「ねえ、なんでこいつらまで一緒なんだ?」
「ふん、それはこっちのセリフだ」
片目にありったけの軽蔑を込めた視線に、南陽将軍はぐっと腕を組んで絶境鬼王を睨み返す。
「こっちはそちらほど暇ではないのに来てあげたんですがね」
その横で、こちらはどことなく余裕を漂わせながら腕を組む玄真将軍が肩をすくめる。
「なんでも、私たちの信徒が意外といるらしいので。お前と太子殿下だけではそろそろ売上も頭打ちということじゃないか?」
ふふんと笑う玄真将軍に、花城のほうも負けじと鼻を鳴らす。
「お前たちみたいな廃物がいないほうが売上はあがると思うが?」
煙が上がりそうなほどに火花を散らし合う彼らに、まあまあと太子殿下がとりなしに入る。
「せっかく久々に皆そろったんだ。穏便にいこう」
それにもう一人来るはずだし、と彼が呟いたところで、バタバタと足音がして白い衣の人影が飛び込んで来た。
「悪い悪い、待たせてしまったかな? いやあ、道に迷っちゃって。ここ、皆さんすぐにわかったの? すごいな!」
はあはあと荒い息をつきながらも、上気した顔に楽し気な笑みが満ち溢れている。
「ああ、風師殿、よかったです。それほど待っていないですよ」
太子殿下が言うと、良かったと息をついた風師は袖の中をごそごそと探った。
「さあ、これがないと始まらないからね」
彼は取り出したものを一つずつ皆に渡していく。
「扇子?」花城が、渡されたものを見つめる。
「そう! 今日はこれを持って撮影だ。見て、それぞれの色で用意しているんだから」
得意げに風師が言う。
「これは美しい品だ。蝶の模様ですね」
太子殿下が白と薄青の扇子を開いて目を輝かせる。
「扇子……? これをどうするんだ?」
南陽将軍が、渡された栗色の扇子をぎこちなく広げる。
「太子殿下のおつきだったくせに、扇子の扱いも知らんのか」
玄真将軍が小馬鹿にしたような視線を投げる。
「ふん、別に手で持てばいいんだろう? なに、弓矢を持つのと変わらん!」
「まあ、好きにすればいい」
玄真将軍は開いた扇子を眺めたあと、薄闇色の中骨を撫で、片手ですっと閉じた。そして一つ開いてパチンと鳴らすと、両の手で、すっと滑らかにまた開く。南陽将軍はその優美な動きを眉を寄せて見つめていたが、思わず見とれてしまっていたことに気づいて、ふんとそっぽを向いた。
「みなさん、扇子を気に入っていただけたようで何より」
皆の様子を嬉しそうに見ていた風師は、そこできらりと目を光らせた。
「だが、この風師青玄には敵うまい」
鶯色の扇子をひらりと開く。その扇子は彼の風師扇ではなく、他の皆と揃いの柄だ。それでも、彼の白い指先の中に収まるそれは、優雅で春風のような法力を纏っているかのように見えた。
並ぶようにというカメラマンの言葉にやっと気づいた面々が集まる。
「俺と兄さんの後ろに彼らが並ぶのかな? それとも足元に膝まづく?」
花城が言うと、南陽将軍は眉を寄せ、玄真将軍は白眼を剥いた。
「残念ながら、お前たちは端らしいぞ」
場所を指示された玄真将軍がニヤリと笑う。
「ああ、兄さんをお前たちの隣に立たせるわけにはいかないからな」
そう言いながら、花城はさりげなく太子殿下の背に腕を添える。
「俺たちはどこにいたって視線を集めてしまうからね。ここは日陰者に譲ってあげよう」
深紅の扇子を広げると、花城は太子殿下の手元を見て同じように胸の前に掲げる。その肘が、当然のように自分の体の前を遮るのを見た南陽将軍の口が「餓鬼め」と呟いたが、むすっとした表情を残しながらもその隣で扇子を構える。扇子の持ち方こそどこかこなれていないが、それでも、軽く肘を曲げて下ろした腕の隙のなさとがっしりとした体躯には、武神と貴人の風格が漂っていた。
ふわりと風が前髪を揺らすのを感じて南陽将軍はじろりと横を見た。
「固い」
扇子を持ち上げた玄真将軍が、揶揄うようにゆらりと扇ぐ。その顔はどこか屈託がなく、いつもとは少し違った楽し気な表情をしていた。
やめろ、と怒った視線を投げる南陽将軍に、玄真将軍はやっと手を止めた。だが、その視線を遮るように顔の前に上げた扇子の隙間から、その目は南陽将軍を見つめている。面白がるように少し細めたその目の端にほんの僅かに宿っているものは、愛おしさと呼ぶのだろうか。
いつもと変わらない優しい視線を投げる太子殿下の横で、花城はポーズを決めながらも、その視線はこっそりとその想い人を見ている。
南陽将軍と玄真将軍はお互いに気づかれないようにちらりちらりと互いを伺っている。
玄真将軍の横から彼らの様子を嬉しそうに見つめていた風師がカメラのほうに向く。
柔らかな笑みを浮かべ、そして言った。
「さあ、美しく撮ってね――明兄」
カメラのファインダーに目を当て、シャッターに指をかける。カメラの存在など忘れたような四人の横で、風師だけが、じっと片時も目を逸らさずこちらを見つめている。
レンズを通して、その視線を見つめ返す。
返済の足しにしてやると血雨探花に言われなくても、この役を引き受けただろう。
彼の横で扇子を構えて立つなんて、どうしてそんなことが出来ようか。
復讐をする者に、墓石は立たない。
復讐に身を落とした者は、誰にも顧みられず、ただ孤独に戦い、孤独に死ぬのだ。
そう信じていたのに。
「明兄、大丈夫? シャッターの押し方わかるかい?」
生に溢れ、幸福に溢れた丸い瞳は、じっと自分のことを見つめている。その視線に全て見透かされているような気分になるのに、だが、そこから逃げたいという気持ちになれない。
誰よりも扇子が似合うその姿から、目を逸らすことなどできないのだ。