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    sima_kabe

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    その後デートする話。
    ※一緒に暮らし始めてからの話。本編読了後推奨。

    ##ペーパー

    その後デートする話「俺、ずっと先輩とこういうデートがしてみたかったんですよね」

     そう言って笑う帝の顔は心底嬉しそうだった。
     賑やかな繁華街。ネオンに彩られた街の並びにあるゲームセンターは、今日も学生で賑わっている。
     帝がクレーンゲームをやったことがない、そもそもゲーセンに行ったことすらないというので、じゃあ行ってみるか、と二人で遊びに来た。クレーンゲームの他にも色々あったので、いくつか見てみたが、結局帝がこれを取ってみたいです、と言うのでクレーンゲームで遊ぶことにした。
     喧騒と音楽で騒がしい店内だと、帝の声も聞き取りづらい。

    「デートって、んな大袈裟な……」
    「デートですよ。放課後デート。高校の時もよくしたじゃないですか、一緒に下校」
    「あれ、お前の中ではデート括りだったんだ……」

     高校時代、友達が居なかった俺は、たまに帝と一緒に帰ったりもしていた。
    あくまで一緒に途中まで帰っただけで、どこかに寄り道することもなく、ただ下校しただけだ。
     けど、今思えば、帝の家は俺んちとは逆方向のはずだ。今なら、帝が俺と一緒に帰りたがった理由がなんとなくわかる。当時の俺は、考えもしなかったけど。
     目の前にあるアクリルケースの中に転がっているのは、俺も良く知らないキャラクターのぬいぐるみだった。眼鏡をかけた黒猫は可愛いといえば可愛い。
    帝は、さっきからそれを取ろうとしているらしく、何枚も小銭を注ぎ込んでいる。

    「好きなの? それ」
    「だって、ちょっと先輩に似てません?」
    「は? その眼鏡をかけた猫がか?」
    「ああっ、もちろん先輩の方が何百倍も可愛いですよ! 常識です!」
    「そこじゃない」

     そもそも、全然似ていない。ジト目の黒猫は、鬱陶しそうに俺の方を睨んでいる。俺、こんなんじゃないよな?
    帝は懲りずに金を注ぎ込んでいて、何回も失敗していた。

    「……ちょっと貸して」
    「え?」
    「俺がやってみるから」

     そう言って、百円玉をゲーム機の中に入れた。
     元来俺は、ゲームセンターというものがあまり好きじゃない。帝みたいにやったことがないって訳じゃないけど、かつて仲間内で行くのもそんなに楽しくなかった。
    クレーンゲームも好きじゃない。どうしても元値を考えてしまうし、金を無駄にしている気がする。
     ここはそういう場所じゃなくて、取るのを楽しむ場所だっていうのはわかっている。けど、こればっかりは性格だ。
     だから、これをやって取れなかったらもう帰る気でいた。
     帝には悪いけど、人が多い所も、そんなに好きじゃない。そう気付かせたのは帝の方だ。
     硬貨を入れると、ゲーム機からテンポの早い音が鳴り、クレーンが動き出す。
    けど、普段クレーンゲームをやらない素人の操作じゃ当然取ることは出来ず、クレーンは空しく宙を掻いた。
     一瞬引っかかることもあったけれど、揺れと同時に落下する。絶妙に取れそうで取れないのがいやらしい。だから嫌いなんだ。

    「あー、駄目だ……」
    「先輩、残念でしたね」
    「……そう言う割には笑顔だなお前。金が吸われて空しくない?」

     俺の問いかけに、帝はきょとんとした顔で首を傾げた。

    「空しい? どうしてですか? 俺は今、先輩と一緒にここに来て、一緒にゲームを楽しんで、先輩が俺の為に取ろうとしてくれるところを見れた。それだけで充分に元は取れてますよ。損得の話をするならむしろプラスです」
    「…………あ、そう」

     ストレートな好意と狂気にも似た発言に、俺は口ごもる。今更照れているというわけでもないけど、こうやって真っ直ぐに言われると、どうしていいかわからなくなる。
     最後のプレイを終えたが、結局ぬいぐるみは取れなかった。アクリルケースの中から逃げられない黒猫が自分に見えて、一瞬俺は目を擦った。何を馬鹿なことを考えているんだろう。俺は目をそらし、帝に言う。

    「……帰ろっか。取れねえわこれ」
    「そうですね」

     案外あっさりと帝は頷く。

    「取れるまでやります、とか言わないんだな」
    「俺、先輩以外のものに対しては、あまり執着とかないんです」
    「ふーん……」

     あっさりとした物言いだったけど、それに対して俺はどう言えばよかったんだろう。
    ゲームセンターを抜け、いつもの帰路に着くと、外はすっかり暗くなっていた。デートというにはあまりにも短い時間だったが、帝は満足したようで、嬉しそうに俺の隣を歩いていた。

    「取れなかったのに嬉しそうだな」
    「はい! 先輩とデートできたので」

     人を部屋に監禁して、無理矢理犯してきたような人間が言うには可愛すぎるセリフだ。そもそも、部屋から出そうとしなかったのはそっちなのに。けど、今となってはもうどうでもよかった。
     俺が手を伸ばすと、帝が目を見開く。

    「繋ぐ? 手」
    「えっ、あ、つ、繋ぎますっ……」

     真っ赤になりながら、俺の手を両手で握ってきた。

    「し、失礼します……」

     緊張に震える手が、俺の手を掴む。両手って。アイドルの握手会かよ。普段は手どころか体のあらゆる所に触っているのに、今ここで照れる意味がわからない。
     帝という人間は、スイッチが入ると止まらなくなる割に、普段は俺に対して恭しい。
     だからこそ、扱いが難しいのかもしれない。
     俺より高い身長を縮込ませ、手を繋ぎながら帝は震える声で言う。

    「先輩、俺」
    「ん?」
    「もし、将来、絶対に地獄に落ちるって言われても、別にいいなあって思います……」
    「何の話?」
    「今が、すごく幸せだからです」
    「……そりゃ、よかったな」
    「好きです、先輩」
    「…………ん」

     そう言って笑う帝の顔は心底嬉しそうで、気が付けば俺も笑みを浮かべていた。
     絡められた指に、ぎゅっと強く力を込めた。

    終わり
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