どうせ最後には俺を選ぶでしょ「マオ頼むっ、俺に服貸して!」
マオの家に来て開口一番そう言うと、マオは怪訝そうに眉を顰めた。
*****
マオと俺は幼稚園の頃から幼馴染みだ。家が隣同士で、小学生の時はいつも学校が終わったらマオの家に一直線だった。
ちなみに、それは高校生になった今でも割と変わらず、俺は学校から帰ってすぐにマオの家へと突撃した。
マオの名前は本当は真央(さねひさ)と読む。けれど、子供の頃呼びやすいからマオ、と呼んでいたらそれが定着してしまった。
マオも、俺が呼びやすいならそれでいいと認めているので、俺だけは真央をマオと呼んでいる。
突然の俺のお願いに、マオは不満そうに唇を尖らせ俺の名前を呼んだ。
「あつむー、ゲームは? FFFの新作……」
「今日はなし! 緊急事態だから!」
「えー」
なんだよぉ、とつまらなそうにしながらも、マオは自分の部屋へと向かう。あつむー、というのは俺のことだ。
温かいと書いて温(あつむ)と読む。
マオは昔から語尾を少し伸ばす癖があるから、そのままあつむーとして定着したので、イントネーションが少し独特だ。ろくろではなく、サッカーのイントネーションだ。
俺は勝手知ったるマオの家なので、そのまま後をついていった。親同士も仲が良く、家族のようにつるんでいるので、最早自分の家の様に馴染みがある。
「俺の服じゃ、あつむーのサイズに合わないんじゃないのー」
「いや、最悪傾向だけでもいい。イケメンがどういう服着てるのか研究したいだけだし」
「ウニクロだよ、あつむーとおそろで買ったじゃーん」
と、最近近くに出来た服屋の名前を出して、部屋に着くとマオは面倒そうにクローゼットを開いた。
見覚えのある服がいくつかハンガーにかけられている。こんな田舎にもウニクロができた! といの一番に二人で買いにいったもんな。
服揃えようぜ、と冗談交じりに同じ服を買ったのを覚えている。
見覚えがあるのも当然といえば当然だ。
「……参考になんねー」
「だから言ったでしょー。ねー、ゲームしよ。あつむーがプレイしてよ。俺横で見てるから」
「だめ。俺今それどころじゃない」
「けち」
と、口を尖らせるマオの服は、何の変哲もない白いティーシャツに無地のワイドパンツという、適当な格好だ。だというのに、その姿すら様になっている。
イケメンは服を選ばない、という奴か。ぶっちゃけ顔がよけりゃ何着てもそれなりに似合ってる。
同い年で、同じような環境で、同じようなもん食って同じように育ったにもかかわらず、マオは近所でも有名な美男子だった。
すらりとした細身の体躯に、日本人にしては白い肌。綺麗に通った鼻筋に大きな瞳。さらさらの髪の毛、形の良い唇と、美しい輪郭。イケメン、というよりは綺麗系と言った方がいいのかもしれない。
そりゃ、何着ても様になるわな。と、マオの様に美男子ではない俺は内心ため息を吐いた。
「てかさー、あつむー、なんで突然服探してんの? 服捨てられた?」
「いじめられてんの俺? 違う違う」
「じゃなに」
その問いかけに、俺は内心喜びを隠しきれずにまにまと笑みを浮かべながらマオを突いた。
「聞いちゃう? それ聞いちゃう」
「言いたそーだから聞いたげるぅ」
「聞いて驚け、なんと、三高さんとデートすることになった! しかも三高さんの方から誘ってきた!」
「誰?」
「バカお前バカ同じクラスだろ。なんならマオの方が席近いぞ。三高さんだよ! 三高奈々! 学年三本の指に入る美少女だぞ!」
「あ~~~……? ミタカサン……」
「初めて聞く顔すんな。お前そんなんだから彼女出来ないんだよ」
マオは近所でも評判になるほどの美男子だ。
となると、当然学校でもかなりのイケメンで、ぶっちゃけ俺は学校で一番綺麗な顔だと思っている。だから、当然のように女子からもモテる。
……と思いきやそこまでモテないのは、この性格のせいだ。
見た目は綺麗だけど、内面は少し変わっている。
良く言えば不思議ちゃん、悪く言うと他人に無関心でデリカシーがない。
俺がマオの発言のフォローに回ったことは何度もあるし、基本的にマオは他人のことを考えない。ドライと言えば聞こえはいいが、他人に興味がないのだ。
もう少し考えてから発言しろと言っても、あまり響いてない。
悪気はなくても女子のプライドを傷つける傾向があるので、正直そこまでモテなかった。
初対面の印象は最強だし、一目惚れされたことも何度もあるらしいけど、マオが女と付き合っているのは見たことがない。
いくら顔がよくても、やっぱり女子は中身を見るものだ。顔はいいけど中身はカス。概ね女子のマオに対する評価はこれだった。
とはいえ、観賞用としてよく他のクラスの女子がマオの顔を見に来ているけど。
「別に彼女なんかいらないしぃ。あつむーと遊んでる方がたのしーから」
と、ふて腐れたようにマオがカーペットの上に猫みたいに転がった。言うと思った、という言葉を呑み込んで、俺はマオを宥めに入る。
マオと俺は幼稚園の頃から一緒だけど、そのせいだろうか、マオは俺に自分より仲良しが出来るのを嫌う。それが男でも女でもだ。
「俺らもう高校生だぞ。彼女くらい欲しいじゃん」
「いらねー」
「マオの服着ても良い?」
「だめー」
「なんでだよっ、ケチ!」
「あつむーに彼女が出来たら、俺一人になっちゃうじゃん。そんなの寂しいから、一生彼女とか作らないで。ずっと俺と一緒にいよう」
「怖い事言ってんじゃねえぞ」
そんなの一生童貞じゃん。
マオは気まぐれで天然だけど、心を開いた相手に対してはとことん甘える。
寂しがりで、俺が他の友達と遊ぶだけで嫉妬する面倒くさいところもある。俺は昔からマオと友達だから気にならないけど、そのせいでマオは男友達すら少ない。
ゾッとしながら首を振ると、マオはむっとしながら起き上がった。
「てか、そのミタカサン? の何がいいの」
「え? まず顔だろ。顔が超可愛い。アイドルのミユミユに似てる」
「俺だって顔はよく褒められますけど」
「謎マウントやめろや。そりゃ、お前の顔はいいけどさあ、男と女じゃちげーっての。あ、このシャツいいじゃん。ちょっと貸して」
面倒くさい嫉妬を始めたマオを放置して、俺はマオのクローゼットからいい感じの柄シャツを手に取った。
マオの好きな動物柄のシャツだった。マオは動物が好きだから、持っている物には動物柄が多い。
……これは……なんだろ、ナマケモノ? ちょっとマオに似てる。かわいい系のシャツかな。でも、オシャレかもしれない、とマオの許可を待たずにティーシャツを脱いで羽織った。
うーん、サイズがややでかいけど……、まあ着れない範囲じゃないか。裾を中に入れれば……。
「どう? 似合う?」
「うん、可愛い」
「女子か。何にでも可愛いで返すなよ」
明らかに適当な返事に、マオのやる気のなさを感じたが、そんなことよりも明後日のデートに服が大事だ。
突然明後日買い物に付き合ってくれない? と言われたときはびびったが、これは完全にデートだし。
金は……出来ればデート用に取っておきたい。バイト代は最近発売したシリーズと作業環境用に使ってしまった。
マオはなんだかんだ言って、俺に甘いところがあるから、服を貸して欲しいと頼み込めば貸してくれるだろう。
同時に俺も、マオの頼みは出来るだけ聞くようにしている。
下に履けるパンツがないかどうかタンスを漁っていると、マオが俺の隣に座った。
「なんでミタカサンとデートすることになったの?」
「んー……? ふふふ、なんかさ、俺のことずっと気になってたんだって」
「あつむー、騙されてんじゃない?」
「おいおい、失礼が過ぎるぞマオ~」
なんで俺のことが気になってた、だけで騙されてるに繋げるんだよ。
いや確かに、あんな可愛い子が俺のことをデートに誘うなんて、何かの陰謀を感じたけど。
でも仮に騙されていたとしても、俺が「可愛い子と休みの日にデートする」権利を手にしたことに変わりはない。
「ほら、最近映画やってるだろ? 僕の心臓を君にあげるってやつ。あれ二人で見ようって話になったんだよ。話してたら三高さんと俺、結構趣味が合うっぽくてさ~、三高さん主演の奴が好きなんだって」
「あれ恋愛映画じゃなかったっけ。あつむー、恋愛映画なんて好きじゃないくせに、もう趣味あってないじゃん
「……。いやでも、主演の子は好きだし」
「ミタカサンが好きな主演って男の方じゃねーのぉ?」
「……まあまあ……、まーまーまー、映画なんて口実だって。一緒に映画を見て映画の感想言うのが目的だから! そこで仲を深めようってね」
「俺だったら、あつむーと一緒に映画見たら、感想よりももっかい見に行こうって二周目行くけどね」
「そりゃ楽しいけど」
そもそも男友達と出かける楽しさと、女の子とデートするんじゃ、何もかもが違うだろ。
嫉妬している時のマオは、仕方ない奴め、と可愛く思う反面、面倒くさい所がある。
いじけ方が女子かよ。こいつ、クラスに居るときは別にそうでもないのに、俺と二人で居るとたまにこうなる。自分を一番に考えて欲しい猫に似ている。と、俺は飼っている猫を思い出した。
俺に彼女が出来たら自分とこうやって遊んでくれなくなるから必死なのかもしれない。正直、三高さんはマジで可愛いから、俺の彼女になってくれる可能性は限りなく低いけど、でもゼロじゃない。
でも、マオの言うことを聞いていたら一生彼女なんてできない。
「そのあと、二人で買い物するんだ。なんか、男目線でプレゼント買うから選んで欲しいんだって。誰かの誕生日なんかな?」
「俺も誕生日近いんですけどね」
「はいはいわかってるよ、誕生日はお祝いパーティしようねマオたん♡」
と、笑いながら言うと、マオはにんまり笑って、甘い声で言った。
「よろしくね、あつむん♡ その日は寝かせないぞ♡」
「キショ」
「可愛い~」
「かわいくねえよ」
なんでも雑に可愛いで返してくんのやめろ、流行ってんのか?
その時俺は、いい感じのパンツをマオの箪笥の中に見つけた。ちょっと濃いめのグレーで、シャツに馴染みそうな色合いだった。
「あれ? これいいじゃん。ちょっと穿いてみていい?」
「だめ」
「サンキュ」
「だめ! 金取るぞ!」
「じゃあ体で払うわ」
冗談交じりに笑うと、マオは非常に微妙な顔をした。面白くなかったらしい。
マオのパンツに足を通すと、解っていたことだけど裾が長い。完全に床にくっついて引きずっている。ちょっと長め、で通せないくらいに長い。マオのやつ足が長すぎるだろ。
「……ちょっとイメージと違った」
と言って俺がパンツを脱ぐと、マオは嬉しそうに口元を綻ばせた。
「気にすることないよ、俺とあつむーは違う人間だから、体型も違うし、足の長さで人間は変わらないから」
「ちくちく言葉やめてくださーい」
いっそ短足と言われた方がマシだ。いや、短足じゃねえけど、標準だけど! お前の足が長いだけだ。綺麗な顔でスタイルもいい男はこれだから困る。
むっとしながらパンツを脱いで、さっき脱いだ自分のパンツを探す。結構服を広げてしまったから、マオの服と混ざってしまったかもしれない。
「あれ? 俺の服どこいった」
服を掴んで探していると、マオが何かに気付いたように言った。
「あ」
「ん? 俺の服あった?」
「彼シャツだ」
「あ?」
「あつむーの格好、彼シャツだね」
と、俺を指さす。
今の俺の格好は、マオのナマケモノシャツだけだ。下にボクサーパンツは履いているけど、確かに格好的には彼シャツ。
でも、お前は俺の彼氏じゃないけどね。今更そんなこを突っ込んだりはしない。面白くないから。
俺はシャツの中にわざと手を引っ込めて、マオに微笑んだ。
「マオくんのシャツ……おっきいねっ」
「かわいい~」
「いやボケたんだから突っ込めよ」
面倒くさくなったら可愛いって言うことにしてんのか。
シャツを脱ごうとボタンに手をかけると、マオが俺の手を掴んだ。
「? 何?」
「脱ぐの?」
「脱ぐよ。え? なんで?」
「服決まってないんじゃないの? 他のも穿いてみていいから」
「いや、お前のパンツはどの道全部あわない。下は自前でなんとかするから、このシャツと鞄貸してくれ」
「やだ。あとその格好しばらく続けて」
「なんでだよ。じゃあ貸してくれよ」
「ミタカサンと出かける時に着るなら貸さない」
俺、デート用に服借りるって言ったよな?
ぷい、と顔を背けてしまったマオの機嫌を直すように、頭を両手でわしわしと撫でた。指触りのいい髪の毛が、俺の手のなかでさらさらと流れていく。
「……な~~~、お前のそのたまに出る俺に対する独占欲なんなの? ちょっと借りるだけじゃん。おねがいだから貸してくれよ~、マオくんおねがーい。俺だって別に三高さんと付き合えるとは思ってねーしさ」
「なんで?」
「なんでって、そりゃお前はあんまり他人に興味湧かないのかも知れないけど、三高さんってすごい可愛いから。人気高いし」
学年三位内美少女の名は伊達じゃない。正直隣に並ぶのが俺じゃ釣り合ってないのも自覚している。マオだったなら、すごく絵になっただろうけど。
でもマオは残念ながら美少女にも興味を持たない。多分性欲とか枯れているから。俺の言葉に、マオはじっと俺を見つめてきた。
「あつむーって可愛い子好きだよね。可愛い子居たらすぐ可愛いって言うし」
「そりゃ可愛くないよりは可愛い方が好きだろ」
「面食い」
「……お前がいつも隣にいるから、顔のハードル上がっちゃった」
「ふーん、じゃあ俺でいいじゃん」
「え?」
マオの瞳に、困惑した俺の顔が映った。マオは猫みたいに、微動だにせず俺を見つめてくる。
いつの間に俺の真横に来ていたのか、シャツ一枚で服の中に座っている俺に言った。
「あつむーは俺の顔が好みってことでしょ? なら俺でよくない?」
「よくねえわ。俺、面食いだしマオでいっか! とはならねえだろ」
「え~?」
と、心底不思議そうに首を傾げるマオは、なんていうか、本当に少しズレている。
彼女の話してんのに、なんでそこでマオになるかな。
「第一、じゃあマオでいっか、ってなった時、マオも困るだろ」
「なんで? 別に困らないけど」
「あのなあ、俺は恋人が欲しいの。彼女ね彼女! だから、友達とは別枠なんだって。マオは友達だけど、彼女には……」
「じゃあ、なればいいじゃん」
「は?」
「恋人枠。彼女は無理だけど彼氏ならなれる」
「………………あのなー」
こいつ、マジか。
いくら俺しか友達が居ないからって、捨て身すぎるだろ。仕方ない、ここは冗談っぽくして誤魔化してやるか。
マオが滑ったみたいになっちゃうしな。
「気持ちは嬉しいけど、俺女の子が好きだから……、ごめんねマオくん♡」
「ふーん」
「興味なし返答~」
「別に、興味なくない」
「ほんと?」
「うん。例えばそのミタカサンは、あつむーのどこが気になるって言ってたの」
「すげえ三高さんのこと聞いてくるじゃん」
「うん」
その言葉に、俺は三高さんが声をかけてきた時の事を思い出す。
まさか三高さんが俺に話しかけてくるとは思ってなかったから、大分挙動不審になった気がするけど、話しやすくて、話しているうちに、いつの間にか出かけることになっていた。
放課後、突然声をかけられたのだ。
「へへ……俺の趣味がボルダリングなんでしょ? って話しかけてきてくれてさ」
「あつむーの趣味はボルダリングじゃなくて部屋でレゴブロック積んで面白建築することだし」
「おいバラすな。そっちよりボルダリングのがなんかかっけえだろ」
体を動かすのは嫌いじゃないし、ボルダリングも楽しくて結構好きだけど、毎日出来るようなもんでもないからな。
何より、レゴはすでに揃っていれば組み合わせが自由なのでそこまで金がかからない。三高さんにはボルダリング好きなんだよね、と話したけど、しょっちゅう行くわけでもなかった。
けど、マオと一緒によく行くことを話すと、三高さんは目をキラキラさせながら「えー、私も興味あるー」って言ってくれたし、なら趣味をそっちにしたっていいだろ。
俺の言葉に、マオは面白く無さそうに呟いた。
「別にどっちでもいー。俺は、あつむーと一緒に部屋でブロック詰むのも楽しいし」
「三高さんに一緒にやろうねって言えねえだろ」
「俺が一緒にやればいいじゃん」
「それ日常だから」
改めて頼むことじゃない。
俺は、彼女と一緒にボルダリングデートを夢見たりしてんだよ。別に彼女と一緒にレゴブロック面白建築耐久テストやりたいわけじゃねえの。
そう言うと、マオは眉尻を上げて口を尖らせた。
「ミタカサンてさあ、あつむーの何を知ってんの?」
「え、それ俺に聞く……?」
「わかる範囲で答えてよ。その女より俺の方があつむーのこと知ってるって証明してやるから」
「何これ、俺尋問受けてんの……?」
なんで俺が気になる女の子が俺にどれだけ詳しいかを、俺が話すんだよ。俺が知りたいよ。
てか幼馴染みのお前より三高さんが俺に詳しかったら逆に怖いわ。
「えっとぉ……、一年の時同じクラスだったよねえ~……って言ってたから、俺のことは昔から認識してくれてたと思う」
「俺は小学校の時からあつむーとずっと一緒のクラスだったけどね」
「お前が先生に圧かけるからだろ」
「あつむーのことは、幼稚園の頃から知ってるし」
「何のマウント? あと、三高さんって持ってる小物とかが動物多くて、いかにも女の子って感じで可愛いなって思って」
「俺も動物好きだし、今着てるそのシャツだって動物ですけどぉ~」
「話聞いてた? 女の子の話してんだよ」
「あつむーは、性別で人を差別するんだね……」
「俺が悪い感じに持ってこうとすんな」
そりゃ性別で人を差別するのはいけないことかもしれねえけど、今そういう時間じゃないだろ。
マオは尚も食い下がってくる。
「あつむーは、他にその子のどこが好きなの」
「え? そりゃ、笑顔が可愛いとことか……」
「あつむー」
「ん?」
問いかけに答えると、マオがにっこりと笑った。クラス奴らは絶対に見たことがないであろう、全力の笑顔だった。
「どう?」
「楽しそう。なんかいいことあった?」
「ない。最悪」
「お前そういう笑顔もっと見せたらモテそうなのに」
「別にモテようとは思ってないしぃ……。あとは?」
「え?」
「ミタカサンのいいとこ、他には」
「まだ続けんのかよこの話題……。俺の趣味に理解あって、話しやすくて、顔可愛くて、いい子で……」
「俺だってあつむーの趣味は一緒にするくらい好きだし、幼馴染でずっと話してるし、顔もあつむーの好みだろ」
「…………なんか怒ってる?」
さっきからやたら対抗してくるな、と思ったけど、それは唯一遊んでくれる友達である俺を取られそうなことからの嫉妬心だと思っていた。でも、あくまでそれは冗談の範疇で、なんだかんだ協力してくれるかと思っていた。なのに、少しずつ口調の棘が大きくなっていく。
怒っているか、という俺の問いかけに、マオは不機嫌そうに眉を寄せた。
「あつむーの話聞いてたら、全部俺でいいじゃんって思って」
「いや、だから……」
「俺にしとけば」
と、マオが言う。
何、そのマジトーン。真剣な感じで言われると、こっちも照れるんだけど。……冗談、だよな?
けど、これを茶化したらまずい気がして、俺は口ごもった。
「いや、だからさ。俺友達の話はしてねえのよ……、彼女作って、エッチなこともしてみたいし……。マオは俺とチューとか出来ないじゃん? だから、あ」
瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
マオの顔が間近にあって、長い睫が一回瞬く。マオの顔は子供の頃から見慣れていたはずなのに、こうやって間近で見ると、思わず見惚れるくらいの綺麗な顔だ。
だから、一瞬反応が遅れた。
「…………っ おまっ……!」
「出来るよ、そんなの余裕」
「いや、出来るよじゃなくて……! お、俺のファーストキスを……!」
「嘘ばっか。子供の頃俺と何回もしたことあるじゃん」
「……っ子供の頃はよくわかってなかったからノーカンだろ!」
「他の奴に出来て、俺があつむーと出来ないことなんてない」
「…………」
至極真面目な顔で言い放つマオに、俺は今のキスの衝撃すら忘れそうな鼓動を感じた。
――もしかしてこいつ、全部マジだったりする?
マオの行動原理は読めない事が多いけど、紐解けば大元の本音は案外なんてことないものだったりする。
「あつむー、顔赤い。可愛いね」
と、マオが言った。けど、その可愛いが、もしかしたら本心かもしれないと思うと、雑な返事と茶化すこともできなかった。
ひょっとすると、全部本気だったのかもしれない。
マオの手が、マオのシャツを着た俺の腰に触れた。シャツのナマケモノの顔がくしゃりと歪む。
「ほんと、かわいい」
「っ……お前さ……」
ぶわ、と体温が上がった気がした。
いやいや、落ち着けよ。マオだぞ。
どうせ俺が三高さんに取られそうになってたから、無茶苦茶言ってるだけだ。
子供の頃から、マオはそういうとこがある。
小学生の頃、俺がお気に入りのボールを上級生に取られたから、取り返すためにそいつの家に武器を持って取り返しに行ったり、俺が先生に理不尽に怒られたら、その先生の家燃やしに行こうとしたり、行動が一々大胆というか、大袈裟なんだよ。でも攻撃的なところがあるから、俺がなんとかしなきゃと思っていた。
ぼんやりしている割にいきなり苛烈だったり、かと思えば何も考えてなさそうだったりと。放っておけないというか。
ああ……でも。あの苛烈な行動って、全部俺の為だったりしたなあ。しみじみと頭の中で思い出が駆け巡る。
すると、マオの顔が、再び近づいてきた。
やばい、キスされる、と思って唇を手で押さえると、マオの唇は俺の額にぶつかった。
「ちょ」
ちゅ、と可愛いリップ音が響く。この音を聞くのは、子供の頃以来だった。ふざけて恋人ごっことかやってた黒歴史以来。
相手がマオだからか、不思議と嫌悪感はない。でも、俺たちはもう子供じゃないし、これが友達のすることじゃないってことはバカでもわかる。
「…………っ、お前ってさあ、もしかして俺のこと昔から好きだったりする?」
「? うん」
「いや、友達の好きじゃなくて、俺が三高さんに思う気持ちみたいな……」
「それは知らないけど、俺はあつむーが世界で一番好き」
「………………」
その言葉に、不覚にも一瞬ときめきそうになった。
落ち着け落ち着け。相手はマオだぞ。
明日には言ったことを忘れている可能性だってある。前日大好物だった物が、翌日世界で一番嫌いな食べ物と言ったことだってある男だ。気分がころころ変わりやすい気分屋で、発言だって変わる。
真面目に捉えると疲れるからこそ、俺は一緒に居られたのに。
ああ、くそ。なんで俺こんなにマオに詳しいんだ。
伊達に幼馴染みやってねえな。思い出すのは、いつだってマオとの思い出ばかりだ。
「ね、あつむー、俺でいいでしょ?」
「いやー……」
「ミタカサンと出来ること、全部俺が出来るし」
「そういう事じゃねえんだよな……」
彼女と親友じゃ大分違うって言うか、でも、マオはそれを理解しようとしない。
いや、解っててやってんのか。どちらにせよたちが悪い。俺がどう説明しようか悩んでいると、タイミングよく三高さんから連絡が来た。
ピロン、とスマホが音を立てる。
「あ!」
「何」
「三高さんからライン来た。ちょっ、マオ重い、離れろ」
「やーだ」
俺がマオに背を向けてスマホをチェックしていると、マオが後ろからのしかかってきた。そのまま体重で押し潰され、服の上にべしゃりと潰れる。
「邪魔だって!」
「なんてきてんの?」
「チェックすんなよ、彼女か」
とはいえ、三高さんからなんて来ているかは俺も気になる。画面を開くと、今度の待ち合わせの詳細が来ていた。
駅前に十時集合ね、なるほど。了解スタンプを押すと、今何してるの? と雑談ラインが来た。
……おいおい、これはマジでちょっと脈有りじゃね? と、上からのし掛かってくるマオを気にせずメッセージを返す。
【今はマオんちで遊んでる】
【えっ、真央くんと? 二人で?ほんと仲いいよね~羨ましい!】
【昔からの友達だから】
【そっかあ
じゃあ、あのさーよかったらなんだけど、今度の日曜日真央くんも一緒にどう?】
【あ、別に無理に誘ってるわけじゃないんだけど】
【真央くんってちょっと近寄りがたいし】
【この機会に話してみたいなーって】
【ごめんね急に!】
そのラインが来た瞬間、俺はぴたりと手を止めた。
「デートじゃないじゃん」
「う」
マオの発言がぐさりと刺さった。
……こっちかあ。
正直、こういうことが初めてってわけじゃない。マオは今やモテないけど、それでも顔がいいので、こういう誘いは定期的にきたりする。顔さえよければいいタイプの女子が、マオに告白したり、遊びに誘ったりする。
でも、直接マオを誘ったところで、マオが頷くことはまずない。
マオは基本的に、俺以外と遊ばないし、発言が自由すぎてついていけない事がある。
だから、まずは俺に誘いがくる。マオと一番仲がいい俺に。
でも、三高さんはそういうことはしないと思ってたんだけどなあ~……。俺の話とか楽しそうに聞いてくれてたし、俺のことを見てくれてたのかと思ってた。
俺が少しだけ落ち込むと、俺の上に覆い被さっていたマオが耳元で呟いた。
「俺だったら、あつむーと遊ぶとき別の奴を誘ったりしない」
「………………」
「ね、俺にしときなよ」
もしかしたら、三高さんは単純に、本当に単純にマオと話してみたかったってだけかもしれないし、マオが居た方が俺が過ごしやすいと思って誘ってくれただけなのかもしれない。
これだけで落ち込むのは早計だ。けど、デートだと思っていたのは俺だけだったのかも。
「お前を選んだら、どうなんの」
俺の言葉に、マオがぱっと顔を明るくした。
「あつむーが寂しくなったり、やな気持ちになったりしない」
「ははっ」
その言葉に、俺は思わず吹き出した。
「寂しがり屋はお前だろ」
そうマオに言うと、マオは少しはにかんだように「バレたか」と笑った。
「今度の日曜、マオも行く?」
「あつむーが居るなら行く」
「ん。じゃあ、そう返すわ……」
「あつむー」
「ん?」
「俺は、あつむーのことが好きだよ」
と、マオが笑いながら俺の頭を撫でてきて、思わずお前にするわ、と言ってしまいそうな程綺麗な顔に、口を噤んだ。
やっぱり俺って面食いなのかも。
終わり