リインカーネーション・ブルーム花々を飛び交う虫たちは、優雅なティータイムを待ち焦がれて。
色とりどりな花々は、摘まれる命を散らしてもなお美しく。
そうして、世界は。歴史は。
愛と呼ばれる執着の上に成り立っている。
それはとても、美しいものである。
それはとても、身侭である。
「今日はとても暑いです…ぼくは平気ですが、ビスはだいじょうぶですか?」
図鑑を片手に太陽を仰ぎ見る。爛々と真上に鎮座するそれは、この中庭全てを照らしつけていた。
四方を壁に囲まれているとはいえ、ちょうど頭上にある太陽では、日陰のひとつも作らせてはくれなかった。
「暑いのなら、遠慮せずぼくに教えてくださいね」
分厚い図鑑を閉じて、“弟”に少しでも日陰を作ってあげようとしてみたけれど。
ぼくの方が、背は低いのでした……少し、もう少しだけ、ぼくが大きければよかったですね。
「ちょっと……そういうのやめてくれる?」
「いちいち兄ぶらないでよ。別に、僕は暑いなんて一言も言ってないでしょ。」
鬱陶しそうに、その手と図鑑を払い退けた。
「そうですか。ビスはぼくよりも“精密”ですから、熱には気をつけたほうがいいと思ったので」
“機械”は精密であればあるほど、熱は大敵だそうなので。
悪いところだらけなぼくよりも、この気温の中ではビスの方がずっとずっと危ないと思いました。
けれど、ビスがだいじょうぶだと言うのなら、それが正しいです。ビスが言うことは、いつも正しいので!
ああ、うらやましいです。
ぼくも……
「……ちょっと、ねぇってば。」
「わ。ごめんなさい、ビス!すこし、考えごとをしてしまいました」
「全く、しっかりしてよね。もしかして、オートミールの方がバテてるんじゃない?」
はぁ、と小さくため息をついてから、眼前の花を指差す。それはオレンジ色が鮮やかな、太陽のような花だった。
「これ、この花。初めて見たから図鑑を見たいんだけど。」
「こんなものを調べるくらい、僕ひとりでだって別にできるけどさ。誘ったのはオートミールなんだから、説明くらいしっかりしてよね。」
ビスがしゃがみ込みまじまじと見つめる先のその花には、少しばかり見覚えがあった。
「ああ、それはマリーゴールドというお花ですよ〜」
念のため図鑑の中を探しながら、記憶している情報を伝える。
「マリーゴールドは初夏から冬先まで何度も花をつけるお花なんですよ〜。品種が多く栽培も簡単なので、ガーデニングにぴったりみたいです」
「へえ、この品種は……」
ビスは立ち上がり、オートミールの開いたページを覗き込む。
「……フレンチ・マリーゴールド。最もスタンダードな品種みたいだね。現在50種ほどが確認されている。独特の花香があり、害虫の防除に役立つ…」
「そういえば、このお花は食べることもできるみたいですね」
「エディブルフラワー、でしょ。」
エディブルとは食用に適したという意味を持つ。エディブルフラワーとはそのまま、食用に適切な花という意味だ。
「さすが!ビスはいろんなことを知っていますね〜」
「あ、このダリアも……」
オートミールが少し離れた位置に咲いている、大きな花を指差そうとしたころ。
「シルル、おはな、あつめる……とくい。」
「ビーちゃんもがんばるの〜!」
大きな籠と鋏を持ったシルルとビーネが、勢いよく飛び出してきた。
「わあ、シルルにビーネ。こんにちは〜」
「先生!ビスくんも!こんにちはなの〜!」
「オートミール、ビス…おはな、べんきょう……?」
「そうだよ。たまには、外に出て自分の目で見ることも必要でしょ。」
「そういうそっちは?なにか収穫にでも来たみたいだけど。」
ビスの問いに、シルルは驚いたように目を見開き、ぽつりとつぶやく。
「わかる、すごい……もしかして、ビス…てんさい…!」
「ビーちゃんたち、スイーツパーティーするの!」
「そのスイーツにのせるお花を探しにきたの!」
隣でビーネが補足を入れる。どうやら、これからふたりで焼くスイーツにエディブルフラワーをのせようと思っているらしい。
「スイーツパーティー!楽しそうですね〜」
「ぱーてぃー…ぜんいん、さんか!」
「えっ……」
僕も?
思わず口に出しそうになってしまった。先ほどのオートミールとの会話で、エディブルフラワーの話題になったことは確かだ。
食せるようになるまでにどのような処理をするのか、味は、匂いは、食感は……?好奇心をくすぐられる一方で、食事に対しては依然として意欲を高められないでいることもまた確かだった。
「……ビスくん、イヤだったの…?」
「……別に、そういうわけじゃないけど。」
「ビス、いいじゃないですか。せっかくご招待してくれるみたいなので」
別に、嫌なわけじゃない。これは本当。
「……分かったよ。けど、そのかわりキッチンを見学させてもらうから。」
「ビス、それ……」
「ちょっと、勘違いしないで。ただ、エディブルフラワーの処理に興味があるだけ。別に、手伝ったりしたいわけじゃないから。」
「ぜんぜんだいじょうぶなの!……でも、なんだかキンチョーするの…!」
「シルル、つくる、かんぺき…まかせる…!」
見学が入るとなれば、工程を手こずるわけにはいかない。失敗なんてなおさらだ。
心臓を抑えるビーネに、シルルは元気付けるように自身の胸を張ってみせた。
「そうなの…!シルルちゃんとママがいれば、ぜったい成功なの!」
その様子にビーネは顔をパッと明るくする。
自分ひとりでないのなら、頼れるみんながいるのなら。きっときっと、成功できるはずだ。
「…えっと、お花のリストは…これなの!」
ママから教えてもらった、中庭に咲いていて食べられるお花のリストを取り出す。
夏に花はたくさん咲くけれど、その全てが食用に向いているわけではない。中には有毒で、少し身体に入っただけで影響を及ぼすものだってある。
間違えないようにしなければ。
ビーちゃんはどうだっていいけれど、ここにいるみんなは……ビーちゃんより、ずっとずっと大切なみんなだから。
「…それじゃあ、ぼくは先に部屋に戻るよ。君たちがいたんじゃ、気が散って内容が頭に入らない。」
「それに、あまり汗はかきたくないからね。」
ビスはそういうと、足早に扉から家内に戻っていった。
「ぼくはお手伝いしますよ。お花なら力になれると思うので」
オートミールは楽しそうに手を上げて立候補する。
「オートミール、いる……こころ、つよい…!」
「ビーちゃん、お花にくわしくないから不安だったの…!先生がいれば、安心なの!」
「それじゃあ、えっと…お花をシュウカクするの!」
おー!と3人はビーネの持つリストを覗き込んで、シルルが上から順に読み込んでいく。
「べご…にあ?ちいさい、ぴんく……」
「ベゴニアは爽やかで、酸味があるみたいですね〜」
「ぼりじ……あお、…とがる、してる…」
「ボリジは蜜が甘いみたいです」
「ばら……シルル、これ、わかる。」
「バラは品種によって味がちがうみたいなので、いくつか種類をまぜてもたのしそうですね〜」
「まりー、ごーるど……おれんじ、ちいさい…」
読み上げながらシルルはだんだんと首を傾げていき、やがて閃いた!というように口を開いた。
「……まりーごーるど、ビーネ、にてる…!」
「へっ?」
それまで、シルルの読み上げとオートミールの補足にうんうん、と耳を傾けていたビーネは、予想外のワードに素っ頓狂な声を上げる。
「ふふ、ぼくもちょうどそう思ってました」
「ちいさくて、オレンジ色で、太陽みたいに明るいので」
オートミールが微笑みながら相槌を打つ。
ビーネは顔から火が出るほど真っ赤にして、首をぶんぶんと横に振っていた。
「そ、そんなことないの…!」
こんなにかわいいお花、ビーちゃんと比べものになんてできないの。ビーちゃんよりも、ずっとずっと価値がある命なの。
「それなら、今度みんなにぴったりなお花も探したいの…!」
「それは楽しそうですね〜!お花なら、ぼくもお手伝いできそうです」
「シルル、みんな、かんさつ…する…おはな、かんがえる…!」
形の良いマリーゴールドを選定しながら、談笑に花が咲いたころ。
「シルル、ビーネ。すこしいいかしら。」
「……あら、オートミールも手伝ってくれていたのね。ありがとう。」
中庭の扉が開き、奥からはママの声が聞こえてきた。
「ママ、どうしたの?」
ママは普段日光に当たるような行動はしない。だから、中庭の扉に近付くことさえも珍しいことだった。
「いいえ、ほんとうに大したことではないのだけれど。」
「お花のほかに、ミントとローズマリーの葉をお願いしたかったのよ。」
たくさん頼んでしまってごめんね、とホイッパーを片手に持ったママは困ったように笑った。
「みんと…ろーず、まりー……」
「ハーブは、花壇とは別にプランターで育てているはずよ。」
むむ…と難しい顔をしたシルルに、ママが補足を加える。指された人差し指を視線で辿れば、確かに中庭の奥には小さなプランターがいくつか並んでいた。
「わかったの、ママ!」
ビーネが大きく頷くと、ママはありがとうと付け加えてキッチンの方へ戻っていく。ママの頭部から生えた花は、たゆりと揺れていた。
「えっと……ミントとローズマリー、ビーちゃんはあんまり自信ないの…」
中庭に向き直ったビーネの触覚がしょもしょもと萎れる。
「そんなときは、この図鑑ですよ〜」
オートミールが分厚い図鑑をデデーン!と、まるで革命的な道具のように取り出した。それを素早くパラパラとめくってから、ぴたりととあるページで止める。
「ありました。ハーブのページです」
オートミールは全員が見やすいようにその場に図鑑を置き、座り込んだ。ふたりもそれに習うようにその場でしゃがみ込む。
「ミントはこれです!葉が十字に生えているのが特徴ですね〜」
オートミールの解説にふんふんと相槌を打ちながら、シルルとビーネは図鑑を覗き込んだ。
「ビーちゃん、これみたことあるの!」
「よく料理に飾りとしてのせられることが多いみたいですね〜」
「先生すごいの!なんでもしってるの…!」
すっかり触覚がピンと伸びたビーネを、オートミールはにこにこと眺めながら次のページをめくる。
「ろーずまりー、これ?」
シルルが指を置いた箇所を見つめてから、オートミールは大きく何度も頷いた。
「正解です!葉が細長いので見つけやすそうですね」
「みんと、ろーずまりー、おぼえた……シルル、まかせる。」
得意げになったシルルは図鑑からパッと顔を上げると、籠を拾い上げてぱたぱたとプランターまで走っていく。
ブチブチと、土と根が別つ音を立てては籠に緑が添えられる。特有の爽やかな香りが、暑さを少しばかり穏和させていった。
「すごい……いい、におい、する…!」
摘みたてのハーブが山になった籠を持って再び戻ってきたシルルは、ふたりの前に籠を持ってきて見せた。
「シルルちゃん、こんなにたくさんすごいの!」
「とってもいい香りですね〜」
ビーネとオートミールは籠を覗き込み、芳しいハーブの香りに癒されていた。単体でハーブの香りを堪能することはおそらく初めての経験だったが、このような猛暑の中で感じる青さの残る清々しさは悪くないと思った。
「ビーちゃんもお花摘みがんばるの!」
「シルルちゃんばっかりに、オシゴトさせるわけにはいかないの…!」
むん!と意気込んだビーネが勢いよく立ち上がる。羽根の重さに耐えきれず、ふらりと背後によろけた。
「わっ!」
「ビーネ、あぶないっ」
ちょうど隣にいたシルルが、間一髪のところでビーネの腕を掴んだ。
「よかった……シルル、ビーネ、すくう…できた!」
「シルルちゃん…!ごめんなの…!」
ビーネが慌ててぺこぺこと頭を下げる。生まれつき培ったものではない今の身体は、慣れるまでにはまだ経過した月日が浅かった。
「ビーネ、ふたり、いっしょ…やる!」
「シルル、つよい。ビーネ、たすける」
「それに…ふたり、やる…はやい!」
シルルはなんとも気にしていないように微笑みながら、籠をふたつ持ちあげる。
「ぼくがサポートしますよ〜。時間もかなりたってしまったので」
オートミールも本を抱えながら立ち上がる。
「ふたりとも、ありがとうなの……!」
ふたりの様子にビーネも笑った。ここで過ごした日々は、研究所に来る前よりもずっとずっと短いはずなのに。
それでもねむる家にいるみんなは、とても温かくて。優しくて。ビーちゃんをほんとうのお友達みたいに。ほんとうの……家族、みたいに。
「ビーちゃん、とってもこころづよいの…!」
「……、」
だいすき、なの。
言いかけた言葉は発せられることなく、吐息の中に混じっていく。この気持ちは、ビーちゃんの心の中に留めておいた方がいいと思った。
……そのときが来たら、きっと悲しくなってしまうから。
「お花、みんなで摘むの!」
シルルから籠と鋏をひとつ受け取り、花壇の方へ歩を進める。
なるべく造形のよく、花弁が欠けていないものを。崩れてしまわないよう花柄はある程度の長さを残して切り、丁寧に籠へ詰めていく。
単調な作業だけれど、誰かのためにこうして働くことはとても悪くなかった。
シルルが手に持った花をまじまじと見つめてから、ぼそりと呟く。
「……ぼりじ、あまい…オートミール、いう、した……」
ビーネがシルルの方へ顔を向けると、ぱちりと目が合う。
「みつ、あまい……シルル、ビーネ、あまい、すき……!」
「わ、シルルちゃん…!」
シルルは口枷を外して、手に摘んだボリジに口を近づけてみる。香りを確かめてから、ちゅっと吸ってみた。
「……!」
目を輝かせたと思うと、籠の中からひとつを取りビーネにも手渡す。
「あまい!ビーネ、たべる、いっしょ!」
手渡されたボリジとシルルを交互に見つめた後、ビーネもシルルに習って口を付けてみた。
「とってもあまいの〜!」
それは昔に少しだけ舐めたことがある、高級な蜂蜜の味に似ていた。確かあれは、水飴の混ぜられた安価なものなんかではなくて、蜂が特定の花のみから集めた花粉で作られた蜂蜜なのだと言っていた気がする。
「ほんとうにお花のかおりがするの…でもあまいの!おいしいの…!」
ついつい、シルルの籠にもうひとつ、と手が伸びてしまった。それをシルルは咎めることなく、自身もふたつめを手に取る。
そうしてふたりはしばらくの間、花蜜を堪能していた。
「ふふ、ふたりとも虫さんみたいです」
オートミールの声にハッと我に帰る。振り返ると、オートミールはにこにこしながらふたりを眺めていた。
「えっと……また脱線しちゃったの……」
「オートミール、ぼりじ、たべる…?」
照れ隠しのようにシルルはオートミールにもボリジを勧めたが、オートミールは微笑みながら首を横に振った。
「ぼくは満足です!かわいいものがみられたので」
ビーネは恥ずかしそうに俯いた……ところで、自身の籠が花でいっぱいになっていたことに気付いた。
「お花もたくさんとれましたし、そろそろ家の中にもどりますか。あまり外にいると、暑くてあぶないかもしれないので」
「そ、そうなの…!かえってママにみせるの!」
シルルも満足したように頷いた。そうして
3人は、今朝よりも花々の減った花壇を後にする。
「お花、とてもきれいで素敵なのです」
エディブルフラワーの処理も終わり、主役の焼き菓子が焼き上がるのを待っていた。
摘み取った花は少し多過ぎたのか全てを使い切ることはできず、余った花を円卓に飾り付けるビーネを座って眺めていたドール・エミリーがぽつりと呟いた。
「わたしもきれいなものがすきですから、お花をながめるのはたのしいです」
アルタイルもふよふよと近寄ってきては、ドール・エミリーの隣の椅子に座った。
「ビーちゃんもお花だいすきなの!」
「見てもかわいいし、食べてもおいしいなんてすごいの!」
ビーネはテーブルに飾りつけた花のひとつを指先でつん、とつついた。
「わたくしは、今までお花を食べるようなことはしたことがなかったのです。」
ドール・エミリーは、その様子を変わらず真顔で見つめながらも、声色は少しの期待や楽しさが感じられるものだった。
「それに、わたくしは外の世界への憧れがあるのです。」
「お花は、そんな外世界の象徴でもあるのです。」
ほんとうは、自分の脚で歩いて行ってみたい。自分の脚で歩いて、自分の目で、生命に溢れたその姿を見たい。自分の手で、触れてみたい。
「…エミリーちゃん、」
ビーネはそんな様子のドール・エミリーに切なそうな顔を向けていたが、ハッと気付いたあと円卓に並べられた花をいくつか手に取ると、ドール・エミリーに近付いていった。
「ビーネさま…?」
ドール・エミリーはその様子を不思議そうに眺めていた。
「少し、じっとしててほしいの…!」
そう言ってから、ビーネはドール・エミリーの髪に触れていく。それを覗き込んだアルタイルが、感嘆の声を漏らす。
「すごいです…!エミリーさん、もっともっとすてきになりました!」
ドール・エミリーがおそるおそる自身の髪に触れると、ふわふわとした感触があった。
「エミリーちゃん、お花の妖精さんみたいになったの!……えっと、イヤだったらごめんなの……!」
ビーネは突っ走ってしまったことに後から気付き、百面相をする。ドール・エミリーはその様子に、わずかに目を細めた。
「ビーネさま、わたくしはとても嬉しいのです。」
「人形は、飾り付けられることが存在価値なのです。ビーネさまは、わたくしを素敵に飾ってくださったのです。」
「…ありがとうございます。」
「ビーちゃんは、何もしてないの…!」
「でも、エミリーちゃんによろこんでもらえて、よかったの!」
ビーネの謙遜に、アルタイルが楽しそうに羽根をぱたぱたと羽ばたかせる。
「ビーネさん、あとでわたしにもかざってください。わたしも、お花にかこまれてみたいです!」
「もちろんなの…!」
花々に包まれて、小さな女子会が花咲いたころ。
「みんな、ケーキ、やけた…!」
オーブンをまだかまだかと覗いていたシルルが、大きな声で焼き上がりを知らせる。とたんに、甘く香ばしい香りが空間を覆っていった。
「おいしそうなにおいです…!おなかがきゅうとすいてきました」
アルタイルが羽根で自身の腹部をぽんぽんとさすった。
「すぐパーティーにするの!」
ビーネが椅子から飛び降りてキッチンへ向かう。シルルは、ほくほくと湯気を立てたケーキたちを眺めてぐう、とお腹を鳴らしていた。
「シルル、たべる、はやく、したい……」
「ビーちゃんも食べるのがたのしみなの…!」
「すこし待っていてね。すぐに切るから、ふたりはお皿に盛り付けてくれるかしら?」
ママが等間隔にケーキを切り分けていく。キッチンの上には、ママがパーティーのために用意してくれたかわいいお皿が並んでいた。
ふたりで手分けをして、ケーキにクッキー、エディブルフラワー、そして蜂蜜を盛り付けていく。
「……やっとできたんだ。ずいぶん時間がかかったみたいだけど。」
エディブルフラワーの仕込みを見た後、満足げに自室に戻っていたビスが呆れたように現れる。
「ごめんなの…!でももうすぐパーティーがはじめられるの!」
「ビス、すわる、まつ。」
ビーネとシルルに促されるまま椅子へ誘導されたビスが、やんわりと抵抗する。
「ちょっと、別に僕は楽しみだったわけじゃないから…!」
「全員参加だって言うから、しかたなく来てあげただけなんだけど。」
不服そうにしながらも着席したビスの前に、ママが山盛りになったお皿を運んできた。
「ビス、パーティーに来てくれてありがとう。」
「……別に。あんたのためじゃないよ。」
ふい、とママから顔を逸らす。
ママはそれに微笑んでから、自分の椅子に着席した。
「すいーつ、ぱーてぃー、はじめる、する…!」
「パーティーのカイサイなの〜!」
少し西へと傾いた日差しが、中庭の扉から漏れて光る。
おやつの時間には少し遅いかもしれないが、パーティーはいつから始まったとて、楽しいものだということだけは確かであった。