歩きだした。とにかく自分の家に連れて行かなくてはと。
「ラクスから聞いたよ、辞任するつもりなの?」
「・・・ああ。キラからの返答次第ではな」
「?僕からの?」
自宅について鍵を開けて中に招き入れた瞬間に、カガリに飛び掛かって押し倒された。頭を打ったキラが「イタタ・・・」とぼやく言葉はカガリからのキスで封じられる。目を白黒させて驚いた。
だが、久しぶりのキスを味わいつくした。抱きしめている女性の身体は昔よりも痩せた気がする。
唇を離した後はお互い顔を赤くして、しばらく呆然としていた。
「キラのバカヤロー!!!いつまでも放っとく奴がいるか!!・・・私は、忘れようにも忘れられなかったのに・・・」
昔から、恋をしていた。思い出すなという声は、キラへの気持ち。必死に蓋をして新しい恋をしたというのに。記憶を失ってまたキラに恋をするなんて。
想い出にして、忘れたつもりだった。キラが覚えていてくれるならと。でも出来なかった。蝕んでいく心はもう限界だった。
キラは覚悟を決める。泣きじゃくるカガリの隣で立ち上がると手を差し出した。
ーーー今度は手放さない。誰にも渡さない。
「ゴメンね・・・これからは一緒にいよう」
「キラ・・・」
「場所は何処でもいい。カガリが望むならオーブに帰ってもいいよ?僕は覚悟が出来た。もう離さないから」
差し伸べられた手に手を重ねて、繋ぎ合って二人で照れた顔を見合わせてプっと笑った。
朝が来ても夜が来ても、もう離れないように。
ハッピーエンドじゃ満足できない
お題配布元「確かに恋だった」確かに恋だったbot@utislove様より。