圭藤藤堂が選んで誘ってきた映画は、予想に反してハートフルコメディだった。
「思ったより良かった……」
上映後、退場の波の中へぽつりと放った一言は「だから言ったじゃねえか、ケンカ0だって」ざわめきにも関わらず、しっかり彼へ届いてしまう。
新作映画ではない、過去作のリバイバル上映を中心に行なっている小さな映画館は、学校の掲示板でたまたま見つけた場所だった。アマチュアが制作した作品なども扱っているその場所は鑑賞料金が通常よりもかなりお得に設定されているため、俺たちみたいな学生の客も珍しくない。
こういう映画、ウチの家族は興味ねえんだよ。野球部みんなで行くような話でもねえし。
けれど、鑑賞後の感想は誰かと共有したいのだという。
一見理にかなったような道理を、しかし“智将・要圭”は半分本当で半分嘘だろうなと思っていた。こと勝負事にストレスを感じやすい俺や主人に合わせてくれているのだろう、豪快そうにみえてこの男にはそういうところがある。俺たちときたら、そんな彼に甘えっぱなしだ。
ここへ来る前の、ラーメン屋だってそうだった。
ずっと前から行きたかったとこなんだけどよ、男一人じゃ並びにくいっつーか入りにくいっつーか。
と、珍しく口ごもる藤堂に案内されたのは、およそ彼の好みとは思えない、小洒落すぎているラーメン屋。
透き通ったスープに、美しく盛り付けられた具材、野菜を中心に栄養バランスが整えられていることは客層を見れば明らかだ。
藤堂のSNSによく投稿されているような、脂身たっぷりお肉もりもり、器の底など絶対に映さないギトギトスープの一杯とは真逆の存在。
わざわざ今日のために、俺のために、この店を選んでくれたんだろう。
実際、ラーメンはうまかった。
もご、と頬の裏を舌でなぞる。
ラーメンという料理自体を久しぶりに食べたのもあるけれど、一般家庭では到底味わえない魚介のコクのようなものがまだ口の中に広がったままだ。
たまにはいいのかもしれない、たまには。
にや、とご馳走のビジュアルを脳裏に描く。
「わかるぜ、美味かったよな。あのラーメン」
うんうん、と調子を合わせて頷かれて、俺は心底ドキッとしてしまった。
読まれている、藤堂に、俺がラーメンのことを思い出していることを。まだ観たてほやほやの映画の感想だって一言しか漏らしていないのに、だ。
ふり仰げば清々しいほどのドヤ顔を披露されていて、こちらも思わず応戦するように笑んでしまう。主人に似ているな、お前のその表情。
「心を読むな。まあ、美味かったけど」
「美味かったよな、ほんとに。また来ようぜ」
薄暗い映画館から抜け出して、まぶしさにふたり目を細めても、美味かった、美味かったな、という語彙力のないキャッチボールは続く。
同じ気持ちを、同じ言葉で確認するのは心地いい。
たまにはいいのかもしれない、たまには。