FNF_Investigator_AU Week3.3 とある街の路地裏。
日の光があまり届かないそこは、昼というのにやけに薄暗い。
壁にはアーティスト気取りの不届き者が描いたであろう無数の落書き、地面には街から隠すように放置された大量のゴミ袋が散乱している。
そんな治安の悪そうな路地裏を、俯き加減に歩く青年が1人。
癖っ毛のオレンジ髪に、左頬の獣の爪で抉られたような3本の傷痕が印象的だ。
青年が上着のポケットに手を突っ込み、ゴミ袋から零れ落ちた空き缶を蹴り飛ばしつつ歩を進めていると。
「だーれだっ♡」
背後から突然聞こえてきた、可愛らしい少女のような声。に、次いで青年は自身の背中にトン、と何か鋭利なものを当てられる感覚を覚える。
「……Nene」
青年は俯いたまま答えた。
「…せいかーい」
Neneと呼ばれた黒髪の小柄な少女は、青年の態度に不服そうな表情を浮かべつつ、彼の背中に這わせていたナイフをホルダーに仕舞う。
そして改めて青年に向き直っては
「何よそれ」
と不満げな声を漏らした。
「…どれだよ」
青年は尚も俯いたまま、Neneの質問に雑な質問で返す。
「どれっていうか…。アンタ、ウチが今みたいなの仕掛けようとしたらいっつも気づいて止めるなりなんなりするじゃん。
そのクセに今日は無反応なの、それはそれで腹立つんですけど?」
「……」
Neneの口から放たれる理不尽極まりない台詞を、青年は黙って聞き流す。
彼女の言う通り、いつもならば刃を当てられる前に躱すなり、ナイフを持つ手を掴むなりして適当にあしらっていた。
しかし、今日は、今この時はそれに構っている程の余裕と気力を、青年は持ち合わせていないらしい。
「ちょっと、ちゃんと聞いてんのPico?マジで刺すわよ?」
反応が薄い青年──Picoに対する苛立ちを募らせているらしく、再びナイフを構えるNene。
Picoは相変わらず黙りこくったままだ。
「──よせよNene、こんなところで痴話喧嘩はご勘弁だぜ」
そんな2人の間に割って入るように、ドスの効いた低い声が響く。程なくして路地裏の奥の暗闇から姿を現した声の主は、手にライターとスプレー缶を持った大柄な黒人の青年だった。
「ハァ!?バッカじゃないの。コイツとの会話なんて痴話喧嘩未満だし。
それともDarnell、アンタもウチと喧嘩したいのかしら?」
Darnellと呼ばれた青年は、矢継ぎ早に文句を浴びせるNeneを無視してPicoに歩み寄る。
そして、彼の顔を覗き込んだかと思えば、何が可笑しいのかハッと乾いた笑いを零した。
「なんだ。辛気臭ぇ顔してるのは毎度のことだけど、今日はいつにも増して湿気てんな」
「ホント。なんなのコイツ、いつもよりだんまりだし」
「そりゃぁ、お前みたいなヒス女には話しにくいだろうよ。俺だって話せねぇわ」
「ちょっとそれどういう意味よッ!?」
「ハイハイ。文句とナイフ投擲は後で受け付けてやるからよ」
ヒステリックに叫ぶNeneをヘラヘラ笑いながら適当に宥めるDarnell。
が、改まって真剣な眼差しをPicoに向ける。
「…なぁ、何があったんだ。話してみろよPico。
どうせ腹を割って話せる相手なんざ、もう俺たちしかいねぇんだろ?」
「…………」
Picoは尚も長い沈黙を貫く。
が、暫くすると、意を決したように口を開いた。
「あいつと……BFと、再会した」
「「…………は?」」
Picoの言葉を聞いた2人の思考が停止する。
どちらも、信じられない、というように目を見開き、その場で固まっている。
しかし、そんな2人に構わず、Picoはそのまま話を続けていく。
「気がついたら、知らない電車に乗っていた。……そしたら同じ車両に、BFが、知らない女と一緒に居た」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
いつにも増して辿々しく紡がれるPicoの言葉に、Darnellが思わず待ったをかける。
「…そりゃぁ、お前のお得意の幻覚じゃなくってか?」
幻覚とは、Picoが〈事件〉の数ヶ月後から度々視るようになったBFの虚像だ。
「俺がいつも視る幻覚は高校の時のだし、だいたいはじっとこっちを見つめてくるだけだった……でも今回は、違った」
──俺の知らない姿で、よく知っているあいつだった。
Picoは消え入りそうな小さな声で付け足す。
そこまで彼の話を黙っていたNeneが、首を横に振りながら悲鳴に近い声を上げる。
「いや…いやいやいや!そんなのありえないでしょ…!!
だってBFは…!!」
「言うな!Nene!」
「いいよ……Darnell」
Neneの言葉を強く制したDarnellはPicoの力のない声にハッとなり、再び彼の方へと視線を向けた。
「俺だって、…俺だって分かってんだよ……普通ならこんなこと、ありえないんだって」
尚も俯いたままのPicoの表情はやはり窺えなかったが、声は今にも泣きそうな程に震えていた。
言葉にしてしまえば、嫌でも思い出してしまうから。
──自分の、自分たちの精神と人生を狂わせたあの〈事件〉の凄惨な光景と、その末路を。
それでも、2人に、そして自分に言い聞かせるように言葉を吐き出す。
「だって、あの日、BFは─────
──────俺が、殺したんだから」