圭藤♀右から、左から、上から、また右から。
半永久的に言うことを聞かない毛束をムウーーっと引っ張って、やさしく離す。
思えば365日、コンディションが最高な日のほうが少ないような気もするけれど、この時期は特にきびしい。広がる、うねる、飛び出してくる。ありとあらゆるわがままをかましてくる己の髪に、鏡の向こうの藤堂葵様もしかめっつらしっぱなしだ。
「ねーね、じかんだよ〜」
ひょこ、とやってくるかわいいお呼び出しに、「ああー、もう!」、無駄な抵抗を手放した。
見てねえ見てねえ、俺のことなんか。
いつものおんなじならなんにも気づかねえ。
手首に髪ゴムを巻き、「おう、今行く!」、パッと顔もテンションも持ち上げる。
“朝練のない日は朝いっしょ“、野球と同じくらい大切な約束だ。
どんなに自分がぶすな日だって、君に合わない選択肢はない。「葵ちゃ〜ん!ごはん食べよー!」、やかましい声が教室に響けば、「うるせえな飯は逃げねえよ!」、こちらもニマニマと弁当箱を広げてしまう。雨の日はテンションが下がるので、揚げものを詰めこもうと決めていた。
「あっ、今日からあげだあ!」
俺からあげだあいすき!
フタを開けるなりはしゃいだ表情を見せる要に、まあ嫌いって奴のほうが少ねえよな、とどことなく目をそらして両手を合わせる。今朝、ザアザアと降る天からの恵みを睨むようにカラッと揚げた鶏肉は、得意そうに胸を張っている。
箸を持って、窓の外へ目をやる。しっとりとした空気は、そこそこ伸ばしたトレードマークをなおもぼわりと膨張させる。
ううん、と窮屈そうに肩を揺らす。大丈夫、今の俺にはからあげバフがついている。
「葵ちゃん、なんか今日かわいいね」
しかしニコニコと飛んできたのは、「は?」、斜め上からの魔球だった。
「あ、いつもがかわいくないわけじゃないよ!いつもかわいいけど今目の前にいる葵ちゃんがいつも格別で特別でナンバーワンよりオンリーワンで本日はお日柄もよく……」
「わ、わかったわかった、わかったから」
スラスラと流れる謎の褒め言葉とその必死さに気押されて、こちらも慌てて両手をあげる。
「葵ちゃん、かわいい」
ホールドアップしたところで、結局は撃ち抜かれてしまうのだけれど。
「おう、それよりからあげは?」「あっ、おいしいおいしい!星みっつです!このさあ、隠し味の生姜がまたいいのよ〜」「いや別に隠してねえし」
まっすぐに投げられる君の言葉に、ゆるゆるとほっぺたが落ちてゆく。大好評のからあげも大好物のたまごやきも、まだひとくちもほおばっていないのに。