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    あまみ

    忘バ/圭藤(智将含む)
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    あまみ

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    圭藤

    二年生になった春の話です。
    珍しく葵ちゃんが男の子で、珍しく葵ちゃんが片想いしてる。

    #圭藤

    圭藤あ、咲いてる。
    なんて今さら意識したのは、通学の電車の中だった。
    流れる景色がやけに白いのは、線路沿いに植えられた桜の花びらが満開になっているから。
    こんなタイミングで気がついたのは、春休み中で制服姿のやつがほとんど乗っていないからだ。野球部の朝練に向かう時間では、サラリーマンたちと押しくらまんじゅうするにはまだ早い。
    たしか、我が市営団地の周りでも花を咲かせていたはずだ。入学や進級のタイミングで、姉や妹と写真を撮った記憶はある。
    毎年、なんなら今朝だって横を通り過ぎて来たはずなのに、こんなにも視界に入らないものだとは。朝は練習のことで頭いっぱいで、夜は夕ごはんの段取りを組み立てるのに夢中になっているからかもしれない。
    へえーと、あっという間に遠ざかる四月の花を名残惜しむ。
    ふと、あいつに教えてやろうかな、なんてポケットのスマホがうずいた気がして、いやいや彼は高校の近くに住んでいるのだと思い直した。桜の開花情報なんて、自宅の窓からでも確認できるかもしれない。つうか、普通にこのあと学校で会うし。
    要圭、バカでアホで調子が良くて、すんげえ頼りになる優しい奴。
    満開の桜並木を眺めて、いちばんに浮かんだのはなぜか彼がヘラヘラ笑う顔だった。

    改札は、いちばん右から出るとショートカットだ。
    すっかり見慣れた風景をズカズカ進みながら、しかし藤堂葵は不思議な感覚に踏み入れる。時間を巻き戻されているような、体がどんどん若返っているような。
    365日中360日くらいは歩いている場所なのに、どこかツンとした、よそよそしい雰囲気を感じる。

    「げっ、」

    案の定、学校の周りは訪れる者すべてを歓迎するように、桜の花が咲き誇っていた。小手指高校は、校門から校舎まで一直線、桜並木になっている。吸い込まれそうなその光景は、普段であれば柄にもなくカメラのひとつも向けてしまいそうなほど鮮やかだけれど。
    『第  回 小手指高校入学式』
    ぴかぴかと胸をはる立て看板に、足を止める。
    そうだった、そういえば思い出した。
    “明日は入学式の準備のため、部活はお休みです“って、メッセージに返信かえしてたじゃねえか。
    朝起きていつものコース走って家族の朝メシと部員分の握り飯詰め込んで「行ってきまーす」って声をおさえて家を出る頃には、きれいさっぱりすべて忘れ去っていた。
    どうすっか……と、立ち尽くす横を、準備に訪れた生徒たちがどことなくウキウキとした様子で追い抜いてゆく。
    口ではダルいとか眠たいとか言いながら、みんな新学期に心を躍らせているのだ。俺だって、野球部がなければ暇すぎてミイラになっていたかもしれない。
    帰ろうか……と、一瞬よぎった味のないガムみたいな感情を、クシャクシャ丸めてポケットにつっこんだ。
    かわりに取りだしたのはやっぱりスマートフォンで、迷ったあげくに、ひとりの連絡先を選ぶ。
    要圭、バカでアホで調子が良くて、すんげえ頼りになる優しい奴。
    満開の桜並木を眺めて、見せてえなと思い至ったのはやはり彼がヘラヘラ笑う顔だった。


    「あっ、葵っち、おはよー」

    お誘いには、拍子抜けするほどあっさりと乗ってきた。
    休みとはいえ、朝のルーティンはちゃんと終えたのであろう要は、キャッチボールくらいならできそうなくらいラフないでたちで現れる。「葵っちほんとに制服じゃん」なんて軽いツッコミには、「うっせー」と頭をグリグリして応戦しておく。
    『部活ねえの忘れて弁当作ってきちまったから、どっかで花見しねえ?』
    というメッセージを、自分は結局要にしか送れていない。わざわざ電車を使って集合してもらうほどの用事ではないし、そうなると学校から近い面子なんて限られている。
    まあ、それだけ。ただ、それだけ。

    「あ、一応葉流ちゃんにも声かけたけど、今日はお母様と買い物行ってくるって」
    「お、おお。そっか」

    ドキリと、胸が高鳴った。
    もうすぐ新学期だもんねえーなんてナハナハ微笑む要に、負けないくらいニヤニヤ顔面が溶けそうになる。
    ふーん、じゃあお前は予定がなくてよかったわ、とか。
    ふーん、じゃあ今日はお前とふたりきりなんだ、とか。
    ぽっかりと浮かんだそんな気持ちが、あやうく表情に出そうになる。
    ……いや、なんで?

    「どうする?学校は今日入れないし、公園とか行く?俺の部屋でもいいけど、あんま桜見えないし」
    「あ、あー、そうだな。このへん詳しくねえからまかせるわ」

    首をかしげる暇もなく、大きな鞄を背負い直してついてゆく。

    別に、はじめて出会ったのが満開の桜の下だったわけじゃない。
    どちらかといえば夏みたいな背伸びしたくなるような青空の下、
    『いっしょにやる?』
    屈託もなく誘われた、あの声は今も耳にこびりついている。


    案内されたのは、本当にごくごくシンプルな公園だった。
    砂場があってブランコがあってすべり台があって、それらをすべて見守るように、ぽつり、ぽつりと桜の木が植えられている。こじんまりとした空間だが、開花具合はなかなかだ。距離が近い分、迫力もすごい。一歩踏み入れば、桜色の秘密基地にお邪魔したような気分になる。

    「おー、すげ、綺麗じゃん」
    「でしょー?けど、この時間は大人気みたいね」

    夕方はキャッチボールできるくらいスカスカなんだけど、とあたりを見渡す要の言うとおり、春休みの公園は大盛況だ。ちびっこたちは桜そっちのけで走り回り、付き添いのお母さん方は会話に花を咲かせている。

    「まあ、そうだよな。はじっこ行こうぜ」

    怪しい男子高校生二人は、目立たないように隅へ隅へ。
    腰を落ち着けたベンチの上には、すでに春が降り注いでいる。手ではらうのもなんだか悪い気がしたけれど、ケツで踏んづける方がもっと悪りぃわ、とパラパラ地面にまいてやる。

    「えーめっちゃ美味そうじゃーん!葵っちのごはんおいしいんだよねー、こんな見た目なのにー」
    「没収されたいのかな要クンは?まあ、そんなたいしたもんじゃねえよ今日は。握り飯と、このへんは朝メシの残り」
    「えっおにぎりの具は?具は何が入ってるんですか葵様!」
    「ふふっ、ランダムです。当たりには肉入ってる」
    「素敵!絶対食べたい!いただきまーす!」

    ウェットティッシュをくるくる丸めると、要はわあっと手を伸ばす。
    野球部用にとややでかめに握ったおにぎりに、あむっとひとくちかぶりつく。
    探るような表情は一瞬で、すぐにとろ〜んとほっぺたが溶けて落っこちたみたいな顔になる。
    むぐむぐむぐとしきりに噛み締めるのだけはやめないまま、「あ、これ昆布と枝豆だ、」、おいひい〜とだらりと目尻を下げる。
    ぶっ、と、こらえる隙もなく吹き出してしまった。
    要の姿が、あまりにもワンコのようで、あまりにも妹に似ていて、あまりにも胸が満たされてしまったものだから。少しでも吐き出さないと、苦しくなってしまいそうだよ。

    「ほら、落ち着いて食えよ。誰も取んねえから」
    「へへ、こっちおかかとチーズみたいなの入ってる。ちょーおいしいんですけどー」
    「お、それ妹の大好物。さっきのやつは、姉貴リクエストな」

    ひとくちも食べていないのに、想いだけがどんどん膨らむ。
    作ってきて良かった。
    誘ってみて良かった。
    気に入ってもらえて良かった。
    笑顔が見れて、良かった。
    むずむずと体の内側をくすぐられるような感覚に、頭上の桜へ目をやった。このまま要ばっか見てたら、変なこと口走りそうだ。
    んむんむ、と、おかわりを頬張る彼もつられたように顔を上げる。

    「来年はさ、みんなでお花見したいよね」

    高校生活ラストの年だし。
    何気なく続いた言葉に、ヒュッと腹の中が冷たくなる。
    舞い上がったものは、いつか必ず落っこちる。部屋の埃も、桜の花びらも、浮かれきった自分の心も。
    この時間には限りがあると不意に突きつけられて、無性に反論したくなった。

    「べ、つに、」

    卒業したって、集まりゃいいだろ。
    咄嗟に迫り上がってきたセリフは、実感がなくてウソくさい。だってまだ、高校二年生の入り口なのだ。体育祭も修学旅行も甲子園にだって行ってねえし、要の顔だって365日中360日くらいは拝む気でいる。
    どれだけ頭の中で並べてみても、コイツに伝える気はねえけどな。

    「んっ、これ肉じゃん!当たりー!」

    つゆしらずって、こういうときに使うんだろう。
    こっちの感情なんてガン無視で、要はイェーイ!と嬉しそうにおにぎりを見せつける。
    そのほっぺたを、ぐりぐりとつねってやることしか俺には出来ない。
    もしかしたら、二年先までずっと。

    「当たりはいいけどよ、海苔ついてんだよ、ほら、ここ、」
    「いでで、ありがと葵っちもうちょい優しくして」

    満開の桜の木の下、思い浮かべた通りに要がヘラヘラ笑ってる。
    すっかり見慣れた表情にマジマジ目を奪われながら、しかし藤堂葵は不思議な感覚に踏み入れる。時間を巻き戻されているような、体がどんどん若返っているような。

    『いっしょにやる?』

    ああ、屈託もなく誘われた、あの声といっしょに今も脳裏にこびりついているんだ。
    要圭、バカでアホで調子が良くて、すんげえ頼りになる優しい奴。
    アイツとの、運命めいた、あの出会いを。
     
    あ、咲いてる。

    なんて今さら意識したのは、彼と過ごして一年も経った今だった。
    ひとくちも食べていない弁当が胸に詰まって、俺は左胸をとんと叩く。

     
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