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    SuzukichiQ

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    SuzukichiQ

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    テスト投稿。2017年に書いた話。
    二口堅治。

    #二口堅治
    niguchiKenji

    【たまご】 カウンターのこっち側。
     その横幅はコートのサイドラインからサイドラインまでの距離を半分にしたくらい。奥行きは大股一歩分くらい。
     平均よりデカい俺にとっちゃその場所はあまりに狭すぎた。
     その狭すぎるところに調理台があって流し台があって洗浄機があって、振り返れば酒瓶がぎっちり敷き詰められた棚と冷蔵庫がある。物理的に狭すぎる上に物が多いから狭苦しい。
     しかも調理台も流し台も低めに作られてるせいで、普通以上に腰を折る必要がある。細かい作業はキライじゃねえけど、もうちょっと高く作れよ、と思って舌打ちしかけた数は知れない。つーか客と店長がいないところで舌打ちしたな、最初に何回か。
    「出汁巻き上がり」
    「あいよぉ」
     店長が調理場からカッスカスの低い声で告げるので、俺は皿洗いの手を止めてそっちへ行く。最初は聞き取りにくかったけど、それには慣れた。ステンレスの上に置かれた四角い皿の上に、しろい湯気をあげる出汁巻き卵がのっかっている。焦げ目無く、形はかんぺきで、かおりも良い。
     俺も何回かだけ焼かせてもらったけど、言われた通りにやったらとりあえず焼けたけど、別に食えないレベルとまでは行かなかったけど、店長の常連客に出せるかって言われたら難しい気がした。ので、文句をあまり言わなさそうな客に出した。
     そんな俺のイマイチの出来のやつと比べたら、目の前の出汁巻き卵はかんぺきだ。ま、いつも通りなんだけど。店長はここで二十数年も毎日毎日、注文を受けて料理を出している。二十数年つったら俺の年齢と一緒くらいだ。
    「お待たせしましたー」
     カウンター席に座ってビールをちびちび飲んでる客の前に、俺はまだ湯気のある出汁巻き卵の皿を置いた。
    「お、ありがとう」
     と短い返事。皿の端を持って自分のほうに寄せる手がふいに止まり、俺は追加が入るかと思ってそっちに視線をよこした。
    「なんですか」
    「今日はおまえ、焼かないんだなと思って」
    「あとで鎌先さん来るって言ってたんで」
    「ん?」
     もうけっこう見慣れた、俺の言葉の意図がわかんねえときに首を傾げるところ。説明しようとしたけど、店長に呼ばれたから中断した。味のしみた鰤大根をおなじ人の前に置き、ビールがまだ半分残っていることを確認した。
    「俺が作ったモンに対してはウルサいんスよ。面倒なんで、あの人が来るときは厨房に入んないです」
    「……ああ、あー。目に浮かぶなあ……」
     はは、と乾いた笑い。それからビールを飲んで、大根に箸を入れていた。
    「で、上達したのか? 出汁巻き」
    「どうスかね。最初よか多少は」
     答えたら、そうかと言った。
     この人は、俺がここにきて初めて焼いた、食べられなくはないけどイマイチの出来の出汁巻き卵を出した客だ。
     でもって俺の高校の先輩であり、バレー部の元主将であり、件のうるせえ鎌先さんと今でもツルんでいる人でもある。
     ビール、枝豆、出汁巻き卵、鰤大根。あと、少し時間のかかる焼き物が出てきたらこの人の注文は終わり。俺は自分の背中側にある冷蔵庫から、小皿に取り分けてあるヒジキを出した。
    「茂庭さん、これどーぞ」
    「お?」
    「期限が今日までだし、どうせ余るんで」
     店長だって見てないし気付いてない。茂庭さんは俺の顔と置かれた皿とを見比べて、肩を竦めてから「ありがとう」と受け取った。
    「バレても知らないからな」
    「言わないでくださいよ」
     そのとき、入り口が空いた。
    「あ、らっしゃーませ」
     何度か顔を見たことのある、ちょっと賑やかなオジサン四人組。店長と仲がいい。
    「どうも。四人なんだけど、いける?」
    「奥のあのへんどーぞ。店長よびます?」
    「いいよ、暇なときに来てくれたら。とりあえず生中よっつ、枝豆とタコわさ」
    「はいよ」
    「来てやったぞ二口ィ!」
     おしぼりを渡してオーダーを書いていたら、さっきとは大違いの勢いで入り口があいた。
     あ、カオ上げたくねえなって思った。でもコレだけは最低限の癖で上げてしまうからしょうがない。そこには仕事終わりの格好をした鎌先さんがいた。茂庭さんが軽く手を上げている。
    「おーす茂庭お疲れ。笹谷は?」
    「お疲れ。今日は終わんないって」
    「最近は忙しいなーアイツ」
    「そっちがヒマ過ぎるんじゃないですか」
     おしぼりを渡すついでに挨拶代わりにそう言った。そういやいらっしゃいませ的なこと言ってない。いいよな、鎌先さんだし。
    「てめえ、ちったあ客として扱え二口」
    「扱ってます。ビールでいいですか」
    「ホント愛想っつーもんが身につかねーな! ビールだよ!」
     店長から呼ばれた。視線を向けると、焼き物が上がっていた。
     先に注文を受けたビール四つを出してオーダー用紙を調理場に出し、戻るときに焼き物の皿とビールをふたりの前に出す。途中で冷蔵庫の端に肘をぶつけた。少しでも忙しくなるとコレだ。狭すぎんだよ、本当に。



     ちょっとだけ前のことだ。
     高校を卒業して、就職したところを一回辞めた。理由はなんてことはない、ちょっとでいいから自由な時間を作りたかったから。逆にいうと、ちょっとの自由な時間さえ作れない環境だった。
     自由な時間を使ってなにがしたかったのか、今となっちゃ思い出せない。とりあえず毎日ずっと疲れてて、毎日ずっと疲れるだけの環境から解放されたいっていう気持ちがあっただけかもしれない。だから給料一ヶ月分の退職金と引き換えに、仕事を辞めた。
     けど働かない訳にはいかなかったから、金になれば何でもいーわと思って手近なとこでバイトを探した。ウチから一番ちかいチェーンの居酒屋だった。
     で、そこは五日間で辞めた。
     にこにこ笑う接客、座敷の客から注文貰う時は膝をつくルール、ムカつく客にもまたお越しくださいって言う店長。なんかもう、そういうあらゆるサービス精神が俺には無理だった。金になれば何でもいーわって思ってたはずだけど、仕事イコール手を動かすもんだと思ってた俺にとって、接客という世界の価値観は合っていなかった。
     じゃあ、なんで今ここにいるのか?
     簡単だ。最初に客として来たときから店長のオッサンの愛想が無くて、あるのは小さいカウンター席だけで、マナーの無い客には遠慮のない感じが気に入ったから。でもって飯は地味だけど凄く美味かった。地味だけど全部ていねいで、味がしみていた。こんな美味いもん作れる愛想のないあのオッサンすげえな、って思った。
     客として来て帰るとき、手書きのバイト募集の貼り紙が入り口にあることに気付いて、そっこうで応募した。ちなみにその場で店長のオッサンに口頭で訊ねた。次の日から働くことになった。
     俺は狭くて狭苦しいカウンターで、前に五日間だけやって覚えた酒の出し方を思い出し、あんま教える気のない店長の元で、つーか教わるほどの何かもない店で気楽なバイトをしている。奥さんとか他のバイトもいるらしいけど、二名体制でいつも回してるから会わない。
     カウンターは狭い。調理台は低い。でも、辞めるほどじゃない。別に平気だった。

     俺がここでバイトしていることを聞いた鎌先さん、笹谷さんがやってきたのは、働き始めて二日目だ。茂庭さんも一緒だった。
     高校んときから思ってたけど、ホンット暇な人らみたいで、後輩を冷やかすことに余念がない。それぞれ別のところで就職して社会人やってるってのに、金曜日になったらココを集合場所にしてるみたいにやってくる。特に鎌先さんは彼女もいなくて仕事先でも仕事が無いのかって言ったことがあるくらい、ここにやってきて好きなもん食って喋って帰ってく。笹谷さんは少しだけ忙しい。
     茂庭さんはこの店の近くに住んでいる。だから鎌先さんとは別の意味でけっこうフラっと寄り道に来る。
     なんにしたって暇な人たちで、まるで俺にちょっかいをかけに来てんじゃないかって思うくらい、やってくる。
     だから俺も店長が見てないところで好き放題やりかえしている。
     ほかの客に出したことのないイマイチの出来の料理を出すのも、期限間近の品を出すのも、仕事の愚痴をたっぷり聞いてやり、そのうえで笑い飛ばすのも、今の場所だからできることだ。



    「んじゃー、明日あるし、帰るわ俺。半日だけど」
    「おう。またな」
    「おうおう、またな。また来てやるよ二口」
    「ほんと他にやることないんスね。お疲れ様でした」 
     軽めに飲んで、鎌先さんはさきに帰っていった。家までの距離はそんなに近くないはずだから、いつもこんな感じで他のひとより少し早めに店を出ている。
     何組かやってきた客ももう帰っていって、残ってんのは茂庭さんだけ。歩いて帰ることが出来る距離だから、しょっちゅうこうやって遅い時間までいる。
    「明日は?」
    「休み。そっちは?」
    「出ます。今日と一緒。週末なんでちょっと忙しいと思います」
     そうかあ、と茂庭さんは呟いた。皿の上にはもう何も残ってない。ビールも無くなりそうになっている。それを飲んだら帰るかもしれない、と思いながら、きれいになった皿を回収して、流し台に置いた。水を溜めてあるほうに沈んでいくそいつらを見ていたら、ふと、思いついたような調子で沈黙は破れた。
    「何ヶ月だっけ」
    「はい?」
    「ここ来て」
    「……来月で半年のはずですけど」
    「もうそんなか。ビールおかわり」
    「はあ」
     話したいことが何なのか分からない。とりあえず空っぽのジョッキを受け取り、新しいやつに入れて渡した。
     店長はバックヤードにひっこんだみたいだった。物音ひとつ聞こえてこない。ほかの客もいないから、換気扇の音ばっかりがずっと響き続けている。
    「もう五か月前かあ」
    「だからなんですか」
    「いや。おまえの死にそうな顔みたの、もうそんな前だったなと」
     なんのことを言ってるかは分かっている。

     仕事辞めて、とりあえずって始めた最初のバイトもソッコー辞めたとき、俺はだいぶ疲れていた。何にもしたくなかったけど、本当に何にもしないと社会的に死ぬっていう確信だけはあった。でも、やっぱり何にもしたくなかった。
     それで俺は何をしたのかというと、バレーを観にいくことにした。正確には仙台の体育館で試合をする母校のメンバーを観にいった。
     観客席にやってきていた。声あげて応援なんて柄じゃない。だから黙って観るか、激励だけしてやれば充分だと思ってた。けどそこにいたのが同じく試合を観に来ていた茂庭さんだった。偶然の再会ってやつだ。
     俺が死にそうな顔をしていたのはそのときだったらしい。そんな指摘はその場ではされなかったけど、その日の夜に、茂庭さんちの近くの居酒屋で飲んだ。素朴だけどやたら美味い出汁巻き卵を食べながら、なんか俺もう何にもしたくないです、と適当な調子で言った。
     怒られんのかなあ、と思ったけど、この人は怒らなかった。怒らず、でも困った感じの顔で
    「疲れてるんだな」
     と応えた。
    「そースね。疲れたんですよ、俺」
    「そんな感じだな」
    「これからどうしたいかも分からないし。つーか考えるの嫌だし」
    「……あるよなあ、そういうの」
    「茂庭さんもあるんですか」
    「働いてる奴なら誰でもあるんじゃないか」
     愛想のない店長は、俺たちに構ったりせず、ただ注文したものを淡々とした調子で提供しつづけた。飯はぜんぶ美味かった。
     時間がとても早く過ぎた。俺は帰らないといけなかった。でも可能なら、ここにいる時間がもっと欲しいと思った。
     狭い空間。うるさくない雰囲気。地味でしみるように美味い飯。話し相手。
     それで帰り際、貼り紙を見つけて、店長に声を掛けた。
     五か月まえのことだ。

     茂庭さんはしょっちゅうやってくる。鎌先さんも、時間があるときは笹谷さんも。
     酒と飯だけなら、こんな地味で狭いところである必要はない。なのに、わざわざ暇をつくってやってくる。そんでしょうもない、くだらない話をして帰る。
     俺がここにいる理由を、茂庭さんが鎌先さんたちにどう話したのかは知らないし知る気も無い。誰もかれも人生相談なんか乗っちゃくれないし、ただただ好きに飯食って帰るだけだ。でもその間に俺はすこしだけど料理の腕があがったし、俺らしく居られる時間が増えた。
    「茂庭さん、時間だいじょうぶですか」
    「うん? おう」
    「ちょっと待っててください」
     茂庭さんを置いて、俺は厨房に入った。
     常温で置いてある卵をふたつ、手に取る。ボウルに割って溶き、作り置きの出汁をいれて、少しのクリームを入れた。
     熱した四角いフライパンに卵を薄くしいた。じゅ、と鳴って、少し火を弱めた。端からめくれそうになっていき、わずかに白い湯気が立つ。傾けても流れない程度に固まったら箸の先で巻いていく。
     ボウルから卵がなくなるまで繰り返して、終わったらすぐに皿にあげた。待っている茂庭さんのところに持っていって、それを置いた。
    「出汁巻き卵?」
    「半分ください」
     そうして箸で分けてもらった自作の出汁巻き卵を、俺は食べた。
    「どうスか」
    「美味いよ」
    「ふーん」
     茂庭さんはお世辞では言ってない。確かに、別に食えないレベルとまでは行かなかったけど、店長の常連客に出せるかって言われたら、やっぱり難しい気がした。
     顔に出ていたせいだろうか。茂庭さんは俺の顔をしばらく見て、それからちょっと笑った。
    「上達した」
     やっぱ敵わない人だなと、たまごを食べながら思った。相手が欲しい言葉を分かってる人なんて、この世の中にはけっこういる。でも、分かった通りに言えるってのは俺からすると凄いことだった。
    「……あざす」
    「もっと上手くなるかもな」
     それはそうだろう、って感じ。毎日つづけていたら上達するに決まってる。バレーと一緒。
     でも、そうはならない。
    「そー言ってもらえて良かった。俺、そろそろ就活しようかと思ってんですよ」
    「へええ。出汁巻き卵の腕は?」
    「いいですよ別に。二十数年の腕前には敵わないし」
     もういいかもしれない。
     ここで過ごした時間は必要な充電のための時間だった。本当は、以前に近い状態の自分に戻りてえなあと思っていた、少しだけ前から。
    「仕事決まったら、ここ辞めます」
    「それはそうだな」
     食べ終わって、ビールも飲み切って、茂庭さんは伝票を指差した。会計、と言われたので俺はレジで金額を出しに行く。
     戻ってきて伝票を渡したとき、茂庭さんは何かに対して頷いた。
    「俺たちはさ、ヒマだから」
    「はい」
    「おまえが辞めたって、関係ない。飯も美味いし」
    「あー、でしょうねー」
    「またここに来るよ」
     そりゃ来るに決まってるでしょうね、茂庭さんにとっちゃ近場だし。くだらないことを話して、一緒に酒を飲んで、美味いものを食べるための場所なんだし。
     この場所は、俺にとっては近場じゃない。だけどまた、俺も来ると思う。
     ヒマだなって笑われても、まだまだヒヨコだとか言われても、うるせえって言い返して、また来ると思う。
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    SuzukichiQ

    DONE龍羽ワンライです
    『聞こえた!』 実際のところ、普通の人はどのくらい聴こえるものなんだろうと考えたことがある。
     羽京にとっては生まれたときから自分の聴こえ方が自分にとって普通だったから、感覚的な意味で聴力の良さに気付くのは遅かった。
     両親はたぶん早く気付いていた。幼少期の自分はどうやら言葉の発達が人一倍早かったらしい。歌を覚えるのも物心がつくより前のことだった。それでも普通に育てられたから、まわりと自分の差異が分かってきたのは小学校に上がってからだったと思う。地獄耳と初めて言われたのもそのくらいの時期だった。
     気にしていた時期もあったが、専門機関で検査を受けてからは納得が出来るようになった。どんな小さな音でも聴こえる――ということではなくて、どうやらこの聴力の良さというのは、周囲をよく観察し、洞察する性分と掛け合わさった結果なのだという。その説明は自分のなかにストンと落ちて、以降は地獄耳だと言われても実際そうなんだと思うようになった。疲れていたり周りが見えていないときには他よりちょっと耳がいいくらいの人間だし、高い集中力が必要な環境になれば、拾った音の情報をより多く早く処理できる。それで周りに頼られることも増えた。
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    SuzukichiQ

    DONE1回書きたかったあさぎりゲンの話。五知将揃い踏み。
    カップリング要素はないけどゲンは千空が好き、千ゲンでもゲン千でもない。龍羽生産ラインの気配があるかもしれない。
    空想科学的要素を含みます。
    スワンプマン(仮)【あさぎりゲン+五知将】

     どうやら俺には偽物がいる。

     そのことを知ったのは、仕事が終わって日本に帰国して、数日の貴重なオフを過ごしている最中だった。本職はマジシャンだっていうのに、本格的な復興プロジェクトが動き出してからというものの、相変わらず技術者や政府要人がいる場所に引っ張り出されては交渉役や調整役になっている。重要で責任の重い仕事が終わったあとの休息。開放感が最高だった。遅めの時間に起きて、外に好きなものを食べに行って買い物をして、最近充実しつつある本屋で新しい心理学の本を手に取ってみたりして、夕方になったら仲のいい人と待ち合わせ。
     羽京ちゃんも以前と変わらず俺に負けないくらい忙しい。そんで今もやっぱり美味しいものが大好きなので、仕事終わりに美味しいものを食べに行こうって誘うと大体乗ってきてくれる。今日もそんな感じで、前々から決めていた約束の時間に羽京ちゃんはやってきた。
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