優しくありたい ジュンに告白をされた。
それはまるで罪を懺悔するように。或いは、己のなかの恐怖を打ち明けるように。『好きです』という愛の言葉と『すみません』という謝罪が同時に成り立つものだったなんて、知らなかった。
仕事の合間、空き時間に楽屋でいつも通り過ごしていた。何の前触れもなかった……と、思う。後の予定を確認しながら、暫く適当に言葉のやり取りをしていた。そこに情緒もへったくれもなかった(と、思う。ジュンにとってどうだったか、今ではわからない)。
「茨」
テーブルをはさんで向かい側に座っていたジュンが、俺の名前を呼ぶ。いつになく真剣な声だった。手放しに対応してはいけない気がして、パソコンから顔を上げたのが間違いだった。目が合ったジュンの瞳が、どこか悲しげに揺れていた。
「好きです、茨」
一瞬ではその言葉を理解できずに固まっていると、そんな俺を見たジュンが眉を垂らして笑う。
「すみません、困らせるつもりはないですし、返事もいりません。ただ、言いたかっただけ。オレの自己満足ですから」
まるで壁にでも話しかけるように一方的な物言いをされて少し腹が立った。それを上回る驚きで脳の処理が追い付かず、何と言っていいか考えあぐねている間に、楽屋の扉が勢いよく開き、閣下と殿下が撮影から戻ってきたことで、俺たちの間を流れていたなんとも言えない空気は払拭された。室内が一気に騒がしくなる。ジュンはもう、俺を見ていなかった。
そんなことがあってから一週間。返事はいらない、困らせたいわけじゃないと言っていたジュンは明らかに俺を避けている。もとから仕事以外の時間を共に過ごすことは多くなかったが、あからさまに俺と二人きりになるのを良しとしていないことがわかる。殿下たちの前ではいつも通りを装っているようだが、一対一になった途端、挙動が不審になる。目を合わせようとしないし、会話も必要最低限で切り上げようとしているのが見え見えだった。
「はぁ~~~……」
「……すごく深いため息だね、茨。どうしたの?」
「うわっ、閣下?!いつの間に背後に」
「……君がスマートフォン片手に百面相をし始めたあたりから?ごめんね、なんだか珍しかったから声をかけずに放置してしまった」
自分でも気づかないうちに表情筋を動かしてしまっていたらしい。改めて端末に表示されている時刻を確認すると、共有ルームで端末と睨めっこを開始してから三十分は優に経っている。メッセージアプリを立ち上げ、ジュンのトーク画面を開いたまま、如何にして連絡を取ろうか考えていた。
普段は必要最低限の連絡しかしないから、こういうときの切り出しはどういった言葉を投げるのが正解なのだろう。『少し話がある』とか?それとも『この間の告白の件ですが』と核心を突いてみる?そのどちらもジュンの反応が想像できなくて、さきほどからメッセージ欄に文字を打ち込んでは消し、を繰り返していた。その姿を誰でもない身内である閣下に見られていたことを思えば、背中に冷たい汗が流れる。いやしかし、さすがに画面を覗くなんて、そんな悪趣味なことはしないだろう。
「あの、閣下」
「……なに?」
「なぜしばらく声をかけなかったのですか?自分になにか用があるのでは?」
「……用は特に。ただ、茨がジュンに連絡を取ろうとして、なぜかそれを躊躇っているように見えたから。……どうしてかなって、考えてた」
ばっっっちり覗かれてる~~。
俺はたまらず天を仰ぐ。今度は自然に深いため息が零れた。眼鏡を外し、指先で眉間の皺をほぐしていると、さらりと透き通る銀糸がカーテンのように垂れてきた。なんだと視線を上げると、こちらの意中を見透かすような赤色の瞳をばっちり目が合う。
「閣下。プライバシーの損害に為り兼ねないので、人のスマートフォンの画面を覗き込むのはやめましょうね」
「……ごめんね。ただ、茨が何か悩んでいるのなら、力になりたいなって。……最近はなんだかジュンの様子もおかしいし。茨はたぶん、その理由を知っているよね?」
確信的な言い方に気圧されて口を閉ざす。こうなったらこちらがどんな言い訳を並べ立てようが逃がしてくれない。心配……してくれているのだと思う。おそらく自分ではなく、感情に流されやすいジュンのことを。俺は諦めて事の経緯を閣下にすべてぶちまけた。
「……という次第なのですが、自分もどう対応すべきか考えあぐねておりまして。せっかくなのでなにかアドバイスの一つでも頂戴したく!」
端折りつつではあったがそう締め括って説明を終え、半ばやけくそに年上の彼へ助言を求めた。ここまで話を聞いてもらったのだからそれが自然な流れだろう。
閣下は暫く考えこむように、俺が話しながら用意したアイスティーのグラスを眺めていた。相変わらず何を考えているのか読みずらい。俺が話をしている間も、ゆっくりと瞬きをするだけで眉一つ動かさなかった。
「……これが的確な助言かどうかは、正直わからないけれど」
そろそろこちらから何か切り出そうか悩み始めるほど長い沈黙を越え、やっと閣下が口を開いた。先ほどよりも歯切れが悪い。
「……ジュンは、口では『返事はいらない』と言っていたようだけれど。本当にそう思っているのかな」
「と、いいますと?」
「……だって、本当に一方通行だけで終わらせるつもりなら、そもそも告白なんてしないんじゃないかな。自分の胸の中に、宝物みたいに大事にしまっておけばいい。そのほうが傷をつけずに済むから。誰の目にも触れず、綺麗なままで。……でも、ジュンはそうしなかった。少なからず、そこに茨の感情が介入することを望んだ。……さっきの話を聞いて、私はそう感じたのだけれど」
この人の言葉には、説得力がある。なぜかは分からないが本当にそうなのかもしれない、と思わせる力があるのだ。こと『人の内面』に関しては。
自分もそれなりに、さまざまなタイプの人間と関わってきたつもりではある。人間のタイプというのはある程度、分類分けできるようになっていて、あとはその人が歩んできた環境や現在置かれている状況から、どのような言動を取るか推測することができる。それを学ぶための分野もあるし、本を読めばある程度の知識を得ることはできた。閣下も本の虫ではあるし、そういうところから得た知識も多少なりは活用されている部分もあるのだろうが。……あとは、演劇か。自分以外の誰かになりきることで、その役のアイデンティティや物語上で揺れ動く感情を理解しようとする。そういった経験も、最近とくに生き生きしている彼の姿を見ると、そういったものがすべて糧になっているのだろうと思う。いい傾向ではあるが、それ故に厄介だ。
「……茨、大丈夫?」
「っ、ああ、申し訳ない!少し考え事をしておりました!」
アイスティーをストローで嗜んでいた閣下が呼びかける声にハッとして顔を上げる。自分も暫く口を閉ざしてしまっていたようだ。そういう隙が生まれると、閣下のような者にはすぐ付け入る隙を与えてしまうというのに。
「……ねえ、茨。君は賢いから、本当は自分でもどうするべきなのか、わかっているんじゃないかな。でも行動した後のことを考えて動けずにいる。それが自分たちにとって、デメリットになる可能性があるから。……違う?」
「…………」
ここ一週間悩み続けていることを、こうもぴたりと言い当てられてしまうと、悔しいという感情すら湧いてこなかった。
「やはりあなたには適いませんね」
肩を竦めておどけて見せると、閣下は口元をゆるりと持ち上げてやっと笑みを見せた。先ほどまで感情を伺わせなかった純血の瞳が優しく細められる。
「……私もまだまだ手探りだけれど。でも、きっとみんなそうやって積み重ねていくのだろうね。同じ時を、そのとき得られた感情を。……いろいろ言ってしまったけど、最終的に判断するのは茨自身だから。君がどうしたいのか、を最優先に考えるべきだと、私は思うな」
閣下の白い指先が頬を撫でていく。言い聞かせるような言葉に、俺はすべてを見透かされているような気分になって、誤魔化すように笑うことしかできなかった。
あれから何度か話す機会はあった。けれど肝心な時にタイミング悪く仕事が入ったり、どちらかが遠方のロケに行ってしまったりで結局先延ばしになっている。それにほんの少しだけホッとしている自分が腹立たしい。時が過ぎれば過ぎるほど、ジュンの心も遠ざかっているような気がした。だがしかし、今日こそは。Edenでのロケを終えた今日この日であれば。二人きりで話す時間も確保できる。
「それではこの後は各々、自由行動ということで!ただし時間も遅いのでホテルからは出ないように。明日は8時にロビーへ集合となりますので、夜更かしも厳禁であります!」
「はいはい、わかってるよ~。もうちいさい子どもじゃないんだから、そこまで念を押されなくても寝坊したりしないね!」
「よく言いますよぉ~。このあいだのEveでのロケはオレがなんっかいも声掛けてんのに全然起きなかったくせに」
「あ、あれは前日に体力を消耗するようなお仕事だったからだね?!今回はそこまでハードじゃなかったし、朝もそこまで早くないから大丈夫だもん!」
相方らしい言葉の応酬を尻目に明日の予定をタブレットに表示されたスケジュールを再確認する。明日は一日のほとんどを移動時間に取られるので、ESに戻ってからも全員仕事は入れていない。実質、休暇のようなものだった。
「……日和くんのことは同室の私が責任をもって起こすから、大丈夫。ジュンと茨も今日はお疲れさま。……日和くん、私、温泉に入りたいな。荷物を置いたら一緒にどう?」
「わぁっ、ナイスアイディアだね凪砂くん♪ここに来る前にホテルのホームページを見ていたから、ぼくも着いたらすぐに行ってみたいと思ってたんだよね!」
「……それじゃあ、私たちはこれで」
「二人もロケ明けだからって羽目を外し過ぎないようにねっ!行こう、凪砂くん♪」
いつものことながら嵐のような二人だ。寄り添い歩く年長者二人の背中を暫く見つめては、ジュンと同じタイミングでやれやれと溜息を吐いた。思わず互いに顔を見合わせる。ジュンがくすりと吹き出した。
「疲れましたねぇ。茨は特に、企画の中心になって進行してたし……気苦労も多かったんじゃないですか?」
「いえ、そんなのはいつものことですし。ジュンも殿下からの無茶ぶりに臨機応変にこたえていましたね。初期のころとは見違えるほど、対応力が身につきましたな!」
「そりゃあね。あの人からの無茶ぶりや無理難題は、もはや日常ですし。慣れない方がおかしいですって」
「ふ、それはそうです」
あれ、思った以上に普通に話せているな、俺ら。
互いを労う言葉を投げ合っていると、ここ数週間の気まずい空気なんてまるでなかったかのような和やかな雰囲気のなかで話ができた。そのことに内心でほっと胸を撫でおろす。……安心している自分にも、驚いた。それだけジュンとまともに言葉を交わすことができなかった時間が自分にとってストレスだったのだと実感させられているようで、羞恥がこみ上げる。
「茨?大丈夫ですか?急に黙り込んじゃって……何か考えごと?」
「っああ、いえ。でもそうですね、少し思うところがありまして」
「なんですか?オレでよければ相談に乗りますよぉ」
へらりと気の抜けた笑顔を見せるジュンは、まさか悩みの原因になっているのだとは思っていないだろう。つい『お前のせいだ』と切り出してしまいたくなる衝動を抑えて平静を装いながら、とりあえず二人で宿泊する予定の部屋へ向かうことにした。
客室は畳のある和風の部屋になっていて、中心には木製のテーブルが一つ。奥は広縁になっており、大きな窓の先には海が広がっている。すでに陽が落ち切っている時間帯のため、あいにくそこには暗闇が広がっているのみだが、目が覚めたころには美しい朝日と青い海が望める。それがこの旅館の売りであったと記憶している。
とりあえずはゆっくりと腰を落ち着けて話をしようということになって、なぜか畳に背筋を伸ばして正座をしているジュンの前に緑茶を注いだ湯呑を置いた。
「……脚を崩されては?ぜったいに途中で痺れて話どころじゃなくなりますよ」
「へっ?あ、あぁ……そうっすね、すんません。じゃあ、お言葉に甘えて……」
楽な体勢でいるように促すと、ジュンは大袈裟なほど恐縮しながら脚を崩して胡坐を掻いた。自分も机を挟んで反対側に腰を下ろす。その距離感がジュンに告白をされたときの環境を彷彿とさせ、なぜだか自分も緊張し始めてしまった。気まずい沈黙を打ち破るように軽く咳ばらいをしてから口を開く。
「これは自分の知り合いの話なんですが。その方は自分らと同じようにアイドル業界に身を置いておりまして。世代も近いのでよく仕事の相談に乗ってもらっているんですが、つい最近、その方が同業者から告白をされたらしいんです」
「……どっかで聞いた話なんですけどぉ……」
「茶々を入れない」
察したジュンが苦虫を潰したような表情で居心地の悪さを訴えてくるも、俺はそれを一蹴して話を続けた。
「告白された側……仮にAさんとしましょう。彼は告白をされたとき、まず最初に『なぜ自分を?』と考えました。Aさんは決して褒められた人柄ではありません。傍から見ても、できれば仕事以外では関わりたくないと思える性根の腐りきった人物ですからね。誇張ではなく、本当にそうなんです。だから『好き』と……好意を示す言葉の意図を、瞬時に理解することはできず、目の前の出来事を他人事のように捉えていました。それからすぐに考えたことがもう一つ。……『アイドルが恋愛をすることのデメリット』について、その不毛さを目の前の相手にどう説くべきか、考えていました」
「…………」
黙り込んだジュンが眉を下げて苦笑いをする。まるでこちらがいう言葉を最初から理解していたような素振りだ。駄々をこねられているわけではないのだから、自分はむしろ喜ぶべきだろうに。寂しそうなジュンを目にして、なぜだか胸がちくりと痛んだ。ジュンが悲しもうが傷つこうが自分には関係ない、そう思っていたかった。
「けれどすぐに答えは出ず。というか、どう答えて良いかわからなくて考えあぐねていたら、相手方から先に『返事はいらない』と、告白自体をなかったことにされてしまったんです。Aさんは何とも言えないもやもやした気持ちを抱えたまま今も過ごしているようで。告白してきた件の人物とはプライベートでも仲間内で仲良くしていた方だったそうなんですが、仕事場で顔を合わせるのもなんだか気まずくなってしまったそうで。それに、あからさまに相手方が自分のことを避けている、と……Aさんは悲しそうに話してくれました」
「っえ、」
気まずそうに視線を下げていたジュンが俺の言葉に反応して顔を上げる。今度は俺のほうが目を逸らす番だった。さっきまで雨のなかで捨てられた子犬みたいにしょんぼりしていたくせに、そんな嬉しそうな顔をするな、馬鹿。
「自分はAさんにどうアドバイスするのが正解なんでしょうか。同業者である自分の言葉が彼にとっての指標になるかと思うんです。ですが、自分は身を置いてきた環境が環境なので、そういう浮ついた話とは無縁の人生を送ってきました。いまさら愛だの恋だの……正直、そんな無益なものに思考を割く暇すら惜しいんです」
「……そうでしょうね」
「けれど、」
ジュンの声を遮ってもういちど口を開く。今度こそ、逸らさずにジュンの戸惑いに揺れるきんいろの瞳を真っすぐに見つめた。
「無視しようと、頭のなかから追い出そうとしたそれがいつまでも離れてくれないんです。あのとき感じた感情に名前がつけられないまま、ずっと、もやもやして……気づいたらそのことばかりを考えるようになりました。おかしいですよね。相手の中ではとっくに完結しているであろう話を、いつまでも」
ジュンはなにも言わなかった。バツが悪そうに目を逸らし、唇を引き結んでいる。おそらく自分が悩みの種になっていることに心を痛めているのだろう。こいつはそういう人間だ。自分のために誰かが割に合わない事態に陥ったり頭を悩ませることに引け目を感じて、自分一人ではどうにもならないことさえ抱え込もうとする。大して要領が良いわけでもないくせに。
けれど、それがこいつなりの『優しさ』なのだと、最近になって気が付いた。それこそ自分へ向けられた『返事はいらない』や『自己満足ですから』という言葉が代表的だ。あの言葉を伝えることで俺がどんなことに思考を費やすのか、そしてそれが簡単には答えが出ないものであるかをジュンは理解していたのだ。それでも抑えられない想いがあることを、つたない言葉にしてぶつけられることで、初めて知った。
「茨、……ごめんなさい。でも、言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、本当にオレはあんたを悩ませたかったわけじゃなくて。……気づいたら口から出てたっていうか、ほぼ無意識で……っあんなこと言ったら茨が困るってわかってたのに、でも自分一人で抱えていくには、あんたへの好きって気持ちが、あんまりにもでかくなりすぎてて……!」
ああ、あのときとおなじだ。ジュンに好きだと伝えられたあの日。重々しく開いた唇からこぼれた言葉が、まるで懺悔のようで。赦しを乞うような、聞いているこちら側の胸が苦しくなるような、そんな声。膝の上で拳を握り肩を震わせながら胸中を告白するジュンの姿はもはや痛々しい。気が付いた時には身体が動いていた。
机を回り込み、ジュンの側へ膝をついてしゃがみこむ。突然、距離を詰められて驚いたジュンが顔を上げる。目元がほんのりと赤らんでいた。逃がさないようにその頬を両手で包み込んで、真っすぐに視線を捕える。
「ジュン、自分はもう逃げません。だからあなたも逃げずに自分の話を聞いてください。知らんふりをして距離を取ることがあなたの優しさだったとしても、俺はそれを良しとはしません。ちゃんと俺の目を見て、声を聞いて」
戸惑うジュンが畳に手をついて距離を取ろうとする。もうそんなの、絶対に許さない。俺はジュンの背中に腕を回して閉じ込めた。体勢が崩れたジュンの脚の間に身体を滑り込ませる。ドクン、ドクンと脈打つ心臓がどちらのものかなんてわからない。身体が一気に熱くなる。
「ジュンが言う『好き』って感情が、自分にはよくわかりませんでした。そんなことを言われたのは初めてでしたし、それが恐らくは同僚に向けるそれではないことはわかっていたけど……いえ、だからこそ戸惑いました。どうして自分を?いつから?それは一方通行で満足できるものか?って」
腕の中で震えるジュンを身体を包み込み、その戸惑いや恐怖ごと抱きしめる。自分自身の気持ちに素直でありたい。誠実でいたい。そう思えたのは、ジュンが自分に向ける想いに打算などないと確信しているからだ。
「でも、ここ数週間、自分も考え抜いて……やっと答えを出せました。一方通行でも構わない、それが『愛』なのだと。我ながら単純で笑ってしまうほど、俺はあんたに優しくありたい。見返りなんていらないんです。ただ、笑っていてほしい。……ね?ジュン。俺も充分、独り善がりで我儘なんですよ。あなたと同じです」
子供に言い聞かせるような声で諭してやれば、ジュンの抵抗する力が弱まるのを抱きしめていた腕に感じ、そっと顔を覗き込む。今まで見たことがないくらい、情けない顔で頬を真っ赤に染めていた。思わず、ふっと吹き出してしまう。
「わ、笑わないでくださいよぉ!なんなんですが、こんないきなり……!オレ、あの後ちゃんとあんたを諦めようとして、仕事に没頭して考えないようにしてたのに!いまさらこんな掘り起こされて、しかも……っ期待させるようなことを言われたら、誰だってこうなりますからねぇ?!」
ジュンの嘆きはもっともだと思う。自分は誰かに好意を抱いたことも、それを当人に伝えたことはないが、ジュンの想いにはっきりとした言葉を返していないことは自覚している。でも、こっちだってジュンの一言にさんざん振り回されたんだ。これくらいの仕返しは許されるでしょう?
「謝りませんよ。あなただって俺に似たようなことをしたんですから。というか先手はそちらです」
「そ、れは、そうですけどぉ……」
「ジュン。もう一度、あの日と同じ言葉を聞かせてくれませんか」
言い淀むジュンを前に改めて視線を重ねる。抱きしめる腕を一度解いて自由にさせ、ジュンの挙動を見守った。
今度こそ、逃げたりしないで。ちゃんと俺の言葉を聞いてよ、ジュン。
一度も視線を逸らさずに向けた瞳に揺るがない意志を乗せると、ジュンはそれを汲み取ったようにゆっくりと目を閉じた。もういちど開いた瞳に、一方通行ではない優しさを乗せて。
その四音は、あの日聞いたそれよりもずっと現実感があって、それまでに受け取ったどんな言葉よりも頭の奥で繰り返し、心地良く響いた。
END